第382話 隣領公爵の外泊日誌 その2





――――広場で宴の準備を眺めながら エルダン



 宴をすると決まり、賑々しく準備が進むイルク村の広場を妻達と共に眺めていると……犬人族の報告にあったように賑やかな音が西の方から街道を進んでやってくる。


 その賑やかさはイルク村のそれとは段違いで……大勢が声を上げ、歌を歌い、なんらかの楽器まで使って音を立てているようだ。


 そんな賑やかさに気付いたイルク村の人々は一体何事だろうかと訝しがり……小川を越えるための小さな橋の向こうにある街道へと視線をやる。


 まず大きく聞こえるのは何かを叩く音……空洞の何かを木の棒か何かでドンドンと叩いているようだ。


 次に聞こえるのは笛の音、少し変わった音色の笛を音を震わせるようにして吹き上げているようだ。


 それらに混ざって鉄製の……板か甲冑かを叩いているような音に聞こえてきて、それらの音で練り上げた音楽の中に、かなりの数の人数による合唱も聞こえてくる。


『めでたや~めでたや~、龍殺しの英雄公爵様は神様にお会いになり、神様に愛された草原は、恵みに満ちて慈愛に満ちて、多くの生き物暮らしてる~。

 飢え知らず寂しさ知らず、心優しく力持ちな公爵様は頼れるお隣、仲良しこよし~』


 そんな王国語の歌に混ざる形で、全く聞き覚えのない言葉の……どこか懐かしい響きの歌が聞こえてきていて、どうやらその一団はそうやって楽器を演奏し、歌を歌いながらここまでやってきたらしい。


 まさかそんな賑やかさの塊がやってくるとは思ってもいなかったのだろう、イルク村の面々は目を丸くし……カマロッツやエルダンの部下達が警戒感を顕にする中、誰よりも目を丸くしていたディアスが、何事が起きているのか確認するためにと誰よりも前に進み出て……その一団を出迎える形となる。


「メーアバダル公~~、メーアバダル公!

 おめでとうございます~! おめでとうございます!

 愚息から公が神様の一柱と邂逅したと聞き、このオクタド、商いを放り投げて駆けつけた次第です!

 もちろん祝いの品とちょっとした代物と……それと鳴物、囃子を揃えさせていただきました!

 いつもいつも真面目に働いているメーアバダルの皆様に、愉快なひとときを楽しんでいただきたい!」


 するとその一団の中央にいた……数人がかりで持ち上げている板の上に座る、大きなカエルのような亜人からそんな声が上がり、顔見知りなのだろうディアスは顔を綻ばせ大きく手を振り、それに応える。


 するとそれを歓迎の合図と受け取ったか、一団の中でも派手な格好をした面々が動き始める。


 木箱の中に複数の楽器を組み合わせたような珍しい楽器を抱きかかえ、体に紐で固定した者が数人、驚く程に派手な服を着て派手な化粧をして、演技をしているかのような仕草で両手を振り上げ歌を歌う者が数人、そしてそれらを囲うように護衛が数人。


 そんな面々が村のあちこちに陣取り始めると……それを追いかける形で馬車の列がやってくる。


 馬車にはカエルの亜人が指示を出し、それに従い停車と整列が始まり……村のあちこちに陣取った面々は背負っていた荷物を下ろし、必要な道具を用意し、真っ赤な絨毯を広げ、風変わりな紙製と思われるパラソルを立てて場を作り上げ……そこでそれぞれ別の芸を披露し始める。


 踊りを踊る者、ちょっとした寸劇を演じる者、歌を歌う者、楽器を演奏する者。


 そんな風に多くの人間が同時に別々の芸を披露したなら、お互いの芸を邪魔しあい、混沌と化すはずなのだが相当の熟練者なのだろう、芸を邪魔し合うようなことは一切なく……それでいて王都の劇場や王城の道化師にも負けない質の芸を披露してくれて、普段そういった芸に触れていないだろうイルク村の人々は一気に盛り上がり、満面の笑みとなり、宴の準備も忘れて、彼らが披露する芸に夢中となる。


