第396話 洞人族の原風景



「旦那ぁ! よく来てくださいましたなぁ!」


 ベイヤースに乗りながら鉱山の方へと進んでいると、そんな大声が大穴の奥の方から響いてきて……木と鉄で出来た道を何かがガラゴロと音を立てながら走ってくる。


 大きな木箱に車輪をつけて……その車輪が道にピッタリとハマっていて、そして声を上げた洞人族が、箱の中にある……木製の取っ手を賢明に上下させている。


 上下させる速度に合わせて箱が加速しているところを見ると、どうやらあの取っ手を動かすと車輪が動く仕組みであるらしい。


「はっはー! どうですかこのトロッコ! 鉱山らしい光景でしょう!

 これこそ我らが洞人族の原風景……! 見ていると今にも鉱山歌が聞こえてきそうでしょう!

 建物は全部岩を重ねての岩作り! 床も壁も天井も岩! 炉も作業台も岩の岩尽くし! 岩山のように見えるあれもこれもが、洞人族の家なんですな!」


 更に声の主はそんなことを言ってから取っ手を動かすのを止めて箱を停止させ……開閉式になっているらしい箱の横の板を蹴り開いたなら、箱に乗っていた他の洞人族達が四方に散っていく中、こちらへドタバタと駆け寄ってくる。


「あー……君の名前は確か、バーナイトだったか、随分とまぁ、立派な鉱山を作ったんだなぁ、驚かされたよ。

 そしてその……トロッコだったか? その車輪つきの箱もすごく便利そうじゃないか」


 私がそう返すと目の前までやってきた真っ赤な髪の洞人族のバーナイトは、口の左右に垂らした髭を揺らしながら言葉を返してくる。


「まっはっは! 鉱山もトロッコもまだまだ未完成、これからもっと驚いていただくことになるでしょう!

 現状、休憩所と飯炊き所、それと製錬所と炉があるくらいですが、もっともっと山を切り開いて立派な鉱山を作ってみせますとも。

 え? 木も何もない山を切り開くとはどういうことかって? それは当然山を削って平らな地面を作り出すことを言うのですよ。

 この辺りも手をつける前までは斜面でしたが、こうして建物が建てられるくらいには平らになっているでしょう?

 これは俺らが切り開いたもんで……もう少し広げていくつもりですよ」


 と、そう言ってバーナイトは革製の腰の両脇に手をやって胸を張り、皮のエプロンと髭を揺らしながら「まっはっは!」と笑う。


 バーナイトは洞人族の中ではかなりの若者であるらしい。


 正直、洞人族の顔を見ても誰が若いのか老いているのかよく分からないのだが……ナルバント達に比べて髭の量が少ないように見えて、その辺りが若さの証明になるらしい。


 口や顎を覆う程の量はなく、それでも伸ばしているのでかなりの長さで……それを左右に流して二本の大きな束にしている。


 若いが経験は十分にあり、何よりもやる気があり……これからに期待出来る人物だということで、ナルバントから鉱山の主を任されることになったようだ。


「ああ、そうでしたそうでした、旦那達に言わなきゃいけないことがあるんでした。

 この鉱山の周囲にはモンスター用の罠がいくつか張ってあるんで、迂闊に近付かないようにしてください。

 ここまでの道を通っている分には問題ねぇんですが、道を大きく外れると……アースドラゴン用やらの罠がありますんで、お気をつけください」


 存分に笑ってからバーナイトがそんな事を言ってきて……私はベイヤースから降りて、世話をしてくれるのか休憩所からやってきた洞人族の手綱を預けてから言葉を返す。


「この山に用事もないだろうし、道から外れることはまずないと思うが……アースドラゴン用の罠なんて仕掛けて、野生の動物は大丈夫なのか?

 ここらには確か狼の群れが暮らしていたはずだし……動物達まで罠にかかってしまうのではないか?」


「それなら大丈夫! 罠の周囲に柵を設置した上で、獣が嫌う匂いのするもんを撒いておきましたから!

 え? 柵なんてあったら罠の意味がないって? まっはっは! 連中はこっちを見つけると逃げもせず突っ込んできますからなぁ、バレバレの罠でもそれなりの意味があるんですよ!

 それに罠を避けてくれるのなら、それはそれで移動経路を限定できますからな、用意しておいたバリスタの的という訳ですな!」


 そう言ってまたも笑ったバーナイトは、施設を案内するとそう言ってから順番に岩造りの各施設の説明をしてくれる。


 その途中で私が疑問を抱くと質問する前に答えを返してくれて……どうやらそれはバーナイトの癖みたいなものであるらしい。


「え? 何故バリスタも魔石式なのかですって? そりゃぁここらが魔物の群生地で魔石の入手が楽だからですよ。

 炉もバリスタも、追々は排水なんかも魔石の力でやっちまいたいとこですな!

