第388話 神官達
――――イルク村の広場で フェンディア
大きな篝火が明るく照らす広場で、立派な服に着替えたディアスとアルナーのダンスが始まり……そんな広場を囲う形で円陣になって座る村人達が拍手するなり歓声を上げるなりして、それを盛り上げる。
不器用ながら体を動かすことを得意としているディアスと、器用で同じく体を動かすことを得意としているアルナーのダンスは、ダレル夫人指導の下進められていた練習の甲斐あってか、かなりの完成度となっていて……メーア神殿の女神官であるフェンディアは、絨毯の上に足を畳んで座りながら、その様子をうっとりとした表情で見つめていた。
平民から公爵となった太陽が昇るが如くの成功物語の先に、こんなロマンチックな光景が広がっていたなんて……。
しかもその光景は、とある大神殿に秘匿されていた建国王の物語の最終章に酷似していて……行き過ぎた信仰心から、それを盗み読んでいたフェンディアは、微笑ましいやら愛おしいやら、なんとも言えない気持ちになって胸が温かくなる。
そんなフェンディアの横では、同じく絨毯の上に腰を下ろし、犬人族の子供達のブラッシングをしながらその光景を眺めるダレル夫人の姿もあり……ブラッシングしながらもその目はディアス達のことをしっかりと見やっていて……なんとも満足そうな表情をしている。
「紆余曲折はありましたけども、成功して本当に良かったです。
神殿建立を祝う宴で、お二人の仲が少しでも深まってくれたなら、それだけでもここに来た甲斐があるというものです」
そんな言葉をフェンディアが口にすると、ダレル夫人は「そうですねぇ」と言いながら小さく頷き……それから言葉を返してくる。
「臣下の立場としてお二人の立場と年齢を思うと、もっと深い仲になって欲しいものですが……公の法を守ろうというお心を思うと、これ以上は難しいのでしょうねぇ。
大体の貴族は自分こそが法であるとここまで遵守しようとはしないのですが……」
「神殿生まれ神殿育ちとなればそれも仕方ないのでしょう。
神官の中には法を守れぬ者達への説諭や教導を務めとしている者達もいますから……そういった者達と縁があると自然、遵法意識は高まるものなのですよ」
「なるほど……そういうものですか。
……神官と言えばあの4人の姿が見えませんが……?」
と、ダレル夫人がそう言うと……フェンディアは口に手を当てて「うふふ」と笑ってから、言葉を返す。
「あの4人なら、関所の犬人族達が報せてくれたカニス様からの伝言を聞くなり、関所へと向かって飛び出していきましたよ。
何しろ相手は盗賊……神官兵としては本領でしょうから。
……相手が悪い人であればある程、悪事を重ねていればいる程、正しい道に戻した時の喜びと徳は大きいもの……それはもう嬉しそうに飛び出していきましたよ」
そう言われてダレル夫人は少しだけ苦々しい顔となる。
それは果たして大丈夫なのか……? 領主であるディアスに報せた上で確認を取るべきではないのか?
しかし今のこの貴重な時間を台無しにする訳にはいかないし、この時間を守るために関所へと向かっているとも考えられる訳で……ダレル夫人はそれ以上は深く考えずに、ブラッシングとダンスのみへと意識を向ける。
「うふふふふ」
そんなダレル夫人を見てもう一度笑ったフェンディアは、一瞬だけ東の関所の方へと視線を向けて……果たして何人の盗賊が彼らの手によって改心することになるのだろうかと、そんなことを考えて……なんとも晴れやかな気持ちとなって更に弾む心で宴を楽しんでいくのだった。
――――関所の前の一帯で クラウス
10人の武器を叩き落し、20人の武器を叩き落し……かなりの時間を戦い続け、それでも盗賊達は暗闇の中で暴れまわることを止めようとしない。
関所破りは縛り首が基本、であるならばさっさと殺してしまった方が良いかもしれず、対処としてもその方が楽なのだが……クラウスの中に『果たしてディアスはどういった結果を望むのか』という迷いがあって、盗賊達の命を奪えずにいた。
ディアスは犯罪者に厳しく、罰を与えることに迷いのない人間ではあるのだが……その性格からか甘い罰を与えがちだ。
果たして縛り首を良しとするか……命を取るのを良しとするか……領主となってからのいくつかの戦闘を思い出してクラウスは、少しだけ槍の鋭さを鈍らせてしまう。
そんな迷いを見抜いてなのか、盗賊達は怯むことなく攻勢を仕掛け続け……その様子を見てか関所から、
「クラウスさん! 篝火は十分に焚いたし、いつでも射抜けるんだよ!」
「こんな連中、すぐにでも射殺してやるさ!!」
との声が上がる。
それは関所に働きに来ている鬼人族の女性達の声であり……それにどう返したものかと槍を振るうクラウスが頭を悩ませていると、そんな彼の下に黒い影が飛び込んでくる。
黒い影は篝火の灯りがあるとは言え、かなり暗くなってきた森の中で正確にクラウスの鎧の隙間を狙って刃物での刺突を放ってきて、それを避けたクラウスが返しの連続突きを放つとその全てを華麗に避けて見せる。
「獣人か!?」
クラウスの口から思わずそんな声が漏れる。
暗闇の中でのこの正確かつ鋭い動き、犬人族との鍛錬を欠かさないクラウスにはすぐに正体が分かり……そりゃぁ獣人にも盗賊はいるよなぁと歯噛みする。
目に頼らず耳と鼻で相手の位置を状況を、知覚出来る獣人特有の動きでその黒い影は何度も何度も攻撃を繰り出してきて……刃物ではなく爪を使ってのその攻撃にクラウスが舌を巻いていると、更に複数の黒い影がクラウスの下へと駆け込んでくる。
一体何人いると言うのか……メーアバダルでも特に獣人と縁深いクラウスが、苦々しい思いに支配されていると……そこに大きく力強く、けたたましい声が響いてくる。
「むははははははは! 罪人よ! 神々の教えを知るが良い!」
口と鼻が大きく、立派な髭を生やしたパトリックの声。
「神官の杖は痛いが死にはせんから安心せい!」
肌の色が濃く目は鋭く、眉毛のないポールの声。
「ははははははは、皆様、罰としての痛みの後に素晴らしい説諭をしてあげましょう!!」
小さなメガネをし、理知的な顔をしているが4人の中で一番荒っぽく力任せなピエールの声。
「よぉぉぉぉし! ディアス様のために盗賊達の体を粉骨砕身、やってしまいましょう!」
4人の中で一番若く、眉毛や髪をきっちり整えたプリモの声。
「な、何故ここに!?」
続いてクラウスがそんな声を上げる中、関所の上の歩廊から4人が飛び降りてきて、その勢いのままに黒い影に襲いかかる。
4人が振るう杖に一切の躊躇は無い、遠慮なく全力で、いくら杖でも普通に殴り殺してしまうのではないかという威力でもって振るわれ、あちらこちらで悲鳴が上がる。
「むーーーははははははは! 我らが神殿の建立祝いに襲って来るとは無粋な奴らめ! これでもかと後悔させてやるがゆえ、そこに直れぃぃ!」
そんなパトリックの声で更に4人の杖が苛烈さを増していき……クラウスはそれに驚くやら呆れるやら、なんとも言えない気分になりながらも槍を構え直し、すっかりと竦み上がった盗賊達に構えた槍を突きつけるのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
念のため、粉骨砕身の誤用は意図的です
次回はこの続きやらその後のあれこれの予定です
応援や☆をいただけると神官達のテンションが更に上がるとの噂です。
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