 芸のお題はディアスについて、草原にやってきたディアスがどうやって今日までを過ごしてきたかを……かなり大げさにし誇張し、捏造一歩手前の演出を織り交ぜた代物で、自分達がよく知るお題ということもあり、村人達の興奮は治まることなくどんどんと大きくなっていく。


 とても真面目で厳しく、仕事を投げ出すことがあれば容赦なく皆を叱りつけるアルナーさえもがそれらの芸に目を奪われて……夢うつつに口をぽかんと開け、思わずといった感じで運んでいたらしい絨毯をバサリと落とし、目の前で演奏されている楽器に合わせて手を叩き始める。


(観客の反応を見て流れを変えて、観客が少しでも楽しめるよう盛り上がるよう調整をしている……。

 一流どころか超一流、王都どころか王国のどこを探しても見つからないだろう凄腕をこれだけの数揃えてくるとは……。

 イルク村の宴はとても素朴なもの……そんな彼らにとってこの芸は、日常を忘れて想像だにしていなかった夢の世界に浸ることの出来る、極上の贈り物……これ以上ないお祝いになるであるの。

 どうやらあの亜人は本気でディアス殿と神々との邂逅を祝おうとしているようであるの。

 そしてあの一団、恐らくはディアス殿から聞いていた……)


 なんてことをエルダンが考える中、広場のあちこちで……村のあちこちで披露されている芸が、どんどんと盛り上がりを見せていく。


 芸を披露している様々な獣人亜人達が、それぞれの特色……生まれながらに備わった能力を存分に発揮することで芸を一段上のものへと昇華させ始めたのだ。


 怪力でもって仲間を持ち上げ放り投げ、長い足で大きく飛び跳ね、そんなことをして骨が折れないのかというくらいにぐにゃりと体を折り曲げ、両手両足尻尾を使って楽器を演奏し、中には長い鼻を器用に使っている者もいる。


 あざやかな羽根を持つ鳥人の歌声はこの世のものとは思えない程に美しく、一切の歪みなく周囲に響き渡り……自らの硬い表皮を楽器代わりに叩いて、楽器以上の音色を出している者もいる。


 圧倒的で刺激的で、そこまでの芸を披露されてしまうとエルダンもカマロッツも、そしてエルダンの護衛達もそれらの芸に惹きつけられてしまい、夢中になっていく。


 王都で様々な演劇や芸を見てきた、立派な劇場で立派な大道具を使い、これ以上なくきらびやかな衣装を身に纏った役者の演技を見てきた。


 そうやって目が肥えたエルダン達にとっても、それらの芸は魅力的で……何よりも獣人、亜人としての特性を活かしに活かした芸というのが彼らの心を強く打った。


 人間族の国である王国ではまず目にすることのないそれらの芸は、エルダン達にとっても夢物語のようで……そうやって我を失い、思わず夢見心地になっていたエルダンの下に、ディアスが……先程の大柄なカエルの亜人を連れてやってくる。


「あー……エルダン、以前から紹介しようしようと思って機会を窺っていたんだが、偶然良い機会が出来上がったからな、紹介しようと思う。

 この人はペイジン・オクタド……西にある隣国の獣人国の商人なんだ。

 ネハの故郷でもある獣人国の商人の繋がりは、きっとエルダンにとって良い縁になるのではないかと思うんだ」


 そう言ってディアスがその亜人を紹介すると、亜人は深々と頭を下げてから、その大きな目をギョロリとさせてエルダンのことを見つめてくる。


 その目はどこかうるんでいて嬉しそうでもあり……エルダンとしても色々と思う所のある国の民との出会いを素直に喜んだエルダンは、そんな亜人に向けて礼をし、自らが何者であるかの自己紹介をし始めるのだった。





――――あとがき



お読み頂きありがとうございました。


次回はディアス視点に戻ってのこの続きとなります。



応援や☆をいただけると芸が一段と賑やかになるとの噂です。

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