第350話 占い

――――まえがき


・登場人物紹介


・ゾルグ

 鬼人族の青年でアルナーの兄、族長候補になってからは立派に成長していて……アルナーも少しだけ見直している


・マヤ婆さん

 人間族の老婆、初期の領民である老婆達のリーダー、イルク村の意思決定機関である代表者の一人、占いが得意で……他にも秘密が?


――――




「お前ら何やってんだ?」


 そんな声をかけてきたのはアルナーの兄、ゾルグだった。


 私の両頬を両手で挟むアルナーを半目で見やっていて……アルナーは尚も両手で挟みながら言葉を返す。


「特に何という訳でもないが……ゾルグこそ何をしにきたんだ?」


「いや、お前らんとこに呼ばれたから来たんだけどな……?

 ほら、北の山で水源がどうとか検討してんだろ? それでこっちの意見が欲しいとかなんとか、いつもの犬人族の伝令が来たぜ」


「……もうそっちにまで話が行ったのか?」


 なんて会話をしてからアルナーは両手を離し……私は揉みくちゃにされた頬に軽く撫でてから、声を上げる。


「サナト達が話を持って行ったんだろうなぁ。

 まだ検討段階ではあるが、ゴブリン達が安全に故郷に帰るには必要なことだし、急ぎ足でというか、冬前になんとかしようとしているのかもな」


 するとアルナーは「なるほど」と頷いて、ゾルグは広場の方を見やりながら言葉を返してくる。


「ゴブリン、か。魚が歩いているのを見た時には何事かと思ったが……悪くなさそうな奴らだったな。

 向こうであの……獅子人族だったか? そんな連中と手合わせしていたが、良い動きしてるし中々の根性だし、俺を見るなり丁寧な挨拶までしてきたし……まぁ、あの連中を海に帰すためってんなら、俺達も特には反対しねぇよ。

 こっちの生活用水は井戸が主だしなぁ……あとは野生のメーア達に悪い影響がでねぇのなら文句もねぇさ。

 族長も俺に任せるっつってたから、同じような意見なんだろうな」


「鬼人族の村が反対しないなら……出来るだけ迷惑にならない形でやってみるとするよ。

 新しい川が出来て海との行き来が簡単になれば色々と利点もあるだろうし……そっちにも期待していてくれ」


「あー……海の魚とかか?

 俺達は川の魚ですら食べないからなぁ……ま、族長なんかは死ぬ前に海の魚や貝を食べてみたいっつってたから、族長の寿命が残っているうちに持ってきてくれや。

 ……しっかし、昔の戦友に帝国? の軍人に……戦闘が得意らしい種族の獅子人族にゴブリンに。

 こんな草原にどれだけの戦力を集めるつもりなんだよ、お前は」


「……改めてそう言われると確かにそうだが……私は別に戦力を集めているつもりはないんだがな、ただ領民を集めたいだけで……。

 ただそれも、もう十分かなと思っているよ。

 これから獣人国から血無し達が来て、ギルドの何人かも来てくれるそうだし……それで十分というか、これ以上増えると私の手には余るだろうなぁ」


 これは本音だった。

 今の段階でも把握しきれていないというか、目を通せていない部分があるし……これ以上人が増えてしまうと、私には責任を負いきれないだろう。


 この草原で手に入る食料にも限度があるし……交易だって常に上手くいくとは限らないはず。


 海との行き来が可能になれば余裕が出るかもしれないが……海の食材を手に入れるための資金なんかも必要になるし……うん、この辺りが限界というか、私の身の丈に合った人数なのだと思う。


