第393話 ゴブリン達


 セナイとアイハンによるとニンジンは、メーア布に包んだ上で保存壺に入れておけばそれなりに保つらしい。


 あくまでそれなりで長期の保存には向かないが、海までの数日なら十分保つはずで……滋養たっぷりで調理しなくても美味しく、保存が効くというのは中々悪くない。


 あとはゴブリン族のイービリス達が気に入ってくれるかという問題があるが、今までの食事の中にもニンジンは何度か入っていたし、問題はないだろう。


 ……いや、それでも一応確認しておいた方が良いかもしれないと思い至り、セナイ達に声をかけて一緒に来てもらい……イービリス達がいるだろう神殿へ向かう。


 ここ数日イービリス達は神殿で祈りを捧げ、ベン伯父さんから神殿の教えや王国で気をつけるべきことを学び、パトリック達から集団戦と連携についてを学んでいる。


 水中での戦い方は心得ているが、陸上での戦い方はまだまだ未熟で……4人で連携して戦うパトリック達からは様々なことが学べる……とかなんとか。


 西に伸びる街道を少し進むと酒場が見えてきて、そんな酒場のすぐ側に神殿があり……神殿前の広場には予想していた通りパトリック達と鍛錬をするイービリス達の姿がある。


 パトリック達は木杖を、イービリス達は木槍を構え、お互い似たような連携をしながら競い合い……経験の差なのかパトリック達の方が優勢のように見える。


 力はパトリック達が上、立ち回りも連携もパトリック達、ただイービリス達も槍捌きや瞬間的な反応に優れているようで……あとは連携さえ上達したならもっと良い勝負が出来るかもしれないなぁ。


 身長も力も負けているイービリス達がパトリック達の苛烈な攻撃に耐え、受け流せているのは……大きく長い尾ビレのおかげ、なんだろうか。


 地面にしっかり打ち付け、まるで三本目の足のように体の支えにしていて……時には両足を振り上げ尾ビレだけで立っていることもある。


 そういった予想もしていなかった動きをイービリス達がすると、パトリック達は一瞬反応に遅れてしまい……ちょっとした奇襲のような使い方をされているらしい。


 あの尾ビレ使いがもう少し上手くいったなら……もっと違う使い方があったなら、更に化けるかもなと、そんなことを考えていると鍛錬の時間が終了となり、様子を見守っていたフェンディアが休憩のために用意したらしい茶を持ってきて、私達を含めた全員に配っていく。


 セナイとアイハンはそれに続く形……と言うか、フェンディアの真似をしてニンジンを配って周り……パトリックやイービリス達は首を傾げながらも受け取り、セナイ達の『食べて!』という言葉に従い、パリポリとニンジンを食べていく。


 すると舌に合ったのだろう、それぞれ笑顔になるなり驚くなりし……どんどんとニンジンを食べ進め、あっという間に食べ終えてしまう。


「むう、これは美味いですな」


「ニンジンとは思えませんなぁ」


「子供の頃は神殿の畑で育てたニンジンをよく食べていましたなぁ」


「これ、すり下ろしても美味しいんじゃないですかね」


 パトリック達がそんな感想を口にする中、イービリス達はまた違った反応を示していて……何かをこらえるようにして、あるいは噛みしめるようにしてグッと歯噛みし、空を見上げたりしている。


 それを見てセナイ達が美味しくなかったのかな? と、心配そうに表情を曇らせるが……すぐにイービリスがなんとも感慨深そうに、


「美味い……」


 と、そう言ったことで曇りは晴れる……が、美味しかったのならどうしてそんな反応なのかという疑問が残る。


 そうして私達が疑問の視線を向けていると、それに気付いたイービリスがゆっくりとその大きな口を開く。


「我らこの旅で得た多くの物を思い、思わず涙ぐんでしまっていた。

 歴史に残る偉業とも言える冒険を達成し、神々に出会い……その地でなんとも温かい心尽くしを頂けた……これ以上の幸福と喜びがあるだろうか?

 地上の生活にも慣れ、多くの野菜を口にし……心がここに落ち着き、故郷のように愛着が湧いてきた所で、帰らねばならぬ心痛に言葉もない。

 ……もちろん海も愛おしい、帰るべき故郷は海にこそある。

 だが、確かにここにも我らの故郷はあったのだ……冒険とはかくも寂しいものなのだなぁ」


 イービリスのそんな言葉に他のゴブリン達も同じ思いなのか頷いて……それぞれまた空を見上げ、深く思いを馳せる。


 そんなイービリスの姿を見て私は少しだけ考え込み「すぐ戻る」とそう言って村の方へ駆けていって、自分達のユルトに入り、暇な時に作り置きしておいたある物が入った木箱を手に取る。


 そうしたならそれを持って神殿前へと駆け戻り……尚も空を見上げているイービリス達の前に立ち、持ってきた木箱の蓋をそっと開ける。


「……公、それはまさか?」


 そんな私の様子を見てイービリスが声を上げ……私は膝を地面に突き、箱の中の物を一つ手に取り、イービリスへと差し出す。


「皆が身につけているから、分かっているかもしれないが、これは領民の証でな、私が手作りしたものなんだ。

 イービリス達の故郷は海で、住まいも海で領民にはなれないのかもしれないが……これから交易だとかで行き来することになるのだろうし、その許可証とでも思って受け取って欲しい。

 ここも故郷で海も故郷だと言うのなら、寂しく思うことは何もない、またいつでも遊びに来たら良いのだからな」


 更にそんな言葉を口にするとイービリスは震える手で領民の証……私の手作り首飾りを受け取ってくれて、他のゴブリン達にも同様に手渡していく。


 イービリス達の首は、太い……というか、胴体とそう変わらない太さなので紐の長さを調整する必要はあるが、そのくらいであればすぐに出来て……セナイ達にも手伝ってもらって調整したなら、イービリス達の首にかけてやる。


 するとイービリス達は指で首飾りを弾いて揺らし……胸を張って誇らしげにし、それから胸に手を当てて震える声を上げる。


「偉大なる陸の勇者、メーアバダル公よ。

 海よりも深いその御心に、今の我らがただただ感謝することしか出来ないことを詫びよう!

 そしてもう寂しいなどと情けない言葉は口にせぬ! 海に帰り食料の尽きることのない豊かな海の恵みを必ずやこの村に届ける! そのための帰還であり出立であると……そう考えを改めることにした!

 ここにきて新たな勇気を与えられるとは……本当に感謝しかないとここに表したい!」


「公に栄光あれ!」


「メーアバダルに栄光あれ!」


「大地に海に変わらぬ恵みあれ!」


「我らと友の不断の絆に祝福あれ!」


「海溝よりも深い感謝を!」


 イービリスに続く形で5人のゴブリン達も声を上げ……私はそんな6人と一人一人順番に握手をしていく。


 明日か明後日か、出立の日はもうすぐそこまで来ていて……私の中にも少しだけ寂しい気持ちがあったが、その気持ちはいつのまにか無くなっていて……なんとも言えない爽やかな気分で胸がいっぱいになるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はいよいよ出立やら何やらです。

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