第383話 旅芸人



 エルダンとオクタドの会話が始まり……会話が弾み手を取り合ったのを見て、長くなりそうだと考えた私は、ここにいても邪魔なだけだろうとその場を立ち去る。


 広場の中央へ向かい、村の皆が様々な芸に夢中になっている空間へと入ると……なんとも言えず心が暖かくなる。


 セナイとアイハンとメーアの六つ子達は楽しさのあまり飛び跳ね回り、たまたま側にいたらしいエリーやパトリック達はセナイ達が転んでしまわないようフォローしながらも芸に見入っている。


 芸人達が用意してくれたのか、長椅子に一列になって腰掛けたマヤ婆さん達は、なんとも綺麗な歌声に聴き惚れていて……犬人族達は氏族ごとに一塊になっていて、塊ごとに芸人の手の動きに振り回され、右へ左へ揺れて転げて駆け回って大忙しだ。


 ゴルディアやアイサ、イーライは皆に酒や食べ物を配りながら楽しんでいて……洞人族達は芸が酒の友だとばかりに大いに飲んでいる。

 

 ゴブリン達は楽しみ半分驚き半分といった様子で「ここが楽園なのか!」とそんな声を上げながら全身を震わせていて……たまたまイルク村に来ていたジョー隊の面々は肩を組んで声を上げての大喜び。


 もちろんメーア達も見入っていて、フランシス達もエゼルバルド達も新参のメーア達も客のメーア達も……一緒くたになってメァメァメァメァと大合唱しての大喜び。


 ……そしてアルナーまでもが夢中になっていて……あんなに喜んでいる様子を見るのはベイヤース達を手に入れた時以来だろうか?


 今イルク村にいる皆を、一切の例外なく夢中にさせてくれているというのは、なんとも嬉しくて楽しくて……うん、こんな光景をもっと見たいし、広げたいと思ってしまう。


 そんな風に皆の様子を眺めていると……芸を披露している一団の一人、鹿やヤギによく似ているが、鹿やヤギにしては額に生えた二本の角が短いという、そんな顔をした獣人がやってきて、声をかけてくる。


「はじめまして、メーアバダル公、アタクシはこの旅芸人の一座を率いるティロー・アンと申す者です。

 この度はペイジン商会からのご依頼でお邪魔させいただくことになりまして……拙い芸でございますが、全力を賭して公演させていただいております。

 楽しんでいただけてますでしょうか?」


 黄色と赤色と紫色の派手な……オクタドやキコのものによく似た服を着た、声からして男性に私は頷き、言葉を返す。


「ああ、皆楽しそうだし嬉しそうだし……こんなにも盛り上がるなら、また来てもらいたいくらいだな」


「それはそれは、旅芸人としてはこれ以上なく喜ばしいお言葉を頂戴し、光栄の限りです。

 ……ご依頼をいただければ何度でも毎月でも飽きぬ芸を披露させていただきましょう」


「んー……いや、頼むとしても年2回くらいだろうな、雪解けの春と……収穫後の秋くらいがちょうど良いのではないかな」


 との私の言葉にティローは、少し驚いたような顔をし……何故だか両手を揉み合わせながら問いを投げかけてくる。


「あのその、年2回とは一体どういった理由でございましょうか? アタクシ共の芸に未熟な部分がありましたでしょうか?」


「いやいや、これ程の芸は初めて見たし、本当に驚かされたが……それでも繰り返し見ていれば飽きるものだからなぁ。

 年2回であれば飽きることはないだろうし、その日を楽しみにして思いを馳せることも出来るのだろうし……ティロー達も芸を磨くことが出来るだろう?」


 今度は目を丸くすることになり、しばらくの間何も言えなくなったティローは目を丸くしたまま……大きく見開いたまま、こちらを観察するかのような視線を送ってきて、更に問いを投げかけてくる。


「メーアバダル公は……その、芸に関して一家言おありで?

