第358話 神の住まう草原





――――数十日後のマーハティ領 エルダン



 隣領の領主ディアスがまたもドラゴンを討伐した、それもアクアドラゴンを二体も。


 その上、討伐の際には巨大な神が助力をしてくれたそうで……そこから新たな教えを得た神殿が建立されたらしい。


 こんな情報が隣領からもたらされ、それを誰よりも喜んだのは領主のエルダンだった。


 憧れのディアスの活躍を嬉しく思い、それ以上に新たな教えが生まれたことを大いに喜び……そして安堵した。


 王都で主流派となっている新道派の教えとエルダンが相容れることは絶対に無い。


 亜人を否定し差別し、以前のカスデクス領よりも酷い状況を作り出そうとしている教えを許容する訳にはいかない。


 だがどうしたら良いのか、どう対策したら良いのか……その答えを出せずにいた所への今回の話はまさに救いの手であったからだ。


 これで全てが解決したという訳ではないが、救国の英雄でドラゴン殺しで神官を親戚に持つディアスが旗手であるというのはかなりの強みであり……エルダンが自ら動くよりも遥かに良い結果に繋がることだろう。


 母ネハが思いつきでスーリオ達を隣領に送っていたことも、ここで大きな意味を持つことになった。


 公的な使者であるスーリオ達がディアスと共に戦い、実際に神を目にしたというのは大きな意味と説得力を持つ。


 ディアスは参戦の礼として王城の宝物庫にさえ無いだろうアクアドラゴンの素材の一部を送ってきていて……山のような金以上の価値を持つそれが手に入ったこともありがたかったが、それ以上に新たな神殿を公的に支援することを正当化出来るのがありがたかった。


 新道派が何かを言ってきてもこう言える。


『これだけの価値の物を頂戴したからには支援しない訳にはいかない。

 どうしてもと言うのなら相応の品を返す必要があるので、その分を神殿で負担して欲しい』


 と……。

 

 金の亡者たる神殿が負担する訳もなく……そんな負担をするくらいならと、当分の間こちらに手出しをしなくなることだろう。


「これで面倒なことを考えなくて済むであるのおおおお!!」


 執務室で突然そんな声を上げたエルダンに対し、側に控えていたジュウハとカマロッツは事情を知っているからか何も言わず、エルダンの凄まじい声量のせいで吹き飛んでしまった書類を拾い集めるのだった。


 

――――数十日後の獣人国



 最近になって何かと話題に上がる、サンセリフェ王国辺境からもたらされたその情報は、獣人国の人々を大いに驚愕させた。


 まさかあの王国に新たな神が現れるなんて、何かの間違いではないのかと、そんな風に人々はざわつくことになった……が、それも短期間のことで、すぐに獣人国の人々はそれを事実として受け入れて、歓迎するようになっていった。


 そうなった理由はいくつかあり、その一つは獣人国には多くの……数え切れない程の神々が祀られているということにあった。


 様々な種族が住まう獣人国には、その種族ごとの信仰があり、それぞれの神話があり……一つの神話につき複数の神々が登場するため、その数は神学者であっても把握しきれない程だ。


 そんな神々の中に新たな一柱が加わったとして、大した問題ではないと考える者が多く……またその情報をもたらしたのがペイジン商会の長男、ペイジン・ドであることも理由の一つだった。


 商人でありながら時たま利益よりも人情を優先し、悪辣さより善良さが勝り、多くの商店があった方が経済が盛り上がるだろうという価値観を持っているために同業者にも友好的で……それでいてしっかりと儲けを出せる実力がある。


 虚言を用いることも少なく、その言動からは根が生真面目であることが感じられて……そんなペイジン・ドが自分の目で見たと獣王にまで報告していたことが、それが事実であるということを証明していた。


 その上、神が現れたという土地はあのメーアバダル領だ。


 獣人亜人に好意的で、亜人を娶り亜人の子を育て……多くの獣人と共に笑顔で日々を暮らしていると噂の領主の治める土地だ。


 かの領主はアースドラゴン侵攻の際には陰ながら獣人国のために尽力し、多くの国民を助けてもくれて、それでいて対価や貸しを求めることもなかった。


 参議であるキコが好意的で、ヤテンもまた消極的ながら好意的で……あの王国の領主とは思えない程の人格者でもあるらしい。


 そんな土地に新たな神が現れた、それすなわち獣人と手を取り合う善良なメーアバダル公爵を神が認めたということでもあり……このことを獣人国の国民は好意的に、都合よく受け入れたのだった。


