第370話 案内と久々の


 翌日。


 改めてと言うか、なんと言うか……一度しっかり話し合った方が良いかなと父メーアの下を訪れると、昨日のうちに母メーアに説教されたのか、思っていたより落ち着いた様子を見せていた。


 イルク村で冬を越えることに納得し、そのために毛での支払いをすることにも納得していて……意外と話の分かるメーアであるらしい。


 モンスターの群生地に突っ込んだり、イルク村で暮らすことに反発していたりしたのは、なんと言ったら良いのか……初めての結婚と初めての子供という、今までに経験したことのない状況が、父メーアの心を動揺させ、暴走させてしまっていたから……らしい。


 普通のメーアは臆病で、まずそんなことはしないそうなのだが……時たまこういうメーアが現れたりもするらしく、父メーアがそうなのだろうな。


 そういったメーアは無謀なことを繰り返して群れに迷惑をかけてしまうこともあれば、上手い具合に自分の心をコントロールし、英雄と呼ばれるような立派な長になることもあるそうだ。


 イルク村のメーア達を見ていると、六つ子のフランにも少しそういった所があるようで……フランが暴走したりしないよう気を使ってやる必要があるかもしれないなぁ。


「メァーンメァメァ?」


 なんてことを考えていると、イルク村を案内するために一緒に歩いていた父メーアからそんな声が上がり……通訳のために同行し、私の頭の上で全ての足を投げ出してペタンと腹ばいになっている六つ子のフランツが声を上げる。


「メァ~ン、メァ、メァ~メァメァ」


 のんびり屋らしいフランツらしい間延びした声での通訳は、まだまだメーアの言葉に慣れきっていない私には聞き取りやすいもので『目の前のあれはなんだ?』と父メーアがそう問いかけてきていたことを理解する。


「ああ、あれは洗濯場だな……まだまだ未完成なんだが、とりあえず屋根と洗い場、それと竈が完成しているな。

 普段着ている服や寝具、これから売りにいくメーア布なんかをあそこで洗っているんだよ。

 主に洞人族の女性達が作ってくれた施設なんだが……今はこう、取っ手を持ってぐるぐる回すことで、簡単に洗濯出来る樽を作ろうとしているらしい。

 そんなもので本当に洗濯が出来るのかは分からないが……古い洞人族の言い伝えの中にそんな道具の話があるとかでな、それを再現しようとしているらしい」


 竈場のように大きく床を敷き、そこに柱を立てて屋根を設置し、川で洗い物をするための場所、川から水を汲むための場所、川が濁った時のための井戸、煮洗い用の竈があり……更には洗濯物を干すための場所も用意されている。


 屋根あり屋根なし、犬人族でも簡単に干したり取り込めたり出来るよう、物干しを掴むための棒や移動式の階段なんてものもあり……洗濯物に体毛がつかないようにと全身エプロンといった様子の服を着て、懸命に働いている犬人族達の姿もある。


 そして洞人族の作業場、新しい道具の実験場のような場所もあり……そこではいくつもの樽が転がっており……何か失敗でもあったのか壊れた樽なんかも転がっている。


 いくつもの物干し台の並ぶ一帯には、爽やかな風で揺れるメーア布が何枚も干されていて……夫婦メーアはフランツが訳してくれている説明を聞きながら驚きの表情で、そんな光景を見やっている。


「メァメァメァーメァメァ!」


「メァン、メァーメァ」


「メァ~メァメァ~、メァーメァ」


 そして父母の順にメーアが声を上げ、フランツが訳してくれて……どうやら夫婦は自分達の毛から作られた布がこんなにもたくさんあって重宝されていて、それを洗うためだけの場があることに驚いているらしかった。