 他の方々に比べて、そこまで夢中になっているという様子でもないようですし……こういった状況に慣れていらっしゃるのですか?」


「あー……まぁ、なんだ。

 戦友にこういったことが大好きな男がいてな、旅芸人の一座を呼ぶこともあれば、自分で芸を披露することもあって……そのおかげで見慣れているんだよ。

 年2回というのも、その男がよく言っていたことで……こういうのは呼び過ぎても良くないものらしい。

 逆に間をあければ期待が高まるし、その間を使って芸が磨かれたり新たな芸が発案されたりで、良いことの方が多いとかなんとか……。

 ……ああ、もちろん料金はしっかり払うぞ、年2回しか呼ばない上に遠くから来てもらうのだからな……それ相応の料金を払うべきだっていうのも、その男がよく言っていたことだな」


「それはそれは……素晴らしいお考えの御仁がいらっしゃったのですねぇ。

 そういうことであれば年2回のご依頼、喜んでお引き受けいたします……もちろん料金も相応の金額を頂戴するつもりですが……その御仁の芸のお話や、王国の旅芸人のお話、王都で流行っている芸のお話など聞かせていただけますでしょうか?

 もしお話聞かせていただけるなら、料金に関しては相応に勉強させていただくことも可能でして……」


「ん? それはまぁ、構わないが……王都の芸に関しては私は知らないからなぁ。

 ゴルディアとかヒューバートとか、他の誰かに聞いた方が……」


 と、私がそう言った所で、いつの間にか側に立っていたダレル夫人がズイッと前に進み出て声を上げてくる。


「それでしたらわたくしにお任せください、王都での暮らしが長かったですし、王都の流行、演芸は嗜みとして把握しておりますので……。

 その代わりと言っては何ですが、獣人国の流行について教えていただけると幸いです。

 お客様を歓迎する際に参考になるかと思いますので、よろしくお願いいたします」


 その提案はティローにとっても良いものだったのか、ティローは笑みを浮かべて大きく頷き、それからダレル夫人とティローの会話が始まり……盛り上がっていく。


 こうなったら私の出番はないなとその場を離れると……それを待っていたらしいセナイとアイハンが駆けてきて……私の右手をセナイが、左手をアイハンが掴んでグイグイと引っ張ってくる。


「ディアス! あっち行こう! あっち! 凄く面白いから!」

「それがおわったら、あそこ! あそこのね、ないふなげがすごかった!」


 それからそう声をかけてきて……エルダンもティローもしばらくは忙しそうだし、セナイ達の相手をしてやるのも良いかと引っ張られるままに足を進め、セナイ達と一緒に明るく賑やかで楽しい時間を過ごすことにする。


 そんな楽しい時間の間に生まれる……次の芸の準備などをしているちょっとした合間に、エルダンは何をしているのかティローは何をしているのか、オクタドやペイジン商会の面々は暇をしていないかと視線を巡らせてみると……どういう訳だかその一団が一箇所に集まっている様子が視界に入り込む。


 エルダンが中心でティローやオクタドに何かを話していて……ダレル夫人までがその話し合い? に参加している。


 初対面同士で一体何をそんな風に話し合うことがあるのやら……その場の全員が熱心に話をしていて、時たまこちらを……私の方を見ていたりもする。


 私に何か用でもあるのかと思えばそういう訳でもないようで……何故だか全員、何かを企んでいるような表情をしているようにも見える。


 それが気になって気になってしょうがなかったのだが、そうこうしているうちに次の芸の準備が終わり……、


「ディアス! 始まるよ!」

「ちゃんとみて!!」


 と、セナイ達からそう言われたことで私はそちらから視線を外し、目の前で始まろうとしている芸へと視線と意識を向けるのだった。






――――あとがき



お読み頂きありがとうございました。


次回は結託する彼らやら、その後のイルク村やらです。





そして領民0には関係無いお知らせです


新作

『転生先は北の辺境でしたが精霊のおかげでけっこう快適です ~狩猟、開拓ときどきサウナ♨~』


という作品を投稿し始めました。

概ねタイトル通りの作品となっており、すでに書き上がってる10万字を投稿していく感じとなります

もしお時間あればチェックしていただければと思います!

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