第391話 軍師の考え、結論に至らず
――――まえがき
・久々に登場するキャラ名解説
・グリン
マーハティ領の幹部で猪人族、人間族であるディアスに反発していたが、目の前で神々の奇跡を目撃し何か変化があった様子
・ネハ
エルダンの母親で象人族、獣人国ではそれなりの立場だったらしい?
・ゲラント
鳩人族の諜報隊長、メーアバダル領や王都への手紙輸送で大忙し
――――
――――10日後のマーハティ領 メラーンガルの領主屋敷で ジュウハ
隣領から屋敷の主であるエルダンが帰還して……翌日。
エルダンが久しぶりに執務室で政務に励んでいると聞いて、留守を預かっていたジュウハはエルダンから隣領で何があったのかを報告を受けるために足早に執務室へと向かい……簡単な挨拶をした上で入室し声をかける。
「なぁ……グリンの奴は一体全体どうしたってんだ?
さっきすれ違ったんだが、あの人間嫌いが良い笑顔で挨拶をしてきたかと思ったら、神々の教えがどうのこうのと……まるで神官にでもなったかのような振る舞いだったぞ?」
そんな問いに対し、エルダンは執務机に向かいながら「うーん」と唸り声を上げて頭を悩ませてから、隣領での出来事をかいつまんで話してくる。
隣領でグリンが揉め事を起こしたが、それをディアスの伯父であるベンディアが見事諭した。
それだけでなくベンディアは目の当たりにしたエルダンでも未だに信じられないような奇跡を起こしていて……その中で神々との邂逅を果たしたグリンは、信仰心がいつになく高まっていて、ちょっとした暴走状態にあるらしく……特に害がある訳ではないので対策などはせず放置している。
他にも報告はあり……隣領にはゴブリン族なる魚人が滞在していて、彼らとディアスはあっという間に仲良くなっていて……報告にあった洞人族なる一族は凄まじいまでの腕前で彼らのために船を作っており、近々彼らの故郷である海を目指しての川下りが行われるらしい。
また獣人国の商人と接触を持つことができ、友好関係を結ぶことに成功し……近々交易や望む者の帰国などを行っていきたいと考えている。
最後に情報を求めてやってきた盗賊達についての報告がなされ……それを受けてジュウハは一瞬顔をしかめるが、すぐに何か思いついたのか笑みを浮かべて顎を撫で……ゆっくりと声を上げる。
「この短期間によくもまぁそんなに色んなことが起こるもんだと感心しちまうが……どれもこれも、こっちにとって有益になるってのはありがたい話だな。
盗賊に関しては……そうだな、頭目とヤバそうな奴らを見せしめに処刑した上で、どこかの鉱山に放り込んで露骨に多めの見張りを立てておけば大人しくなるだろう。
情報を求めているどこかの誰かについては、どうにか隣領への侵入に成功した盗賊が酒場や娼館でポロっと漏らしたって形で偽情報を広めてやれば良い……直接報告がない理由は帰路のどこかで捕縛された、とかが妥当だろうな。
盗賊本人への確認が出来ない上に、何種類もの偽情報を流されたとなれば、どれが本当なのか確かめるために余計な労力を割いてのかなりの遠回りをしてくれるだろうさ。
……王都にいる例の伯爵に連絡をとって連携しておけばより効果的だろう。
獣人国への帰還や交易についてもどんどん推し進めても良いが……それをやるなら同時に新道派対策も進めておきたいところだな。
……ま、これについてはディアス達のおかげで良い手が出来上がったからな、以前の想定よりは上手くやれるだろう」
獣人差別を是とする新道派……エルダン達にとって受け入れがたいその教えにはなんらかの対抗策を打つ必要があり、ジュウハは数十もの対抗策を考え出していたが……ここに来て一つの、なんとも良い塩梅に都合の良い策が出来上がってくれた。
「救国の英雄公爵と、大商圏を有する公爵の前に神が現れ奇跡を起こした。
そこでは新たな神殿が建立されていて……その教えは亜人獣人との共存を推奨するものになるんだろうなぁ。
第一王子と組む新道派よりも優勢……になるまでは難しいだろうが、それなりの支持者を集めて相応の勢力となって、交渉のテーブルにつけるくらいにはなるだろう。
王子様としても後ろ盾が欲しいからと神殿と組んだはずで、何がなんでも差別をしたいって訳じゃぁねぇはずだ。
ならば交渉の余地さえあればなんとかなる訳で……いやはやまったく、こんなに都合よく欲しいカードが配られてくると、何某かの作為ってのを疑いたくなっちまうな」
続くジュウハのそんな言葉を受けて、エルダンは大きく頷き「確かに……」なんてことを呟く。
ここ最近……と言うよりエルダンがディアスと出会ってからの出来事は、エルダンにとって随分と都合の良い話ばかりに思えた。
よき隣人に出会い、長年苦しんでいた病が治り、子宝に恵まれ……本来であれば頭を抱える程の大問題にも解決の兆しが見えた。
……何らかの流れが自分の味方をしている、天運というものがあるのなら間違いなく自分は天運に恵まれている。
何者かの……神々の作為が自分達に勝てとそう言っているかのようだ。
厳しい局面に至り悔やむこともあったが、今にして思えばそれらは全て良い糧となってくれて自分の成長を促してくれていて……昔のエルダンでは到底目指し得なかった場所へと導いてくれているような気までしてくる。
そんなことを考えてエルダンは思わず鼻息を荒くする……が、ジュウハはエルダンとは全く別のことを考えていた。
確かにエルダンも様々なものを得ているが……ディアス程ではない。
エルダンが手にしている物の多くは、元々マーハティ領にあった物や、マーハティ領を発展させて得た物が多く……何某かの作為で得た物はそこまで多くないように思える。
それよりもディアスの方が多く得ているように思え……どちらかと言うとエルダンはそのおこぼれに与っているに過ぎないのではないか?
