第389話 決着と成功者
――――関所の前の一帯で クラウス
神官達の戦い方は、基本的には力任せに杖を振り回すというものだが……杖で相手の武器を絡め取ったり、相手の手足を払ったりと意外にも器用な面も見せていて……相手を叩くにしてもなるべく急所を避けている様子だった。
どうやら相手を殺すことが目的ではなく、彼らの言うところの神々の教えを叩き込むことが目的であり……その目的に特化した戦い方となっているようだ。
それだけでなく神官達は、杖でもって誰かを守って戦うことを得意としているようで……神殿や政治の場での警護を得意としていると言っていたらしいが、どうやらそれも嘘ではないらしい。
4人で4人を……それぞれがそれぞれを守り合って、決して隙を作らず背後を取らせず、ディアスとクラウスのお互いを補い合う戦い方に少し似ているが、神官達の戦い方はより洗練されていて……息も合っている。
4人の腕前は拮抗している、ディアスとクラウスの間には大きな差があったが、4人の間にはそれがなく……全員が同じ武器で似た体格で、同じような強さであるからこそ生まれる、独特の連携力が彼らにはあるらしい。
1対1ならばクラウスが彼らに勝つことは難しくないだろう……1対2でも恐らく勝てる。
だが1対3となるとかなり難しい相手になりそうで……4人全員相手となると、勝ち目はまず無いと言って良いだろう。
(……神官兵の戦いって初めて見るけど、まさかここまでとはなぁ……。
よくよく考えてみればディアス様の古巣なんだから、それなりの腕があって当然か……。
体格が良いのも、ディアス様と同じように食事を重要視したから、なんだろうな)
と、そんなことを考えたクラウスは……神官達の真似をして槍を振るい、目の前で震え上がっている盗賊達を打ち据える。
神官達の真似をして急所を狙わず、手足を中心に……強(したた)かに。
それでも振るうのは槍だ、一歩間違えれば相手の命を奪ってしまうだろうが……変に悩んで情けない姿を彼らに見せたくはないと、そう考えたクラウスは懸命に槍を振り続ける。
そうこうしていると武器を叩き落され後方に控えていたり、木の陰に隠れていたりした盗賊達が不利を悟ってじりじりと後ずさりを始め……そのまま逃げだそうとする。
が、すぐさまパトリック達がそれを察し駆けていき、逃げ出そうとしていた盗賊達の足を打ち据える。
「むははははは! 逃げるのならもっと早い段階で逃げねば話にならんだろう!
この期に及んで逃げようなどと、ただ罪が増えるだけと知れい!!」
そんな声を上げながらパトリック達は盗賊の後方に陣取り、挟み撃ちの形を取る。
正面にはクラウスと関所、後方にはパトリック達、左右には深い森が広がり……盗賊達の一部は正面のクラウスの方が与し易いとの判断を下して、前に進もうとする。
4人と1人ならばという、単純な計算あってのことだろうが、関所の中には鬼人族や犬人族が相応の数潜んでいて……パトリック達の方に逃げた方がマシだろうにとクラウスは苦笑する。
仮にクラウスを倒せたとして、その後はどうするのか……関所は未だにその門を閉じていて、通ることなど出来ないのに、全く何を考えているのか……。
所詮は盗賊かと、そう考えたクラウスが槍を大きく構えて振るおうとしている中、残りの盗賊達の半分は森の中に駆け込み、もう半分はパトリック達へと向かって突撃していく。
パトリック達を倒そうと考えてのことではない、少しでも隙を作ってその脇を駆け抜けようと考えてのことで……パトリック達もまた杖を大きく構えて振るい、盗賊達を打ち据えていく。
そんなパトリック達の様子を横目で見ながらクラウスは槍を地面スレスレに、何度も何度も振るい、盗賊達の足を打ち据え、それを受けた盗賊達は勢いよく転倒して気を失うか、あまりの痛みにもんどり打って倒れるかして……地面に倒れたなら微動だにしなくなるか、苦悶の声を上げながら悶えるかのどちらかとなる。
そうやって盗賊達のほとんどをクラウスとパトリック達が打ち据えると……森の中に入り込んだ何人かが、大慌てでクラウス達の目の前へと戻ってくる。
その服はボロボロで、腕か足か、その両方に噛み傷があり……どうやら森の中で犬人族達に痛い目に遭わされたようだ。
ボロボロの傷だらけで帰ってきてみれば仲間は全滅、苦悶の声を上げている者の中には両足を折られているものまでいて……森の中から帰ってきた盗賊達、そのほとんどが獣人で構成された者達は、それぞれの決断を下し行動に出る。
半分は武器を捨てて地面に膝を突いて、両手を上げて降参だと態度で示す。
残りの半分のうち3人はクラウスの方へと駆け出し、残りは武器を構えてパトリック達の方へと駆け出し……他の盗賊達がそうしたように、隣領側へ突破しての逃亡を狙う。
「くっ!?」
隣領側に行かれてはまずい、手が出せなくなるとクラウスはそんな声を上げて焦るが、そんなクラウスの足止めをすべく3人が襲いかかってくる。
(まさかここで足止めをしてくるとは……!?