「メァメァーメァメァ!」


「メァン! メァメァ!!」


 そして父メーアは何か声を上げ、母メーアがそれを嗜めるような声を上げて角を構えての頭突きを父メーアの横腹に突き当てる。


「……自分達の毛はこんなに凄いのか、ならもっと優遇してくれと驕り、それを母メーアが叱ったってところか?」


 その様子を見ながら私がそう言うと、頭の上のフランツが「メァ~」とあくび混じりの返事で肯定してくる。


 メーア布が高く売れることは既に話しているし、一人でも多くのメーアが村に居てくれると助かるなんて話もしているのだが、それにしても短絡的と言うかなんと言うか……少しだけ呆れてしまう。


「メァ~~~メァメァメァ」


 そんな私に母メーアが、困ったような顔で声をかけてきて……「こんな人ですけど良いところもあるんですよ」とかそんなことを言っているようだ。


 ……まぁうん、そう言ってくれる奥さんがいることは、父メーアにとっての何よりの幸運なのかもしれないな。


 なんてことを考えていると聞き慣れた羽音が聞こえてくる。


 サーヒィ達のものよりも軽く、柔らかく楽器のように響くその音は、すっかり聞き慣れたゲラントのもので……野生の習性なのか、夫婦メーアが低くしゃがんで近場の草の中に隠れる中、私が腕を上げるとそこにゲラントが降り立つ。


「お久しぶりでございます! メーアバダル公!

 クルッホホホ、イルク村もすっかりと立派になったようで、すっかり見違えましたな!」


「ああ、久しぶりだな、ゲラントは……少し太ったか? 元気そうで何よりだ」


 ゲラントが挨拶をし、私がそう返すとゲラントは声を上げて笑い……そんな私達の様子を見てか、夫婦メーアは警戒を解いてゲラントのことを興味深げに眺める。


 ゲラントはそんな視線に気付いたようだが、イルク村にメーアがいるのは当たり前のことと考えているのか特に気にした様子もなく、何の用事で来たかを話し始める。


「この度我輩はエルダン様の先触れを仰せつかりまして……メーアバダル公が神殿を建立したと聞き、そのお祝いに立ち寄らせていただきたいとのことです。

 関所への到着は明日、奥様方とカマロッツ様、他護衛などで合計25名となり……心ばかりのお祝いの品も用意させていただきました。

 問題ないようでしたら受け入れていただきたいのですが……」


「それはもちろん構わないし、久しぶりにエルダンに会えるのも嬉しいが……その、なんだ、祝いの品なんてそんな大層なもの必要ないんだぞ?

 神殿も……正直そこまで立派なものではないしなぁ……そこまでされると逆に申し訳なくなると言うかなぁ……」


 そんな私の言葉にゲラントは「クルッホホホ」と笑ってから言葉を返してくる。


「エルダン様としましては第一に神殿のお祝い、第二におめでたいことがあってのそのご報告、そして第三に以前の反乱騒ぎのお礼を改めてしたいだけのようですのでお気になさらず。

 メーアバダル公のおかげで領内はすっかりと落ち着き、むしろ以前よりも景気がよく治安がよく、良い暮らしが出来るようになったとそんな声まで聞こえてくる状況でして、その辺りのこともご報告したいのでしょうなぁ。

 あの騒動があの程度で済んだのは間違いなくメーアバダル公のおかげですからな……エルダン様だけでなく我輩含めた臣下一同も本当に感謝しているのですよ」


 そう言ってまた笑ったゲラントは、私の許可が得られたことをエルダンに報告するためにといつものようにポポポポッと音を立てながら飛び立っていく。


 それを見送ろうと顔を上げていると、私の頭の上でいつのまにか昼寝をしていたらしいフランツの位置が少しだけズレてしまい……そのせいで驚いてしまったフランツが「メァッ!?」と声を上げてから四本の足で私の頭をがっしりと抱え込み……そして抗議のつもりなのかその蹄でもってコツコツと、頭のあちこちを痛くない程度の強さで叩いてくるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回は久々のエルダン来訪です



応援や☆をいただけるとフランツの毛並みが良くなるとの噂です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る