第387話 暗い森の中で
――――一段と盛り上がる広場を眺めながら 野生メーアの夫婦
メーアを祀る神殿の建立を祝うために、二組もの来客がやってきた。
来客のうち一組は国外からの客で……山のような貢物が手に入ったこの村は、そのことを祝う宴を始めた。
盛大に賑やかに、とてつもなく派手に……楽しそうに。
自分達のための宴……と、言えないこともないその宴の様子を見て、一時的にイルク村に滞在している野生のメーアの夫婦は驚くと同時に、言い様のない興奮に包まれていた。
嬉しく楽しく、誇らしく……まさか自分達がこれ程までに崇められる存在だなんてと、父メーアが鼻息を荒くしていると、隣に立つ母メーアがその角でもってゴスンッと父メーアの横腹を突き上げ、調子に乗らないように、と釘を差してくる。
「メァ~~メァメァメァ~」
母メーアの言いたいことも分かるが、しかしこれだけの光景だぞ、これ程の宴が行われているんだぞ……と、そんな声を上げる父メーア。
「メァッ、メァメァー」
あなたが何かを成した訳ではないでしょう……と、母メーア。
その言葉は全くその通りで、思わず興奮が収まってしまった父メーアは……ならば自分には一体何が成せるのだろうかと頭を悩ませ……そして一つの答えを得る。
この村には長が複数いる、それらをまとめ上げる国という在り方があってその長もいて、その国も複数あって……ならば野生のメーア達も一つにまとまるべきではないのだろうか。
この村では野生のメーアの冬季滞在を受け入れている、らしい。
毛を支払えば春までの安全な日々を約束してくれる、らしい。
そして支払いの毛の量は交渉で決まるんだそうで……一方的な交渉にならないよう、ただ毛を奪われるだけにならないよう、一つにまとまった上で代表が交渉するという形が必要なのではないか。
そんなことを考えた父メーアは再び鼻息を荒くし……なんとなくその考えを読んだ母メーアは小さなため息を吐き出し……そして視界の隅に入り込んだ、ある者達へと意識を向ける。
東にあるという森、そこから来た者達が移動に使った馬の手綱をそっと握り……他の者達に気付かれないよう気配を殺しながら、東へと向かって歩いていく。
武器を携えた4人……確かあの4人は神官だったか、それが一体何のために東に向かうのか……?
村の者達は皆宴に夢中で……勘が鋭そうな人の長も子供達に絡まれたり、これから始まる行事の準備をしたりでそれどころではないらしい。
そうして4人は東へと去っていって……母メーアはそのことを疑問に思いながらも何も言わず、父メーアが何か変なことをやらかさないようにと、そちらへと意識を向けるのだった。
――――森の中で 盗賊達
日が暮れつつある森の中に隠れ潜んだ盗賊達はこれ以上なく口元を歪め、ほくそ笑んでいた。
上手くいくかどうか、半ば賭けのような形で同業者を集めていたら、まさかのまさか関所の中から宴がどうとか、村に行くとかそんな声が聞こえてきて……そうして実際に関所の中から漂ってきていた気配が一気に減ってくれた。
本当にまさかが過ぎる、こんなに運良く事が運ぶだなんて……。
関所さえ突破してしまえば、あとは森の中に潜むなり、村の中に潜むなりして情報を集めれば良いだけだ。
脱出の際には森の中の情報も手に入っているだろうし、何人かの仲間を残して馬の用意をさせておくので、何も問題はない。
これで何もかもが上手く行く、これ以上ない好機を得たと盗賊達は興奮を隠さなくなり……血の昇った頭で機を伺う。
いつ仕掛けるか、どう仕掛けるか……。
他の連中に先陣を切らせたいが、いつまでもそれを待って尻込みしていると関所に援軍が来てしまうかもしれない。
好機は今この時だけ……ただ待つのは悪手で、そうかと行って先陣を切れば被害甚大で……待ちたくはないが先陣は切りたくないという、そんな考えでもって全ての盗賊がジリジリと……なんとも消極的に前へと進んでいく。
早く誰か行けよ、立ち上がって駆け出せよ、俺はそれに続くから、誰かが行ってくれよ。
全員がそんなことを考えて関所よりも同業者へと意識を向けて……前よりも左右に視線を向けて……そうやって盗賊達は地面に打たれた杭が何であるのか深く考えずに、ある線を越えてしまう。
だけども関所に動きはない、まるで何かを待っているようで……盗賊達が言い訳のしようもなく、境界の向こう側に入り込み、関所まであと少しという距離まで進んだ所で関所の上方に篝火が灯り……そこから声が上がる。
「そこまでだ! 日が沈んだなら関所の門は開かぬ! それ以上進めば関所破りとして捕縛し―――」
その言葉を最後まで待つ盗賊はいなかった。
まるでそれが合図とばかりに駆け出し、関所に張り付き登ろうとする者、関所の左右に駆けて脇から抜けようとする者、関所の前に立ち持ってきた丸太でもって関所の門を破ろうとする者と様々で……声の主はその中で一番人数の多い、門を破ろうとする者達へと飛び込み、着地するなり手にしていた槍を暗くなり始めた森の中で鋭く振るう。
「盗賊如きがメーアバダルの地を踏めると思うなよ!!」
そんな声と共に放たれた最初の一撃で盗賊が持っていた剣を叩き落し、次の一撃で別の盗賊の盾を、更に次の一撃で二人の盗賊が持っていた槍を同時に叩き落とす。
命ではなく武器や盾を狙ったのは声の主なりの警告だったのだろう……お前達では自分には敵わないから諦めろと、これ以上抵抗するのなら命の保証はしないと、そういう警告だった……のだが盗賊達は警告に従わず、武器を持った者は構え、丸太を持った者は門への攻撃し……壁を登ろうとする者、森を駆け抜ける者、武器を拾おうとする者とそれぞれ行動を開始する。
「ガァァァウガウガウガウガウ!!」
「ワォーーーーン!」
「グルルルルルルル!」
直後、森の中からそんな声が聞こえてきて……続いて森を駆け抜けようとした者達の悲鳴が響いてくる。
どうやら森の中には犬が放たれているらしい……暗い森の中、鼻の効く犬相手に逃げられる道理はなく、続いて森を駆け抜けようとしていた者は諦め、武器を構え始める。
「おい! こっちは集めに集めて100人はいるんだ! 門を開けて通しちまった方がマシだぞ!!」
そんな中の一人がそんな声を上げるが……関所から飛び降りてきた声の主は、それに構うことなく槍を振るい続ける。
「千でも万でも連れてくるが良い! こちらはドラゴン狩りが日常だ!」
との言葉と共に槍を振るわれる度に誰かの悲鳴が上がり、武器や盾が弾かれ血が飛び散り……それでも盗賊達は数はこちらが上、余裕で勝てるはずだとそんな態度で関所を破ろうとし続ける。
誰一人として槍の主に近付けず、一撃を入れることも出来ず、門に対してもヒビ一つ入れられていないのだが……暗さのせいか盗賊達はそのことに気付かないまま、声を上げ威勢を張り……あと少しで大儲けだと夢を見続けるのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
次回はこの続き、クラウスVS……になります
応援や☆をいただけると、犬人族達のやる気が満ち溢れるとの噂です。
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