盗賊の割りに手慣れていると言うか、まるで訓練された兵士のような……)
なんてことを考えながらクラウスは槍を振るって3人を迎撃する。
じっくり腰を据えて戦えば勝てる相手だが、ここで時間をかけてしまうのはまずい、なんとかして一秒でも早く倒そうとするが……相手もそれを分かっているのか、あえてのらりくらりとした、こちらを倒そうともしない、嫌な戦い方を見せてくる。
「むはははは! 何度来ようと同じことよ!」
クラウスが苦戦する中、そう声を上げたパトリックが先陣を切る形で盗賊達を打ち据えようとする……が、盗賊達は獣人として備わった身体能力でもって、大きく上に跳ね、あるいは左右に跳ね、それか四足となって地面スレスレを駆けてパトリック達の攻撃を見事に回避して見せる。
回避に成功したことに「よし!」「やったぞ!」なんて声を上げて喜んだ盗賊達は、それを合図に一気に加速し、この場から逃げようとする……が、そこに鋭い風切り音が飛び込んでくる。
それは関所の上から放たれた矢だった。
篝火を焚き、その灯りでもって狙いを定め、いつでも攻撃を出来るように構え続けていた鬼人族達からの援護射撃だった。
「タダで逃がす訳ないだろうが! せめてその武器置いてけ!」
「ほら! 旦那達! さっさと捕まえて! あっち側行かれると厄介なんだろう!」
続いて高く響く声が聞こえてきて……クラウスとパトリック達は大慌てで駆け出し、足や尻に矢が刺さった盗賊達を取り押さえていく。
「わっふわっふ!」
「アオーン!」
クラウス達が倒れた盗賊達と格闘しているとそんな声がし、森の中から犬人族達が……何人かの盗賊達を引きずりながらやってくる。
それらはどうやら森の中に逃げた者達のようで……周囲をざっと見回したクラウスは、大雑把に人数を数え……どうやらこれで全員だと安堵のため息を吐き出し、声を上げる。
「はぁー……なんとかなって良かった。
次はもっと上手くやらないとなぁ……関所ももっと改良しておくか……」
もしかしたら1人か2人の見落としがいるかもしれないが……森の中にはまだまだ多くの犬人族達がいる。
そのくらいの人数ならばすぐに追跡し捕らえてくれるはずで……そのことをパトリック達や関所で待機していた鬼人族やカニスに伝えたクラウスは、関所から投げ込まれたロープでもって、盗賊達を縛り上げていくのだった。
――――それから数時間後、森を抜けた先の草原で
一人の……薄汚れて、あちこちが破れてボロボロになったマントに身を包んだ男が草原へと足を踏み入れる。
関所の襲撃に失敗したとなって、急遽作戦を変えて森へと駆け込み、森を抜けての突破を計った盗賊の……最後の一人。
慌てて駆け込んだ森の中で仲間達と練り上げた、お互いを含む仲間すべてを囮にしての突破という作戦……どうやらそれが上手くいってくれたようだと、男はほくそ笑む。
(仲間とも言えないあんな連中より稼ぎが優先ってのはお互い様だった訳だ。
……そして俺は勝ち残った一人……成功者って訳だ)
そのマントや服を野生の獣の糞まみれにしてまで、どうにかこうにか追跡を逃れたその男は、そんなことを考えて白み始めた空を見上げ、笑みを引き締め仕事はこれからだと気合を入れ直す。
気合を入れ直したなら休むことなく足を前へと進め、どこかにある村へと目指して草原の中を歩いていき……その途中で小さな犬の姿が男の視界に入り込む。
(犬? いや、服を着ているから獣人の子供か……。
ということは近くに村がある? ……いや、何も見えないし匂いもしないな……。
あの子供を捕まえて情報を聞き出すべきか? それで村の位置も分かるだろうし、いざとなったら人質にも出来るな……)
なんてことを考えた男は、地面に伏して草の中に隠れ……朝陽の下、元気に街道を駆け回る子供の側へと近寄っていく。
そうして子供の背後に回り込み、一気に起き上がって掴みかかろうとした……その瞬間、そんな男のことを掴もうと大きな手が迫ってくる。
更には強烈な殺気と重圧までが迫ってきて、驚きのあまりに地面を転げた男がその手の主を見やると、そこには筋骨隆々の金髪の男が立っていて……子供を狙おうとしたことに怒っているのか、その表情は憤怒の色に染まっているように見えた。
(やらかした!?)