以前の内乱騒動の黒幕が見えてこないことも気にかかるし……まだまだ結論には遠そうだ。
と、そんなことを考えたジュウハは小さな咳払いをして思考を切り替え、口を開く。
「……とりあえずうちでもメーア神殿を建立するとしよう。
規模は大きくなくても良いが、金をかけて立派なものを建立し……旧道派の神官の生き残りを探し出して招くとしよう。
その上で……そうだな、グリンを始めとした何人かの獣人を神殿に所属させて教えを学ばせておくぞ。
定期的にメーアバダルの神殿に遊学にいかせるのも良いだろう。
……神殿を建立した上でそこまでやっておけば、その何某かとやらも悪い顔はしないはずだ」
なんとも言えない嫌な悪寒を感じながらジュウハがそんなことを言うと、エルダンは表情を綻ばせながら手を叩き弾む声を上げる。
「それは良い考えであるの! グリンの信仰心はそこらの神官に負けない程に高まっているし……獣人国にも広まりつつあるらしい教えをここでも広めておけば、商圏のさらなる拡大に期待出来るであるの!
同じ教えを信仰する者同士であれば警戒心も薄くなるというもの……交易がうんとスムーズになるはずで、国外の品がそうやって入ってきたなら、西方商圏は今以上の……数段違いの収益を上げるに違いないであるの!」
その声を聞いてジュウハは、あっさりと悪寒を振り払っての、たまらなく良い気分となる。
教え子の成長を目の当たりに出来た喜び、一から十までを教えずともその先にある答えに辿り着ける主を得た喜び……そしてそれが成れば更に交渉が楽になるだろうと喜ぶ。
「こういうのは半端にやるのは良くないからな、しっかり予算を組んでやっちまうぞ。
獣人国との交流は変に俺が手出すよりは、エルダン様が主導すべきだろうな……ネハ様にも当然参加してもらうとしよう。
帰国を希望する者にも教えを拡散させれば獣人国との今後がかなり楽になるはずだ。
あとは王都の伯爵への手紙を用意してもらって噂程度に王都でも広めてもらって……しばらくはゲラント達に頑張ってもらうことになるか」
と、そう言ってジュウハが大筋をまとめるとエルダンは頷いて同意し……手紙や指示書を書き始め……それを見てジュウハはついでとばかりに、エルダンの不在で溜まりに溜まっていた書類の山を棚から取り出し、執務机の上にドスンと乗せて、それらの裁可もよろしくと、無言の笑みでもってエルダンに伝えるのだった。
・第十三章リザルト
領民【237人】 → 変化無し
変化は無いがゴブリン達やメーアの夫婦、ペイジン達、旅芸人達など多くの客人が滞在している。
・荒野に新たな水源と【川】が出来上がり、海までの水路が出来上がりつつある。
・エルダンやペイジンから多くの贈り物を貰い、倉庫は冬備えを前に満杯となっている
・隣国の本を手に入れ、言語についての学習が始まった。
・盗賊100人の武器や防具を手に入れたが……質はあまり良くないようだ。
……そろそろ晩秋、冬供えの日が近付いてきている。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
次回から新章突入、ゴブリンのあれこれやら作物のあれこれになる予定です
そしてお知らせです!
9月15日の発売日が近付いてきました小説版第10巻
特集サイトが公開されました!
https://www.es-novel.jp/booktitle/70zerostart10_r.php
カラーイラストなど見ることができますのでぜひぜひチェックしてください!
更に近況ノートで各キャラデザも公開しています
ダレル夫人
フェンディア
パトリック達
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