第360話 秋を前に
ザリガニとの戦いを終えて、盛大過ぎる程盛大な、客人を交えての宴を終えて……少しずつ風が寒くなった頃、ペイジンとスーリオ達がそれぞれの居場所へと帰ることになった。
ペイジン達は今回の出来事の報告や戦利品を持ち帰るために帰るそうで、ザリガニの素材の一部やメーア布、それからセナイとアイハンがドシラドに贈ったハチミツを両手いっぱいに抱えてのなんとも良い笑顔での別れとなった。
一方スーリオ達はあくまで報告のための帰還なんだそうで、また帰ってくるかもとそう言いながら、ペイジン達と同じ土産を手に帰っていった。
ついでに王様に送る魔石や手紙も持っていってくれて……いつこちらに戻ってくるかはエルダンとネハ次第だそうだ。
ただまぁ、これからの季節は秋……厳しい冬を乗り越えるためにあれこれと働かなければいけない季節で、そんな忙しい中こちらに来るのは難しいだろうから、来年の春とかになるのだろうなぁ。
そう、夏はそろそろ終わり、これからは秋となり……冬を迎えるためにイルク村は忙しくて騒がしくて、それでいて心の弾む日々を送ることになる。
「去年とは比べ物にならない貯蓄が必要だろうが、そのための働き手も、働くための元気も十分で……渡り鳥が来て本格的な冬備えが始まったら、それはもう凄いことになるんだろうなぁ」
イルク村の西端で周囲を見回しながらそんな独り言を口にしていると、ズドドドドドと凄まじい足音が聞こえてくる。
「今日も元気だなぁ」
と、私がそう呟いていると足音の主達が……凄まじい勢いで駆けるメーア達の姿が視界に入り込む。
先頭はフランシス、それにフランソワと六つ子達が続き、次にエゼルバルド一家、そして新参のメーア達、メァタック、メァレイア―――リュアグイン、リュアキリなど18人が続く。
イルク村のメーア達が一体なんだってまた総出で駆けているかと言えば、そうやって駆け回ることで、例の白い草を見つけては食べてを繰り返していた。
これから冬がやってくる、去年生まれたばかりの犬人族達やモントとジョー達など、新しく領民となった者達全員分の冬服が必要で、そのためのメーア毛も大量に必要で……また多くのメーア毛を売ることが出来れば、食料を買うことで備蓄も増やせるとなって、いつになくはりきっているというか頑張ってくれているらしい。
護衛の犬人族達を連れながら駆けて駆けて駆け回って、視界に入り込んだ先から白い草を食べていく。
食べれば食べる程、毛を生やせるメーア達がそうやって本気を出すと、一日で山のようなメーア毛が手に入るのでその成果は絶大だ。
そんな集団の中にはエゼルバルドの妻達を始めとした妊娠しているメーアも何人かいて、妊娠した状態でそんなことをするのもどうなのかと思うが……白い草を大量に食べているおかげか、今のところ体調などには問題なく、むしろ運動しているのが良いのか、体調が日に日に良くなっているんだそうで……メーアに詳しいアルナーが許可を出してもいるし、問題は無いのだろう。
「メァーメァメァメーァー!」
駆け抜けながらそんな声を上げるフランシス、どうやら南のどこそこにあるはずの白い草を食べに行こうと、そんな声を張り上げたようだ。
すると他のメーア達がメァメァメァとそれに続いて……激しい足音と賑やかな声の集団が南の方へと駆け去っていく。
その様子を微笑ましさ半分、頼もしいと思う気持ち半分で見送っていると、今度はドスドスとどっしりとした足音が北の方から聞こえてきて、そちらを見やるとナルバントが数人の洞人族を連れながらこちらへとやってくる。
「おうぅい、ディアス坊! 冬前にどうにか氷溜め池を拵えたから、確認に来てくれんかのう!」
その言葉に一体何の話だ? 首を傾げた私があれこれ問いかけようとするとナルバントは、どうせなら現物の確認をしながら質問をしろと言わんばかりに、首をクイッとあおり、北の方を示す。
それを受けて私は素直にナルバントが示す方へと足を進めて……イルク村からそれなりに離れた北の、小川沿いの一帯に不思議な壁が建っているのが視界に入り込む。
「石壁……? の前にあるあれが溜め池なのか?」
大きく横に長い石壁の前には、隙間なく石が敷き詰められての石床が作られていて、その石床の一部がへこんでいるというか、周囲がわずかに盛り上がっているというか……とにかく石造りの広い空間がそこにあった。
「あの壁は太陽の日差しを遮るためのもんじゃ、そしてその前にあるへこみが氷溜め池じゃのう。
あそこに小川や井戸の水、あるいは地下水を流し込んで冬の寒気に晒せば氷の出来上がり……あとは壁の向こうに作った地下貯蔵庫に運んで、また水を流し込んで……これを冬の間中ずぅっと繰り返せば山のような氷が手に入るからのう、来年の夏は使い放題、売り放題という訳じゃのう」
そこに到着するなりナルバントがそう説明をしてきて……私はその壁や床を見やりながら言葉を返す。
「……なるほど、氷を作るための溜め池で氷溜め池か。
しかし売ると言っても、エリー達の話によると隣領や他の地域でも氷作りが盛んになっているとかで来年はあまり売れないだろう、ということだったが……」
「むっはっは! 坊はまだまだ甘いのう!
他の地域にはなくて、ここにあるもの……それはオラ共のこの髭じゃ! この髭は毒やらを浄化することが出来る、一見綺麗に見える水でも汚れていることがあり、それを清浄なものにすることが出来る!
そんな髭を溜め池の床材に混ぜ込んであるからのう……この溜め池で氷を作れば、他よりも綺麗で美味しい、良い氷が出来上がるって訳じゃのう、皆が氷を求め、氷の市場が出来上がった中に他よりも良い氷となればそれはもう、高値で売れるに違いないのう!
それにのう、たとえ売れんとしても夏に氷が使い放題となれば誰だってありがたいだろうし、果実水や酒がうんと……それはもう美味くなるからのう! 来年になったらきっと、村の誰もが氷を手放せなくなるはずじゃのう!」
「ふぅむ……なるほど、確かに氷がある今年の夏は色々と楽だったし、アルナー達婦人会も、食材が腐りにくい氷と雪の貯蔵庫をありがたかっていたなぁ」
「そうじゃろう、そうじゃろう!
食材の保存期間が伸びればより多くの食材を備蓄出来るし、場合によっては備蓄したもんを他所に売りにいくなんてことも出来るはずじゃ。
今まで食えんかったもんを食えるようになるかもしれんし……それこそ南の海から魚を仕入れるとなったら氷は欠かせんもんになるはずじゃ。
山ほどの氷があればもっと別のことが出来るようになるかもしれんし……そうじゃのう、あやつの言っておった氷菓子なんてもんも作れるかもしれんのう」
「こおりがし……? 氷のお菓子ってことか? それはまた初めて聞くというか、想像も出来ない代物だなぁ」
私がそう返すとナルバントは「むっはっは!」と大きな笑い声を上げて……氷菓子がどんなものかを説明しながら足を進めて、それから壁の向こうにあるという貯蔵庫の案内と説明をし始めるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、秋のあれこれとなります。
そしてお知らせです
まずは恒例の登場キャラデザ公開
獣人国参議、ヤテン・ライセイとなります!
近況ノートにて公開しておりますのでチェックしてください
今回のキャラデザは獣人国の二人となっておりまして……もう一人は次回の更新をお待ちください!
そして
4月14日発売の小説第9巻『春暁の盃事』ですが、様々な電子書籍サイトでも予約開始となりました!
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