第381話 隣領公爵の外泊日誌
――――まえがき
・登場用語解説
・
南の荒野で採取出来る燃える水の副産物、塗料になり防水防腐に優れる。
――――
――――イルク村の宿で エルダン
ちょっとした決意をして……翌日。
酒場に併設された仮設宿の一室で目覚めたエルダンは、妻達に手伝ってもらいながら身支度を整えていく。
この宿はイルク村には珍しい木造酒場の隣に建てられた木造の建物で……エルダン達がイルク村にやってきてから急遽建てられた建物だった。
元々作る予定があったとかで、そのための建材などは用意してあったそうだが、それにしても驚く程の速さで、丁寧かつ堅実に建てられており……よく見かけるような質素な造りながら木材の色や模様までを活かした部屋は、高級感のある中々の雰囲気となっている。
まだまだ未完成ということで部屋数は少ないが、数日暮らしてみて不満は全くなく、メーア布製のタオルや寝具のおかげもあって快適な日々を過ごせていた。
身支度を終えて宿を出ると、すぐにありつけるのは草原特産らしい薬草をたくさん使った料理の数々で……豪華とは言えないかもしれないが非常に手が込んでおり、朝食としてそれらの料理を美味しく楽しむことが出来る。
驚くことがあるとすれば、それをディアスから子供達まで村の全員が食べていることで……ここにいると貴族とは何なのだろうか? と、そんな疑問が浮かんできてしまう。
かなりの数になる村人全員に同じだけの食材を用意しているというのも驚きで……まず他ではお目にかかることのないその光景は、これもある種の贅沢なのだろうかと、そんなことを思わせるものだった。
(……しかし毎日毎食これだけの食材を使っていたら、かなりの金額になるはず……。
他に贅沢をせず無駄遣いをせず……食と健康にだけは驚く程の大金を使って、それを極々当たり前のこととしている……。
ディアス殿は子供の頃から食事には気を使っていたとのことだけども……エリーさんとゴルディアさんのあの体躯……。
効果の程は明らかで、それを思えば安いものなのかもしれないであるの)
なんてことを考えながら食事を済ませたなら、身綺麗にしてからディアスとの鍛錬をし……それが終わったなら休憩を兼ねての自由な時間。
その時間を広場に用意されたティーテーブル……カマロッツが用意したその席について過ごすことにしたエルダンは、そこからディアスとアルナーの様子を観察し……二人にとってどうするのがベストなのかを考え込む。
もう1年半もああしているのだ、少しせっついた所でどうこうなるとは思えず……定番の手である酒はディアスが好んでおらず、アルナー側をどうこうするのも得策ではなさそうで……なるほど、その結果の今があるのかと妙に納得してしまうエルダン。
それでもどうにかしたいのなら2人の時間を作ってやるしかないが、貴族で運営に欠かせぬ人物で人気も人望もある2人がどうして2人きりになれるのか……この村ではそういった空間も無いに等しく、エルダンは思わず頭を抱えてしまう。
するとそんなエルダンの前をたまたま一組の夫婦が……犬人族の小型種、センジー氏族の男女が通りかかる。
その男女はどうやら夫婦のようで……エルダンは仲睦まじくどこかへ出かける様子を静かに見守る。
すると男女は村から出ていって、草原の草の中へと消えていって……なるほど、いっそ村の外に出ていってしまえば2人きりになれるのかと得心する。
草原で2人きり……ディアスとアルナーにそんな時間があるのだろうか? と、そんな疑問を抱いたエルダンは、またも目の前を通りかかった若者、シェップ氏族の若者に声をかける。
「ディアス殿とアルナーさんは2人きりで草原に出かけることはあったりするものであるの?」
それはなんとも直接的な質問で、普通余所者にこんな質問をされたならされた側は訝しがるものだが……そこは犬人族の小型種、深く考えることなくさっと答えを返してくる。
「はい、たまに出かけてますよ。
馬に乗ってどっちが早いか競争したり、どっちが多く獣を狩れるか狩り勝負したり……いっつも楽しそうですよ! どっちが勝った負けたって笑いながら帰ってきます」
