第十四章 出立と収穫と冬備え
第392話 畑の恵み
宴が終わりエルダン達が帰っていき、旅芸人やペイジン達が西側関所に向かい……いつも通りの日常を送ることになったイルク村では、ゴブリン達を海に送るための川下りの準備が行われていた。
川を調べていた伯父さんやヒューバート、サーヒィが言うには水源と川は出来たばかり、水量はあるとは言えまだまだ川としては不完全らしいが、それでも深さも流れもそれなりのものとなっているらしく、川下りくらいなら問題なく出来る……らしい。
水源や川べりをしっかり整備して、草原を抜ける小川のようにしていけば、将来的には積荷の行き来も可能になるとかで、今後はそこら辺にも力を入れていくらしい。
草原の小川の整備は大体が終わって、流れが早くなり水が綺麗になり……動物達が水を飲みやすいように整えられた場も何箇所かあるんだそうだ。
その流れが荒野に流れていって、荒野で水源から流れた川と合流し、大きな流れとなって海へと向かう。
水源に合流するのではなく、川に合流する形で整備するらしい……荒野の水源は神々が奇跡を起こした場所、つまりは一種の聖地になる訳で、その保全のためなんだとか。
そして今は、そんな川を下ることになるゴブリン達のために、食料などを積み込む荷船を準備している段階で……船は大体が完成し、あとは積み荷を用意したなら出発出来るという状態だ。
「屋根がついているんだなぁ」
宴から数日後の昼過ぎ、洗濯場の側を流れる川の上に問題がないか試すために浮かべられた……メーア布の幌のような屋根がついた船を眺めながら私がそう言うと、側に立つナルバントが口を開く。
「日光が苦手だと言うんじゃからのう、日除けくらいはつけてやらねばなるまい。
とは言え鉄の骨組みに布を被せただけの簡単なものになるがのう……この大きさじゃぁこれが限度じゃのう」
「ゴブリン達が乗って積荷を乗せて……川を下るとなると大きくも出来ないし、仕方ないか。
……川は下るのは分かるんだが、将来的に行き来するとなると船で川を上る……訳だよな? その場合はどうするんだ? 船にそういう機能があるのか?」
「風向きが良ければ帆を立てるという手もあるがのう、魚人達が乗るのであれば自分達で曳いてもらった方が良いじゃろう。
川の流れにもよるが、ここいらは山も谷もないからのう……そう難しくはないはずじゃ。
水に浮かせばなんでも軽くなるからのう、オラ共が人力車を曳くよりも楽になるはずじゃろうし、疲れたら錨を下ろして船の上で酒を飲んで寝ればそれで良し! という訳じゃのう」
「なるほど……。
……見た所問題なく浮いているようだし、あとは食料と故郷への土産を積み込めば出発出来そうだな。
そうすると……そろそろ食料の準備をしておいた方が良いかもしれないな」
「海までほんの数日のことじゃろうし、食料よりも酒を満載してやった方が良いと思うがのう……まぁ、坊達の好きにしてやったら良い。
船は見ての通り完成、ゴブリン達の依頼で作った槍やちょっとした道具はすべて完成して積み込みの支度もしてある、出発はいつでも構わんからのう」
そう言ってナルバントは船に繋がっているロープを掴んで引き寄せ、待機していた洞人族と共に……慎重に、少し神経質過ぎないかと思う程慎重に船を川から引き上げようとする。
……そう言えば洞人族は泳げないんだったか、体が重くて何をしても沈んでしまうとかなんとか……。
それならば神経質になるのも当然かと手伝いに入り……川に入って押し上げる形で手伝っていると、そこにセナイとアイハンが編みかごを大切そうに抱えながら駆けてくる。
「ディアスー! 美味しくできたよー! 畑が育ってきたよー!」
「ことしのしゅうかくは、きたいできそう!」
なんてことを言いながら駆けてきた二人は、私が川から上がるとスッとカゴを差し出してきて、中に入っているものを見せてくれる。
「おお、大きなニンジンじゃないか……丸っこいというか太くて色も濃いなぁ」
それは本当に大きなニンジンだった、私が知るニンジンとは別物と思う程で……これが育った畑の力ということなんだろうか。
いつの頃からかセナイ達が使い始めた『畑を育てる』という言葉。
セナイ達が両親から教わった知識によると、畑の土は葉肥石などを撒いた上で手入れ欠かさず、結構な時間をかけることで良いものになるんだそうで……2年目にしてようやくその効果が出てきた、ということなのだろう。
「食べて食べて! 美味しいから! 栄養もたっぷり!」
「ニンジンはねー、かんたんだから、どんどんふやせて、みんなにおいしいから、とってもしあわせ!」
「皆に……? 村の皆という訳では無さそうだが……ああ、いや、馬達のことか。
確かに馬はニンジンが好きらしいが……確かアイーシアはそこまで好きではなかったはずだから、拗ねないように何か果物を用意した方が良いかもしれないな」
セナイ達の言葉に私がそう返すと、セナイ達はハッとした表情になったり真剣な表情になったりと、忙しなく表情を変えながら元気な声を上げる。
「あ、そう言えばそうだった! あとで森行ってとってくる! でも今はニンジン!」
「うまだけじゃなくて、ゴブリンさんもきっとすきだから、ふねにのせてあげて! だからあじみして!」
「そうだな、美味しそうなニンジンだし味見してみるか」
私がそう返すとセナイ達は早速洗濯場に向かってニンジンを洗い始め……そんな様子を見守っていたナルバントがなんとも微笑ましげな表情で口を開く。
「今の嬢ちゃん達の言葉、よう分かったのう……皆がどうとか誰のことを指しておるのか、オラには坊の言葉があるまで分からんかったぞ。
なんだかんだ言っても家族ということなんじゃろうのう」
「そうか……? 普通に会話してたつもりだが……。
まぁー……一緒に暮らしている訳だからなぁ。
アイハンは少し舌足らずな部分があるが、少しずつ良くなってきたというか、成長してきた感じだし……二人ともあと数年もしたら大人達に混ざって普通に喋って、友達が増えて……自立していくんだろうな」
私がそう返すとナルバントは更に優しげな顔となり……何も言わずにただこちらを見やってくる。
その顔になんと返したものかと悩んでいると、セナイとアイハンが洗いたてのニンジンを持ってきて、こちらに差し出してくる。
それを私とナルバントと、船の手入れをしていた洞人族達で食べてみると、なんとも甘くて良い歯ごたえで、変な臭さもなく生でも十分美味しく食べられる味で……そのまま私達は夢中で、ニンジン一本を綺麗に食べあげるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はゴブリン達のあれこれです。
そしてお知らせです。
昨日15日に書籍第10巻が発売となりました!
発売を記念して電子書籍サイトなどではセールも行われていますので、是非是非チェックしてください!!
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