 多民族で支え合う自分達こそ強く正しい国家だ、そんな自分達に歩み寄ったからこそメーアバダル公爵は神に認められたのだ。


 これを機に獣王様の威光は更に東へと……王国の深部まで届くに違いない。


 と、そんな風に……。


 そうしてメーアバダル領主と新たな神『大メーア』の名は獣人国の隅々にまで知れ渡ることになる。



――――数十日後のサンセリフェ王国 王都


 

 ここ最近、王都には様々な噂が飛び交っていた。


 最近ドラゴンの活動が活発化しているが、その裏には何者かの陰謀が関わっているらしい、とか。

 

 そんな陰謀を打ち砕くためあの救国の英雄ディアスが奮闘している、とか。


 国王もそれに協力をしていて、だからこそディアスはドラゴンの魔石を惜しむことなく国王に送っている、とか。


 ……そんな救国の英雄の下に神様が現れた、とか。


 それらの噂は根拠も何もない、デタラメに近いものだったのだが、ドラゴンが次々に現れ、それらを討伐し続けている救国の英雄が今まで討伐例の無いアクアドラゴンまで討伐したということは、国王も認めた紛れもない事実であり……そういった事実が混ざり合うことで、噂の真偽の判断を難しくしてしまっていた。


 噂好きの者達の中には真偽などどうでも良く、ただただ噂話をしているのが楽しいという者も多かったのだが、中には本気にしてしまっている者もいて……そんな状況を一部の貴族達が問題視し始めていた。


 第一王子が新道派と協力関係にあるのは周知の事実で、それに逆らうつもりなのか、神殿を軽視しているのか……元平民の成り上がり者が調子に乗っているのではないかと、そんな風に。


 リチャード、ヘレナ、イザベル各派閥はそれぞれの思惑からそういった動きを抑えていたのだが、ディアーネ、マイザーという二派閥が壊滅したことにより、どの派閥にも属さない者達が出始めていて……そういった者達が騒ぎを大きくしていた。


 しかしながらそういった者達はいずれも小貴族……主流から外れた者達でしかなく、その影響力は微々たるもので、ただただ騒ぐだけの集団へと成り果てていた。


 それでもその集団は諦めることはなく、それぞれのコネを駆使して様々な人物に接触し、味方に引き入れようと……そうすることで新たな派閥を作ろうと尽力したのだが、その企みが成功することはなかった。


 中には国王にまで接触する者がいた。


「良いではないか、かの者は公爵なのだ、公爵であればその全てが許される。

 神殿を軽視しても良い、王子を軽視しても良い、何であれば新たな神殿を建立しても良い……調子に乗り多少の悪ふざけをすることも当然許される。

 それが公爵であり、公爵に物を申したいのであれば貴殿らも忠義を尽くし公爵となれば良い」


 それで諦めれば良いものをリチャード王子にも接触した。


「仮にアレが俺を軽視していたとしても、こうして直接不快な気分にし、手間をかけさせてくるお前達よりマシだろう。

 それと信仰に関わることは神殿に任せているのでな」


 そしてディアスと面識があるというフレデリック・サーシュス公爵。


「……戦時中、我が領が苦難に陥っている時、君達は何をしていたのかな?

 ちなみにだがメーアバダル公は平民の身でありながら、私と領民達を救おうと命がけで戦場を駆け回っていたよ?

 私の彼に対する尊敬の念が尽きることはないだろうね」


 次にエーリング・シグルザルソン伯爵。


「伯爵であるわたくしに何をしろと? 公爵と敵対して一体どんな得があると?