 幸い、生活には困っていないし、神殿が出来たり洗濯場なんかが出来たりしてどんどん豊かで便利にもなっているし……これ以上を望む必要も無いのだろう。


 後は今居る皆の力で頑張っていけば良い訳で……最初の頃を思えば今の状況は出来過ぎってくらいに出来すぎているしなぁ。


 なんてことを考えているとゾルグが、意外にも同情的というか穏やかで優しげな表情になりながら言葉を返してくる。


「まぁ……気持ちは分かるよ。

 俺も族長候補なんてもんになって色々学んで、一族の皆の命運っつうか、全てを背負う立場ってもんを理解してきたからなぁ。

 これ以上は無理っつうか、今でも限界っつうか……何千何万なんてものを背負ってる連中がいるなんてことが信じられねぇよ。

 ……だからまぁ、あれだ、もし俺が族長になったら、今まで以上に仲良くしてやってくれよ、二人で背負うなら……少しは楽になるかもしれねぇだろ?」


 そんなゾルグの言葉に私は、まさかゾルグがそんなことを言って来るとはと驚きながらも、大きく頷く。


 するとゾルグも無言で大きく頷き……そんな私達を黙って見守っていたアルナーも何度も「うんうん」と頷く。


 元々鬼人族とは仲良く、いつまでも上手くやっていくつもりだったが……今のゾルグが族長になってくれるのなら、もっと上手くやっていけるかもしれないな。


 そうやってなんとも言えない……暖かいというか生ぬるいというか、柔らかで優しい空気が周囲を包み込み……そんな中ゾルグが照れくさそうに声を上げる。


「イルク村が上手くやっているおかげで、こっちの生活も色々と楽になってきてな……これからは俺らも、色々と力を貸せると思うからよ、頼りにしてくれてもいいぞ。

 まーたドラゴンなんかが現れても、俺達に任せておけって訳だな!

 まー……今までが異常だっただけでドラゴンなんてそう簡単に現れるもんでもないからな、そんなことまず無いと思うが―――」


 と、ゾルグがそんなことを言っていると、普段なら一人で出歩くことのないマヤ婆さんがこちらへと歩いてくる。


 それに気付くとゾルグは言葉を止めて、マヤ婆さんの顔を見るなり全身を緊張させて硬直し、何かを言いたげにする。


 ゾルグとマヤ婆さんは宴などの際に顔を合わせた程度の知り合いのはずで……マヤ婆さんからはアルナーの兄、ゾルグからは占いが得意らしいお婆さん程度の認識しかなかったはずだが……?


 それともまた私には分からない魔力関連の何かがあって、あんな風に硬直しているのだろうかと考えていると、硬直していたゾルグが震える声を上げる。


「……婆さん連中がああいう顔をしている時は大抵ろくでもないことを言ってくるんだよ。

 族長の相手を散々してきたからな、俺には分かるんだ」


 その言葉を受けて私とアルナーが、何を馬鹿なことを言っているんだと、そんな顔をしているとマヤ婆さんは頷いて、口を開きはっきりとした物言いで声を上げる。


「ついさっき占ってみたんだけどね、来週かそれ以降に北の山から大きなモンスターが……恐らくドラゴンが来るようだよ。

 大きくて強くて、坊やでもちょっと苦戦するかもしれないねぇ。

 ……まぁ今回は、頼りになる仲間がたくさんいるみたいだし……安心しても良さそうだね」


 私とアルナーは、驚きながらもマヤ婆さんがそう言うのならと納得したような表情となり……そしてゾルグはがくりと肩を落とす。


「何も協力すると言った直後に、そんな話を持ってこなくてもなぁ……。

 ……いや、もしかして占いで、いつ話を切り出すべきか、なんてことまで分かってたってことか?」


 ゾルグが肩を落としながらそんなことを言うと、マヤ婆さんは……私達が今まで見たことのないようなにっこりとした、満面の笑みを浮かべるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回は……占いの結果の対策になる予定です。


そしてお知らせです

2月16日にコミック―アース・スターさんにてコミカライズ最新43話が公開となっています!


色々とおっとなったりアレなシーンもありますので、チェックしてみてください!



応援や☆をいただけると、ゾルグのやる気がちょっとだけ増すとの噂です。

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