第371話 再々来訪者エルダン





――――森の中の関所の前で エルダン


 

 森の中に敷かれた街道を進み、中程まで来て現れたのは立派な木造の……立派過ぎる程の規模の関所だった。


 ただ広い壁があるだけでなく、物見櫓が複数あり大きな門を構え、その壁の上には歩廊までがあり……エルダン自慢の耳や鼻で感知してみると、ぱっと見では分からない仕掛けのようなものもかなりの数、作られているようだ。


 壁の中や歩廊、地下通路でもあるのか地面の下でまで犬人族が駆け回り、物見櫓の上には姿の見えない監視者が複数いて……門の向こうからも複数の気配が漂ってくる。


(スーリオ達から聞いてはいたものの……ここまでの防備とは、もはや関所ではなく砦……砦にしても規模が大きすぎて一体何と戦うつもりなのやら。

 大軍を展開しにくい森の中でこれは……僕達の軍でも突破は難しそうであるの)


 過剰な装飾に彩られた箱馬車の窓から顔を出したエルダンがそんなことを考えていると、ゆっくりと門が開かれ……門の中に入ってみると、井戸に畑に作業場にいくつもの就寝用の家に、長期戦の際に物資面で支えてくれるだろう施設の数々が視界に入り込み……いよいよ関所ではなく砦に見えてきてしまう。


 こうなるとスーリオ達の報告は過小評価だったのではないかと思ってしまう程で、エルダンが驚きの表情を隠せないでいると、正装ということなのか、アースドラゴンの素材で作られた鎧を身にまとった関所の主、クラウスが姿を見せる。


「マーハティ公、本日はメーアバダル領にようこそおいでくださいました。

 我らが主、ディアス様はイルク村にて公の到着をまだかまだかと待ちわびておりまして……そこまでの案内をこのクラウスが申しつかりました―――」


 と、見事な一礼をして見せながらそう言ったクラウスは、更に丁寧な言葉を続けてくる。


 この関所でひとまずの歓待をすること、その間に馬を休ませ餌やり水やりをしてくれること、他何かあれば遠慮なく言って欲しいということを伝えてきて……挨拶を返したエルダンがそれを受け入れると、後方で控えていたクラウスの妻であるカニスと小型種の犬人族達が馬の世話のために動き始める。


 エルダン達には休憩のための絨毯を広く敷いての席が用意され、淹れたての茶と簡単な食事が出され……それを口にしながらエルダンはあれこれと思考を巡らせる。


(騎士であれば正装は鎧……騎士を目指しているという意思表示と見たであるの。

 そして礼儀作法の先生を雇ったということだけど、この関所にまでその良い影響が出ているようで……。

 完璧とは言えないけども以前とは大違い……鍛えているだけあってクラウス殿の一礼は堂に入っていたであるの、これは……ディアス殿と会うのが今から楽しみであるの。

 そして……小型種の犬人族達まで所作にまで変化が見られるであるの。

 つくづく小型種達を活かしきれなかったことが悔やまれる……)


 なんてことを考えながらクラウスと言葉を交わしていると、部下達にも茶がふるまわれ、馬達への世話が丁寧に行われていって……時間が過ぎ馬達に十分な休憩を取らせた上での出発となる。


 馬に跨ったクラウスが先頭、その後に犬人族達が続き、見えない気配も数人その後に続いているらしい。


 カニスは関所に残ってのクラウスの代理を務めるようで……見えない気配と何人かの犬人族も関所に残るようだ。


 クラウスが不在でもあれだけの防備があれば問題ないのだろう……誰も何の不安も抱いていないようだ。


(ある意味、長年戦地に身を置いたディアス殿クラウス殿らしい関所と言えるであるの、防備が最優先で少し無骨、関所らしからぬ関所……)