心の中でそんな悲鳴を上げた男は大慌てで獣人としての力を活かす形となる四足で駆け出し、来た道を戻る形で森へと向かう……が、そのすぐ後ろを金髪の男が、僅かも離れることなく追いかけてくる。
背筋をピンと伸ばして両手両足を規則正しく振って、猛烈な速さで。
必死に駆けるあまりボロボロのマントが脱げてその姿を……狼の獣人であることを晒した男は、必死に四足で駆け続けるが、何故だかその金髪の男……明らかな人間族の男は追いすがってくる。
(なんで人間族が獣人(おれ)に追いつけるんだよ!?)
更に心の中で悲鳴を上げた狼獣人はどうにかこうにか隠れる場所の多い森へとたどり着き……木々の中を縫うようにして駆けて、そうして良い隠れ場所として目をつけていた、大きな石の裏へと飛び込んで身を潜める。
その石の裏の地面は獣が掘り返したのかへこんでいて、そこに身を埋めて周囲の木の葉をかき集めればまず見つからないはずで……糞まみれなこともあって、鼻の良い犬や豚の獣人であっても狼獣人を見つけることは出来ないだろう。
いきなり駆けたせいか肺が痛み、胸が激しく打ち……体が大きな呼吸をしたがるが、口を抑えて必死に耐える。
あの男はきっと呼吸の音すら聞きつけるに違いない、とにかく今は息を殺すしかない。
そう考えて男は必死に口を抑え込み……そうしていると全身から汗が吹き出し鼻水が流れ、ついでに涙まで流れそうになってくる。
あと少し……あと少しで情報が手に入る……大金が手に入る、ここを乗り越えれば夢を叶えられる。
そんなことを考えて狼獣人が必死に耐えていると……大きな足音がすぐ側までやってきて、大きな石の側をウロウロとし始める。
鼻か耳か、それとも直感か……一体全体どうやってここを突き止めたと狼獣人が混乱していると……気配が、人間族の大きな手が、狼獣人の下へと迫ってくる。
「くそがぁぁぁぁ!!」
見つかった、そう判断して狼獣人は大声を上げながら駆け出し……それから様々な場所に隠れるが、人間族はその全てを看破してくる。
ゆるんだ泥の中、流れる川の中、木の上、小さな崖の下、大木の洞。
隠れに隠れて逃げに逃げ回って……そうして最後の最後、追い詰められ他に隠れる場所もなく仕方なく、大木の裏という頼りない場所に隠れた狼獣人は、涙を流しながら呼吸を完全に止めてただただ人間族が……最悪の敵がここから去るのを祈り続ける。
……だが祈りも虚しく、大木の枝の間からにゅうっと大きな手が伸びてきて、狼獣人の首をがっしりと掴み、ギシリと音を立てながら力を込めてきて―――瞬間、狼獣人の口から、
「ひゅぇっ」
という声が漏れ、狼獣人は恐怖のあまり失神してしまう。
その手の主は、まだ何もしてないのになぁと首を傾げ……まぁ良いかと頭を掻き、大きな声を張り上げる。
「おーい、クラウス、盗賊がここに残っているぞー!」
それから男は失神した狼獣人のことを狩った獣かのように雑に持ち上げ……ずんずんと大股で、森の奥にある関所へと向かっていくのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
次回は事後処理やら何やらです
そしてお知らせです
9月15日発売、第10巻『貴人の風儀』の表紙が公開となりました!
酒場でキンタさんデザインの服を着てのドヤ顔アルナー!
アース・スターノベルさんの公式ツイッターや、近況ノートにて公開しています!
皆様の応援のおかげでついに大台となった10巻は酒場完成やダレル夫人到着やらあの2人の貴族登場やらの内容となっています。
すでに予約も始まっていますので、ぜひぜひチェックしてください!!
応援や☆をいただけると、子供達の元気さが増すとの噂です。
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