第十三章 祝福の秋

第359話 それぞれの居場所



――――西側関所 モント



 アクアドラゴン討伐から十日程が経ち、段々と気温が下がり始めたある日の昼下がり。


 獣人国に接する西側関所の防壁の上部に作られた歩廊に、カツコツとモントの義足の音が響く。


 すると見張りの領兵達の全身に緊張が走り……それを見たモントはよしよしと頷き、足を進めていく。


 基本的にこの関所に、見知らぬ誰かが来ることはない。

 ペイジン商会が商売にやってくるか、アースドラゴン騒動の際に助けた近隣住民が挨拶や礼にやってくるかのどちらかで……見張りをする必要性は少ないようにも思える。


 だが相手は隣国、いつ何が起きるか何をしてくるかは全くの不透明で……同じく目的が不透明なモンスターの襲撃と合わせてしっかりと警戒をしておく必要がある。


 獣人国側の歩廊を歩き終えたなら、今度は王国側……草原側の歩廊へと向かい、そちらの見張りにもわざと義足を鳴らした上で鋭い視線を送り、気の緩みを正す。


 そうやって歩いていくと草原側の一帯に作った畑が見えてきて……そちらへと視線をやったモントは大声を張り上げる。


「セナイ様とアイハン様にまじないをかけてもらった畑だ! 手を抜くんじゃねぇぞ!!」


 すると世話をしていた領兵達が『はい!』と異口同音に声を張り上げ、キビキビと動き作業を進めていく。


 そんな風に領兵達が世話をする畑は、ここだけではなくイルク村の側にも存在している。


 平時に領兵達が怠けることのないようにとモントの命令で作ったものだが……それだけでなく、領内の食糧事情をなんとかしようという思惑もあってのものだ。


 今のイルク村の食料は、そのほとんどを領外からの輸入に頼っている。


 黒ギーの狩猟肉や白ギーの乳製品、畑でとれた野菜や森でとれた木の実など、領内で生産しているものもあるにはあるが、その量はテーブルに上がる食材の半分にも満たない。


(増えてきた家畜を肉にすりゃぁ、それなりの量になるが……もっと増やしたいのと温存したのとで、結局は外から手に入れるしかねぇよなぁ。

 ゴブリン共の魚はまだまだ先の話になるだろうし……領外で何かがあって、食料が入ってこなくなった、なんて時のために備えておかねぇとな)


 なんてことを考えながらモントは足を進めていって……もう少し畑を増やせないものかと周囲を見回す。


 これから秋になり冬になり、今から畑を作ったとして収穫は期待出来ないが、来年のことを思えば少しでも増やしておきたい気持ちがある。


(……セナイ様達によると秋になれば森で様々なもんが豊作となるそうだが、子供に頼り切りって訳にもいかねぇからなぁ)


 更にそんなことを考えたモントは、更に周囲を見回し、あの辺りはどうかと当たりをつける。


 関所から北東に少し進んだ所には、北の鉱山から流れる水を溜め込んだ溜め池がある。


 その溜め池の底には洞人族の髭で作ったお守りが複数個沈められていて、鉱毒が流れ込んだりしても問題ないようにしてある。


 それどころかお守りのおかげで水が淀むこともなく毒虫が湧くこともなく、溜め池の水の質はどこよりも清らかで……その水があれば畑はまだまだ増やすことが出来るだろう。


(水は十分、畑さえ増やせれば人だって増やすことが出来る……。

 モンスター共を狩りまくって、黒ギーの大発生とやらをこれからも維持できれば肉だって山ほど手に入るんだし……いざという時のためにも兵士をあと100か200か増やしておきてぇんだよなぁ)


 そんなことを考えながら近くの領兵に声をかけたモントは、見回りが終わり次第にあの辺りを耕してこいと、傍からは雑にも見えるざっくりとした指示を出すのだった。



――――東側関所 クラウス



 いつか大勢の客人が来ても良いように。


 そう考えて整備を進めていた東側関所は、ここに来てその役目を果たしていた。


 何体ものアースドラゴンを倒したらしい、何体ものアクアドラゴンを倒したらしい……それらの素材が山積みとなってメーアバダル領の市場を賑わせているらしい。


 まだディアスがエルダンに使者を送ってもいないのに、そんな噂を信じて多くの商人がやってきていて、クラウス達は朝からその対応に追われていた。


「ドラゴン素材をそこらの市場に置いておく訳がないじゃないですか! 普通に売り買い出来る代物じゃぁないですよ!

