第385話 その頃、関所の主は



――――森の中の関所で クラウス



 晴れやかな秋の空の下、森の中の関所……洞人族の手が入り始めたことで半ば砦と化している施設の入り口にある門塔の屋上に、アースドラゴンの鎧を身にまといアースドラゴンの槍を構えたクラウスの姿がある。


 そこからは周囲一帯を見回すことが出来……クラウスが周囲に鋭い視線を送っていると、視線の奥……隣領側の森の木々の陰で何者かが体を動かし、その視線から逃れようとする。


 恐らくそれは、ここ最近関所の様子を見に来ている不審者……盗賊と思われる者達に違いなく、迂闊な手出しが出来ない隣領側からそいつらが出てこないことをクラウスが苦々しく思っていると、門塔のハシゴを誰かが登ってくる。


 その気配を受けてクラウスは誰だろう? とは考えない。


 犬人族なら専用の階段を駆け上ってくるはずで、他の誰かであれば登って来る前に声をかけてくるはずで……その気配の主、妻であるカニスの到着を待ってからクラウスは、カニスに声をかける。


「とりあえず異常はないよ、連中も様子見しかしてこないからね」


「そっか……やっぱり盗賊なのかな?」


 するとカニスが不安そうにそう返してきて……クラウスはあえて笑顔を作り、明るい声を返す。


「だろうね、なるべく顔を覚えて人数を把握しているけど、10人そこらだから……職にあぶれた連中が徒党を組んだってとこじゃないかな。

 たったの10人でこの関所を突破出来るとは思えないけど……最近のメーアバダルは景気が良い話ばかりだから、欲を抑えられないんだろうね」


「たったの10人……かぁ。

 もし仲間を集めて100人とかで来たらどうするの?」


「あー……それなら確かに大変かもしれないけど、盗賊じゃぁまず無理かな。

 盗賊団っていうのは多くて30人くらいのもので、それ以上となると組織運営のための専門知識が必要になってくるからね。

 人員や装備、物資の管理、仕事や略奪品の分配とか経理とか負担が物凄いし、人数が多ければ多い程揉めるものだし……誰か一人が密告したら即全員が縛り首だからねぇ。

 それに人数が多いと成功率は上がるかもしれないけど、一人一人の儲けが少なくなるから、盗賊団がその規模になることはまずないんだ。

 余程の才能があって知識があって、それでも30人が限界で……それ以上となると国とか貴族っていう大きな後ろ盾か、その人数に見合った大きな目標が必要になってくるね。

 ……ま、仮に100人来たとしても負けないけどね、それ以上の規模の軍が来たって突破はさせないさ」


「ふーん……そういうものなんだ?

 才能があって盗賊かぁ、それももったいない気がするなぁ」


「そうだね、そういった才能があれば傭兵になるなり軍に入るなりするだろうし……普通は盗賊にはならないかな。

 だから大体の場合盗賊っていうのは、家があって家族がある、普通の人がやるものなんだよ。

 普通の人が何かがあって食べられなくなって盗賊になって……失敗して死ぬか、成功して稼ぐか。

 稼いだなら元の生活に戻って盗賊からは足を洗うだろうから、そう言う意味でも盗賊団の維持って難しいんだよね」


「あー……普通の人が、かぁ。

 ……そう考えるとそこら辺に盗賊がいるかもしれないのは怖いね、イルク村はそんなことないんだろうけど……」


「食料を買って武器や道具の手入れをして、盗んで手に入れた品を売るには、商人とのツテが必要不可欠だし、いつまでも盗賊なんてしていても未来はないからね……魔が差して1回だけっていうのが一番よくある話かな。

 普通に町や村で暮らしている人こそが盗賊に一番近かったりするのさ……もちろん傭兵や軍人が盗賊化することもあるけどね」


「ふぅん……なるほど」


「だからこそただあそこにいるだけの、今のところ何もしていない普通の人でしかない彼らに手出しが出来なくて困っている訳だけどね。

 盗賊として手配されているなら話は簡単なんだけどなぁ……」


 と、二人がそんな会話をしているとバッサバッサと聞き慣れた翼の音がしてきて、二人が顔を上げるとこれまた見慣れた空を舞うサーヒィの姿が視界に入り込む。


 イルク村との連絡役を担ってくれているサーヒィが関所にやってくることは毎日のことではあるが、この時間……夕方も近くなった今来ることは珍しいことで、二人が何かあったのだろうかと訝しがっていると、門塔の屋上に彼のために作られた止まり木へとサーヒィが降り立ち、クチバシを開きどこか楽しげな声を上げてくる。


「今、イルク村に獣人国の商人が来ているんだが、なんと神殿建立のお祝いだとかで旅芸人を連れてきてくれたんだよ!

 賑やかで面白くて楽しくてなぁ……ついでって訳じゃないんだが、イルク村でダンスパーティを……ディアスとアルナーのための場を開くことになってな、もし手が空いているようなら遊びにきてくれって連絡だ。

 ……ちなみにだが旅芸人はイルク村での巡業が終わったらこっちにも来てくれるそうだぜ。

 ディアスがイルク村だけじゃなくて東西両方の関所に行ってやってくれと頼んだんだとさ。

 こっちには……明後日には来るんじゃないか?」


 そう言われてクラウスは無言でカニスを見やる。


 俺は残るけど行ってくるかい? と、そんな想いを込めた視線で。


 するとカニスもまた無言でただ首を振り……せっかくここに来てくれるのだから、そっちを楽しむと視線でもって伝え返す。


 そうやって見つめ合い、クラウスが手にしていた槍をそこらに立てかけたのをきっかけで手を握り合い……これからと言う所で邪魔が入る。


「あー……オッホン!

 その様子ならわざわざ聞くまでもなさそうだけど一応返事を聞かせてくれねぇかな?

 それとほら、ここで働いている犬人族や鬼人族、洞人族達で戻りたいのがもいるかもしれねぇし……夜遅くまでやるとは言え、馬の脚でも今からじゃぁ時間もそんなに残っちゃねぇだろうから、他の連中にもは・や・め・に知らせてやってくれよ。

 ……それと、あの連中は放置で良いのか? 何なら爪で引っ掻いて追っ払ってやるが……」

 

 そうサーヒィに言われてクラウスは必要はないと笑いかけてから、


「俺達はここで仕事をしながら旅芸人達が来るのを待っていることにするよ」


 と、返事をし……それと同時にカニスがハシゴを降りて、関所内の皆へとパーティのことを知らせて回る。


 するとすぐに喜びの声やどよめきが下の方から響いてきて……そうして森の中の関所は一気に……森の中の動物達を驚かしてしまう程に賑やかになっていくのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


次回は……ある男達の視点やら何やらになります。


応援や☆をいただけると、関所に賑やかさが一一段と増すとの噂です。



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