「な、なるほどであるの、ありがとうであるの」
まさかの答えに苦笑したエルダンは……色気が全く感じられないが草原ならばそういうこともあるのかと、どうにか自分を納得させて……そんな2人のお出かけをどうにか色気ある雰囲気にできないものかと頭を悩ませる。
そんなエルダンを見て若者は首を傾げて……傾げながら用事はもう無いようだと去っていって、更に頭を悩ませたエルダンは……ここはアルナーにも話を聞いてみるかとゆっくりと立ち上がる。
ディアスの考え方については大体分かったが、それをアルナーがどう思っているのか、その辺りをしっかり聞こうと歩きだし……折良く洗濯を終えたアルナーが広場へとやってきてくれて、早速声をかけようとする。
するとそんなエルダンとアルナーの間に割り込むように洞人族と呼ばれている種族の男が4人……黒く塗られた風変わりな形の船を担いで広場へとやってくる。
「おう! ディアスはどこだ! 試作品ができたぞ!」
「ゴブリン族もどこ行きやがった! 連中に使ってもらわんことには改善点が見えてこねぇぞ!」
「ヒューバートもどこ行った! あいつの言う通り瀝青を塗っておいたぞ!」
「確かにこいつは防水になるし、保ちがよくなるが臭ぇのが欠点だな!」
そしてそれぞれにそんな大声を張り上げて……そんな騒ぎを聞きつけてか、船見たさか人が集まってきて……出鼻をくじかれた形となったエルダンが、そんな騒ぎから抜け出し、アルナーの下へと近付こうとしていると……今度は西に伸びる街道の方からジャカジャカと石畳を激しく蹴る犬人族達の足音が聞こえてくる。
それは獣人であるエルダンの耳でなければ聞き取れないような小さな音だったが、物凄い勢いでこちらへと近付いており……街道を進み村へ入り広場へとやってきたその足音の主である犬人族達が、何故だかまたもエルダンとアルナーの間に割り込んでから、大きな声を張り上げる。
「ディアス様ー! お客様ですよー!」
「じとじとねっとりでおっきい人きましたよー!」
「今日はなんだか大勢で来ましたよー! 凄く賑やかですよー!」
狙っているかのようなタイミングでやってきて大きな声を張り上げて、騒ぎを起こして……そんなことが二度続いたエルダンが、苦々しい表情となっていると、当のアルナーが笑顔を浮かべて楽しそうな声を張り上げ始める。
「おお、ペイジン達が来たか! 婦人会の皆を呼んで皆で買い物だな!
なんだか知らないが大人数で来てくれたようだし……エルダン達もいるんだ、今日は客人を歓迎するための宴会だな! 忙しくなるぞ!」
そう言ってアルナーは買い物と宴会の準備のためか駆け出して……それを見送るしかなかったエルダンはがくりと肩を落とす。
そんなエルダンを見てずっと後ろで控えていたカマロッツがなんと声をかけたものかと思案していると……いつの間にかエルダンの側へとやってきていた老婆が声をかけてくる。
「……気持ちは分かるよ、あたしも何度も何度も同じ目に遭ってきたからね……。
なんだってあの2人はこうも、もどかしいんだろうねぇ」
その老婆はエルダンもよく見かけていた……初期の頃からイルク村にいる老婆で、今のエルダンと同じ苦労を何度も何度も、1年半もの間味わってきたらしい老婆は、エルダンのそれによく似た苦々しい表情を向けてきて……それを受けて一瞬怯んだエルダンだったが、それでもエルダンは気を取り直し、どうにかあの2人の関係を進めてやるぞと、半ば意固地になっての決意を新たにするのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました
次回はこの続き、エルダンの奮闘になります
そしてお知らせです
コミック―アース・スターさんにてコミカライズ最新47話
ニコニコ静画、pixivコミックさんで46話が公開になりました!
ヒューバート活躍回となってますのでぜひぜひチェックしてみてくださいな!
応援や☆をいただけると、エルダンの頑張りがUPするとの噂です。
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