 ディアス様に挨拶したい? 書面でお願いします、仮にも公爵様です、簡単に会える訳がないでしょう。

 マーハティ公の御用商人で許可も貰っている? この関所に嘘は通じませんし、かなりヤバい嘘をついている自覚はありますか? 公爵様の使いを詐称だなんて重犯罪ですよ。

 ……ああ、貴方はどうぞ、門の先まで進んでください」


 関所の門の前に立ち、次々に群がる商人に毅然とした態度で対応していくクラウスは、顔馴染みの商人を見つけて、その商人にだけ入門の許可を出す。


 直後関所の門が開かれ、その商人は門の向こうへと馬車を進めて……それに便乗して一台の馬車が門に近付こうとするが、瞬間クラウスが槍を差し出して制止し、門の向こうからやってきたマスティ氏族達がグルルルと唸り声を上げる。


「いや、普通に駄目に決まっているでしょ。

 マーハティ領ではそういう態度が商売意欲旺盛だと褒められる? ここはメーアバダル領ですよ」


 クラウスがそんな問答をしているうちに門が閉じられ……全ての商人への対応を終えてクラウスが門の側に作られた扉から関所の中へと戻ると、先程通した商人の一行が関所内の面々……カニスやマスティ氏族、領兵達相手に商売をしている様子が視界に入り込む。


 その商人はかつて、隣領での反乱騒動があった際にこの関所へと避難してきた商人だった。


 そこでディアスと出会い、ディアスに商品全てを買い取ってもらうことでどうにか食いつなぐことに成功し……そのことに感謝してか、定期的にこの関所に訪れては良心的な商いをしていた。


 馬車を進めるのは関所の中まで、商いをしたら一泊し、宿泊代と食事代を払って余計なことをせずに静かに立ち去る。


 またディアスに会いたい気持ちはあるようだし、一度メーアバダル領を見て回りたいという気持ちもあるようだが……迷惑をかけるのは本意ではないようで、こうして商売をさせてもらえるだけでありがたいと自重しているようだ。


 宿泊代も食事代も、馬の世話代も良心的で『通行』はしていないからと通行税を支払う必要もなく……異例とも言える好条件もあってのことなのかもしれない。


「メーアバダル公はお変わりありませんか? またドラゴンが出たとの噂を耳にしましたが……」


 ある程度商売が落ち着いてきたところで、商人がそう声をかけてきて、それを受けてクラウスはにこやかな笑みを浮かべながら言葉を返す。


「えぇ、変わらずお元気ですよ。

 少し前に騒ぎもあったようですが……鎧が濡れた程度で済んだようです。

 当人は鎧を磨き上げるのが大変だったと、愚痴っていましたけどね」


 クラウスのそんな言葉を受けて商人は、十分な情報をもらえたと納得したのか、それともこれ以上詮索するのはまずいと思ったのか、にこやかな笑みを浮かべた上で話題を変えて……当たり障りのない雑談を口にし始める。


 その中で商人もまたクラウスが漏らした程度の情報を口にし、そうすることで情報を交換し……互いに今何かしておくことはないか、今後何かする必要はあるかの確認を頭の中で行っていく。


 そうした確認と商いが済んだのなら一行を用意したユルトへと案内し、それから自分の家……ユルトではなく、森の木材で建てた関所の主に相応しい立派な家へと足を進め、そこで待つカニスに声をかけ、どんな品を購入したのかの確認を……2人で仲睦まじく満面の笑みでもって行っていくのだった。



――――???? ??



「だから、あのデカいのは一体何なんだって聞いてんだよ!」


 暗闇の中、男がそう声を荒らげるが相手ははっきりとした答えを返してこない。


「あ、何だって? なんだその―――ってのは……繋がり、みたいなもんか?

 支配下……じゃねぇのか、仲間? 部隊? そんなのから抜け出た存在ってことか?」


 それは男が望むような、明解な答えではなかったものの、なんとか理解することが出来て男は、小さなため息を吐き出し、その答えを受け入れる。


「敵対の可能性はないんだな? そこだけは確実なんだな? お前そこを間違えたらタダじゃ済まさねぇからな」


 そう言ってから男は椅子に深く腰掛け……目の前にあるものをじぃっと見やり、口をつぐむのだった。



――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


次回は2年目の秋を迎えつつあるイルク村のディアスさんです



そしてお知らせです

4月14日発売 小説版『領民0人スタートの辺境領主様』第9巻 表紙が公開になりました!!


近況ノートやアース・スターノベルさんHPにて公開しております

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応援や☆をいただけると、クラウスの槍の鋭さが増すとの噂です

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