第357話 夏の宴
「おとん! 羨ましいヨ! ぼくも神様見たかったヨ~~!!」
戦いを終えてイルク村へと帰還して、防具を脱ぎ水浴びをして汚れを落とし、着替えを終えてから広場に移動しあれこれとしていると、ペイジン・ドシラドがそんな声を上げる。
それを受けてペイジン・ドは参ったなぁという顔で頭をペチンと叩き、それからしゃがみ込んでドシラドへと声をかける。
良い子にしていればきっと見られるとか、神様は獣人国にも居るだとかそんなことを言って宥めて、それでもペタペタと足で地面を叩くドシラドのことを抱き上げ、よしよしと揺らしてやる。
それが嬉しかったのかドシラドは目を細め……私はそんな光景を絨毯に手を押し付けながら眺め続ける。
「……これが安産絨毯か、まさか本当に怪我が癒えるとはな」
絨毯の上には小人との戦いで傷を負った皆が順番に腰を下ろしていて……そんな光景を見たゾルグが、声をかけてくる。
「安産絨毯って……いつのまにそんな名前が」
私がそう返すとゾルグはきょとんとした顔をしながら言葉を返してくる。
「いや、皆そう呼んでたぞ? 最初に話を聞いた時はそんなまさかと思ったもんだが、こうして自分の目で見た以上は信じるしかないよな。
……これって動物の怪我とかも治るもんなのか? たとえば馬の怪我とか」
「うん? 試したことはないが……恐らくは治ると思うぞ? まさか人が良くて動物が駄目ってこともないだろうしな」
「……なら少し試してみるか。
……おい、自分の馬にかすり傷がないかの確認をしてくれ! 小さな傷でも良いからあったらこっちに連れてきてくれ」
広場の隅の方で休憩をしていたり馬の世話をしていたりする鬼人族にゾルグがそう声をかけると、世話をしていた一人が胸の辺りに小さな傷を見つけて、その馬をこちらに連れてくる。
それから絨毯の上に立たせるとうっすらと血が滲んでいた傷の周囲がわずかに震えて……ゾルグが手でその血を拭ってやると傷一つない肌が顕になる。
「……なぁ、ディアス、うちの村人が大怪我をした時もそうなんだが、もし馬が骨折したとか大怪我を負った場合でも、この絨毯で治してやってくれないか?
そうなった馬はもう殺してやるしかないから……助けられるもんなら助けたいんだ」
「戦争に利用しないと決めているから、今回みたいなモンスターとの戦いや不意の事故の怪我なら別に構わないぞ?
この絨毯が力を発揮するには魔力を込める必要があるから、その時は鬼人族の誰かに魔力を込めてもらう必要があるけどな。
人でもメーアでも、馬でもヤギでも、大怪我をしたならいつでも声をかけてくれ」
「そのくらい安いもんだよ。
……この絨毯があるから無茶をしても平気だとか、ちょっとした怪我でもとか言い出す馬鹿が出ないように厳しく締め付けておくから、いざという時は頼む」
ゾルグがそう言うと鬼人族から大歓声が上がり……巨大メーアを、神様を目にすることが出来たと喜んでいた時以上の盛り上がりを見せる。
鬼人族にとって馬は特別な存在だからなぁ……こうなるのも仕方ないのかもしれない。
そうやって歓声が響き渡る中、ゴルディアがのっしのっしと歩いてきて、声をかけてくる。
「ディアス、手に入った素材に関してだが、俺らで買い取るなり売るなりして、その代金を今回参加した面々で分けるってことで良いんだよな?」
「ああ、ドラゴンの魔石の一つはまた王様に送って、もう一つと小人のはナルバント達に使ってもらって、残りの素材分の報酬を皆で分けるってことでゾルグ達も納得してくれている。
皆が小人と戦ってくれていたから、無事にドラゴンを倒せた訳だし、しっかり分けるとしよう」
私がそう返すとゴルディアは腕を組み難しい顔をしてから黙り込み……少ししてからゆっくりと口を開く。
「そうなると……結構な金額になるぞ?
今回の素材、強度とか利用価値に関してはそこまでじゃねぇんだが……何しろアクアドラゴンだからなぁ。
水の中に棲んでいる関係で見かけること自体が稀で、水中のヤツを狩る方法はほぼ、皆無、ただただ逃げるしかねぇってんで、素材の入手も稀で……希少品ってことで好事家達が結構な金貨を積み上げることになるはずだ」
「うん? 良いことなんじゃないか? それは?