 ああ、魔石と言えば今後ここらには魔石が山積みになりますから、瘴気という意味でも用事がないのなら近付かない方が良いですな。

 薄い瘴気であっても旦那や馬には酷でしょうから。

 俺らは髭がありますし、他の方々には魔法がありますから、旦那やベンさんが気をつけてくれたらそれで問題はねぇはずです。

 ……え? 魔法で瘴気を防げるのかって? まぁ魔法で防げたりもしますが、それ以前に薄い瘴気であれば魔力を持つ人は体内で魔力に変換してしまいますからなぁ。

 ……え? はいはい、そうですよ、瘴気と魔力は表裏一体……使った魔力が時間経過で回復するのがどういうことかと言うと、周囲の瘴気を吸い込んで体内で魔力に変換してるからなんですな」


 私の表情から疑問を読んでいるのか、どんどん答えを教えてくれるバーナイト。


「……しかし、瘴気と魔力が表裏一体というのは、始めて聞いた話だな……」


「俺ら洞人の中ではよく知られている話ですよ。

 魔法をどんどん使うと魔力が失われて、魔力を回復させるためにどんどん瘴気が魔力になって、そこらの瘴気が減っていく。

 そうやって瘴気が減りきったならいずれは魔力も回復しなくなり、魔法も使えなくなる訳ですが……モンスター共がバラまくもんで、そうはならない。

 ただモンスターが来たなら大体の種族は魔法で対抗する訳ですから、結果瘴気が薄くなって……と、堂々巡りですな。

 濃すぎる瘴気は魔力に変換しきれず体の毒になる訳で、魔法があるから俺らは生きていけるとかなんとかで……とにかく瘴気を薄めるために魔法が生み出された、なんて話もありますな」


 私の言葉にそう返したバーナイトは、そんなことよりもと掘り出した鉄鉱石を精錬する場所……製錬所の案内と説明を熱心に行ってくれる。


 他の岩山に比べて特別大きな岩山の製錬所こそが山の要であり、これから山程の鉄を生み出し、それがイルク村の工房に運ばれ、様々な道具になっていく……と。


「どんどん良い道具が出来上がって、武器も防具も立派になって、生活が豊かになりますからなぁ!

 これからの洞人族に期待してくださいな!」


 そう言ってバーナイトは両手を広げての満面の笑みを見せてきて……私は「ああ、期待しているよ」と返す。


 するとバーナイトは「そうだ、試作品があった!」なんてことを言って、製錬所の奥へと駆けていく。


 それを見送った私は、岩作りの建物の様子をぐるりと見回す。


 椅子も岩、テーブルも岩で、窓はなく、ランプと炉の火が周囲を照らしている。


 炉だけがあるものばかりと思っていたが、何かを砕いたり混ぜたりする場所もあるようで……どういう使い方をするのか巨大な石臼までがあり、炉も大小様々なものがあるようだ。


 それらの炉では鉄ではなく何か道具を作っているようで、鉄を作っている炉はもっと奥にある……のだろうか?

 

 そんな炉から出る煙の排煙は、高い天井にある大きな煙突任せのようで……外も少し煙たかったが、多くの洞人族が働く中に入ると一段と煙たく感じるなぁ。


 こういう煙も体には良くないんだったか……? 鉱山に関してはそういった害を無効化出来る髭を持つ洞人族に任せてしまうのが良さそうだなぁ。

 

 瘴気も煙も、毒気も効かない便利な髭、かぁ。

 

 ……その髭のお守りをつけている私はまだ良いが、何もないベイヤースにここはきつい環境なのかもしれないな。


 後でベイヤース用のお守りも作ってもらうべきだろうか……?


 しかし馬なんて野生でもいる動物が瘴気に弱いというのも変な話に思えるなぁ。


 瘴気に対抗出来ない野生の馬や動物達はどうやって瘴気の中を生きているのだろうか? 

 

 瘴気が濃くなったらそこから逃げて別の場所にいく? それとも動物の中にも魔法を使えるものがいて、その動物に瘴気を薄めてもらう?

 

 しかし魔法を使う動物がいたなら、そんな存在がいるなんて話、もっと知られていても良いはずで……少なくとも私は今まで一度も、そういった話を聞いたことがないなぁ。


 ……そう言えばメーアはどうなのだろう? メーアの特別な毛が魔力の産物……だったりしないだろうか?


 そういった動物があちこちにいるから瘴気が濃くならない……とかなら、納得は出来るかもしれないなぁ。


「旦那! ほら! ほら! 見てください、この地金! 綺麗なもんでしょう!

 中々の強度になってるもんで、コンッと軽く叩いてみてください! 良い音がしますよ!」


 そんな風にあれこれと考えていると奥から戻ってきたバーナイトがそんなことを言ってきて……四角い地金を受け取った私は、バーナイトに言われるまま、コンコンと拳でもって叩いてみるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回は鉱山やら西側関所やらになる予定です



そしてお知らせです


コミックアース・スターさんにてコミカライズ最新49話が公開になりました!


VSフレイムドラゴンの熱い一戦となってますので、ぜひぜひチェックしてみてください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る