 クラウス達のあとに続く馬車の中でそんなことを考えたエルダンは、同乗している二人の妻達と言葉を交わしながら時間を過ごす。


 今回連れてきた妻は全部で6人、同乗していない妻達は続く馬車の中で体を休めていて……皆体調に問題はなく、ここまでの馬車旅も苦にしていないようだ。


 十分に体を休めて丁寧に世話をされたこともあってか馬達の足取りは軽く、出来たばかりの綺麗な街道のおかげもあって馬車の揺れは少なく、以前の大きな馬車での旅路とは全くの別物だ。

 

 これだけ快適なら度々こちらに足を運んでも良いかもしれないと思えてしまう程で……妻達からも自然な笑みがこぼれる。


 ふいに窓へと視線をやれば、見える景色は波のように揺れる草、その光景をよく見ようと窓を開けると爽やかな風が吹き込んできて……マーハティ領では嗅いだことのない匂いが馬車の中に充満する。


 以前にも嗅いだ草の香りと初めて嗅ぐ草の香りと……それと何故だか香辛料の香りまでが漂ってきて、それでエルダンはようやくイルク村が近付いてきていることに気が付く。


 そして聞こえてくる賑やかな声に音、機織りや鍛冶の音も聞こえてきて……イルク村が以前とは全くの別物になっているということが、これでもかと伝わってくる。


「たったの一年でよくもここまで……」


 まだイルク村の光景は見えてこないが、その鼻を耳で十分に感じ取ったエルダンがそうこぼすと、妻達は満面の笑みを浮かべて、


「さすがエルダン様がお認めになったご友人です」

「エルダン様だって負けていませんよ!」


 と、そんな言葉をかけてくるのだった。


 

――――一方その頃、イルク村では ディアス


 

 これからエルダンがやってくる。


 関所から駆けてきた犬人族からそんな報告を受けて、慌ただしかったイルク村が更に慌ただしくなっていく。


 歓迎の指揮をとるのはダレル夫人、神殿の建立祝いにやってくるということもあってベン伯父さんやフェンディア、パトリック達もはりきって準備をしていて……もちろんアルナーやセナイ達もしっかり準備をして、エルダン達の到着を今か今かと待っている。


 アルナーとセナイとアイハンも、以前ネハからもらった隣領風の服を身にまとっていて……黄色や青、赤といった派手な服の、ロングスカートに近い服を揺らしながら村中を駆け回っている。


 頭から背中、足元まで流れるようなショールのような薄布は、髪留めのように固定しているのか、アルナー達が駆け回ってもズレたりすることはなく……私は広場の隅でフラン達や父母メーアのブラッシングをしながら、そんな光景をただ見守る。


 私が出来るような力仕事は終わり、あとはそこら辺でゆっくりしていろと言われてしまい……以前隣領で身につけた正装を汚さないようにだけ気をつけて、ただただブラシを動かしていく。


「メァ~~メァンメァ」


 すると父メーアがそんな声を上げる。


「メァメァッメァー」


 そしてフランが通訳。


 こんなに大きな群れの長なのに、やることがあんまりないんだなと、そんなこと言われたようで……私は何も言い返せずブラシを動かす。


 いつも通りに働いているマヤ婆さん達やナルバント達の手伝いをしても良かったのかもしれないが、そちらの仕事はどうしても服が汚れてしまうしなぁ……ブラッシングもあまり良くはないのかもしれないが、普段から綺麗にしているメーア達のブラッシングなら気をつけいてれば問題はないだろう。


 なんてことを考えていると、何人かの犬人族……シェップ氏族達が村の中に駆け込んできて、大きな声を上げる。


「お客様きましたよー!」

「もうすぐ到着ですよー!」

「馬車がいっぱいですよー!」


 そう言いながら村の中を駆け回り、皆への報告をしてくれた犬人族達は、駆け回るのが楽しくなってしまったのか、そのまま駆け回り続けて……村の中をぐるぐると駆け回り、広場へとやってきてぐるぐると駆け回り……そして私の足元へと駆け込んできて、私の手の中にあるブラシを見つけて、頑張ったから褒めてくれと、ブラッシングをしてくれと言わんばかりにちょこんと座って、体を左右に振ってのアピールをしてくるのだった。





――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、エルダンの挨拶やら祝いの品やらになります。


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