皆が儲かるって言うのなら、危険な敵に挑んだ甲斐があるというものだ。
どう売るかはゴルディア達に任せるよ、もし支払いの金貨が足りないようならエルダンのところに素材を持っていけば、良いようにしてくれるはずだ」
「……そのクソ高い素材を、今後のために買い取って保管しておくってのが結構なことなんだがな。
……まぁ、赤字にはならねぇだろうから、お前が良いならそうしておくさ」
と、そう言ってゴルディアは来た時のようにのっしのっしと歩き去っていって……そんな会話をしているうちに負傷者全員の治療が終わったのか、絨毯の上が無人となる。
するとそこにフラン達、メーアの六つ子が駆け込んできて……子供達でじゃれ合いでもしていたのか、顔などに作った擦り傷を寝転がりながら癒やし始める。
本来その程度の怪我を治すのに使うべきではないのだが……隙を見せてしまったこちらが悪いかと考え仕方なしに受け入れる。
……今イルク村でメーアは神様そっくりの姿をした神様の使い、という地位を得ている。
本人達は全くそのつもりはないのか、いつも通りに過ごしているし、私やアルナーや鬼人族など、馴染みが深いものはいつも通りに接しているのだが……領外の者であるペイジンやスーリオ達、そしてゴブリン達にはそうではないようで、時折尊敬の目というか崇めるような目というか、そんな目で見てしまっている。
特に今はドラゴン討伐と巨大メーアに出会えたことを祝う宴をこれから開こうとしている訳で……そんな状況で、メーアの子供を変に叱るのも良くないだろう。
「ほーれほれ、よーく冷えたぶどう酒じゃぞ!!」
そんな事を考えているとナルバントの大きな……なんとも嬉しそうな声が響き渡る。
その両手でもって地下貯蔵庫で冷やしておいたらしいツボを持ってきていて……中身はその言葉の通りワインであるようだ。
夏場の暑い時間、モンスターとの戦闘で体を動かした皆にはその言葉が、ツボの中身がたまらないものであったようで、一斉に沸き立ちナルバントの周囲に人だかりが出来る。
「こっちはハチミツ入りの果実水だよ! うんと冷えてるよ!」
「さわやかで、おいしーよー!」
次に現れたのはセナイとアイハンで、犬人族達に手伝ってもらいながらツボを持ってくる。
その後にいくつものコップを抱えた犬人族達が続き……酒を飲めない者達はそちらへと殺到する。
それからすぐにマヤ婆さん達がこれまた犬人族に手伝ってもらいながら様々な料理を持ってきて、同時に広場のそこら中に絨毯が敷かれていって、その流れで宴が開始となる。
そうして広場は一気に賑やかとなる。
飲んで食べて、歌って踊って大いに騒ぎ……ドラゴンを二体も倒したのだからと、料理の内容もいつになく豪華で、どんどん運ばれてくる。
飲み物も地下貯蔵庫で冷やしたものばかりが運ばれてきて……茶なんかも冷やしていて、まさかのまさか冷やし薬湯までが用意されている。
怪我をした者、疲れが抜けない者は薬湯を、なんて声がアルナーから上がり、それから悲鳴が上がり……それでもアルナーは絶対に飲めと譲らない。
怪我は絨毯で治したが、ウィンドドラゴンと戦った際の私がそうだったように傷から毒が入っている可能性もある訳で……フェンディアやパトリック達もアルナーを手伝い、冷やし薬湯を皆に飲ませていく。
そうやって変な盛り上がりをしていく中、ゴブリン達は車座に座ってコップを手に取り、ツボからワインを注いで……そしてリーダーのイービリスから順番に飲んでいく。
一杯、二杯、そして三杯目を飲んだ所でイービリスから順番にバタンバタンと仰向けに倒れていって、慌てて近くにいたクラウスが駆け寄る。
「……あー、寝ているだけですね。
コップも小さいし、そんなに量は飲んでないはずですけど……ゴブリンさん達はお酒に弱いんですかね?
考えてみれば確かに海の中でお酒って飲めませんからねぇ……前の宴では酔いつぶれないよう程々に控えていたんですかね?
だけど今回は喜びが勝っちゃったと……余程嬉しかったんでしょうね」
ゴブリン達の様子を確かめたクラウスがそう言うと、すぐさま洞人族の若者達がやってきてゴブリン達を介抱し……彼らのために用意したユルトへと運んでいく。
酒に詳しいだけあって、そこら辺の介抱も心得があるらしく、その手際は見事なもので……彼らに任せておけば大丈夫だろうと、宴が再開され一段と賑やかになる。
そうしているとフランシスとフランソワがやってきて、未だに絨毯の上でゴロゴロとしている六つ子達の首元を咥え上げ、フランシスはフランソワの背中へ、フランソワはフランシスの背中に六つ子達を放り投げて乗せて……それからメーア達のためにと用意された、例の白い草がたっぷりと盛り付けられた皿のある席へと連行していくのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回は各地の反応とかの予定です。
応援や☆をいただけると、六つ子達が少しだけ大人しくしてくれるとの噂です。
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