 相容れない部分があるのは確かですが、わたくしから見るとあなた方の態度の方が問題ですね。

 ……ヘレナ様は今、アクアドラゴンの討伐劇と新たな神を称える歌の制作に励んでおられますので、お手を煩わせることのないよう、お願いしますよ」


 両者とも心からの本音でそう言っているのかは分からないが、表向きはそういった態度を取っていて……いくら騒いでも金貨を積み上げたとしても、その態度が変わることはなかった。


 ……方や新道派と、方やリチャード派閥と距離を取っていて、そんな2人に声をかけてどうするつもりだったのか。


 そうやって騒ぐ者達は失策を繰り返し、味方を増やすことが出来ないまま勢いを失っていって、そのまま自然消滅するかと思われていた……のだが、そんな彼らにある者達が接触したことにより、彼らは自然消滅を回避することになる。



――――数十日後の王都 大神殿のある部屋で



「全く……たかが辺境領主如きが、余計な騒ぎを起こしてくれよって……」


 豪華絢爛、金銀に彩られ毛皮と絨毯に覆われ、多数の酒瓶と酒器が飾られたその一室で、神官服姿の男達が酒器を片手に酒瓶の並ぶ棚に群がっていたり、ソファにだらしなく腰掛けたりと、おおよそ神官らしからぬ態度で言葉をかわし合っている。


「その騒ぎとやらは本当に公が起こしたものなんで? あくまで噂なんでしょう?」


「その噂の出所があのギルドで、アクアドラゴンの素材流通もギルドが仕切っている……なんらかの関係があると見るのが筋だろう」


「またギルドか! たかが孤児の寄り集まりのくせに!」


「それとベンディア……あの落伍者の行方も気にかかる、いつのまにやら姿を消したがまさかあの地に……」


「聖地巡礼に失敗し、落ちぶれたアレに何かが出来るとは思えんがな」


「しかしいかにもアレが考えそうなことではあるぞ……」


 そんな風に話を出来ていたのは最初のうちだけだった、すぐに酒が回り気が大きくなって高揚し……思考が鈍っていく。


 そうしていつしか正気を失った神官達は、いつもの酒宴に溺れてしまうのだった。



――――アクアドラゴン討伐から数日後のイルク村 ディアス



「そう言えば伯父さん、今後大々的に新しい教え……と言うか、メーアの教えを広めていったとして、例の新道派とやらと衝突したりはしないのか?」


 あれから数日が経って……多くの村人が訪れるようになり、賑やかになった神殿の様子を見やりながらそう尋ねると、伯父さんは気にした様子もなく柔らかな笑みを浮かべて言葉を返してくる。


「さぁな、仮に衝突したとして神殿を建てる前から対策については考えてあるから安心しろ。

 ……確かに旧道の教えには古い部分があり、時代遅れになりつつあったが、聖人様はそれすらも予測し対策を立てておられた。

 その対策を実行に移せなかったことは無念だが……そこから多くを学び、時代に合わせた教えを構築することは出来る。

 それに儂には聖地巡礼をしたという強みもあるからな……幾度となく神の使いから奇跡の品を授かり、実際に神と出会いまでした公爵様がいるのだから、何も問題はない」


「……ふぅむ、そういうものか」


 過酷とされる聖地巡礼に向かったことは確かに凄いが、聖地に至れず何も持ち帰れなかったことがそこまでの強みになるとは思えない……が、まぁベン伯父さんには、ベン伯父さんの考えがあるのだろう。


 神殿にはフェンディアやパトリック達もいるし、長年神官をやってきた、実力と経験のある彼女達が伯父さんに何も言わず従っているのだから……きっと、多分、恐らく問題はないのだろう。


 私に良い考えがある訳でもなし……伯父さんを信頼し、任せておくことにしようか。


 そんな風に開き直れたなら、腕を振り上げ背を伸ばして大きく息を吐き出し……村の見回りでもするかと、踵を返し歩き始めるのだった。



 ・第十二章リザルト




 領民【237人】 → 変化無し


 変化は無いが多くの客人が滞在している。


 スーリオ達獅子人3人、ペイジン親子、ゴブリン族6人



・施設【水路】【鉱山】の開発が進んでいる、鉱山産の鉄器も少しずつ完成している。


・アースドラゴン討伐の礼として獣人国から多くの物資が届けられた。


・その中にあった傷を癒やす【不思議な絨毯】を手に入れた。


・アクアドラゴン2体を討伐し、多くの素材を手に入れた。


・メーアバダル領に神?【大メーア】が降臨した。



……あちこちでメーアバダル領のことが話題になり始めている……。

そして……。



――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


次回からは第十三章、二度目の秋やらその後のあれこれやらになる予定です


ご期待ください!



応援や☆をいただけると、エルダンの心労が減るとの噂です。

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