第349話 メーアの教え


 いつもより少しだけ厳しいダレル夫人の授業を終えると、授業を見ていたらしいメーアの六つ子達が「メァメァ」「ミァミァ」と声を上げながら駆け寄ってくる。


 私と神官達はそんな六つ子達を撫でたり抱き上げたりとしてあげて……私達と一緒に学んでいただろう六つ子達を労う。


 先程の子供達の授業でもそうだったが、最近の六つ子達はこんな風に様々な授業に参加している。


 それはベン伯父さんの……文字を書けないし、犬人族用に枠や珠なんかを大きく作った計算機を使えないメーアでも、ある程度の知恵をつけておくべきだ、という方針によるものだ。


 メーアを飾った神殿が出来上がり、これから本格的にメーアを神様とした新たな教えを広めていく伯父さんにとっては、メーアが賢い方が色々と都合が良いのだろう。


 六つ子達としても、親であるフランシス達としても色々なことを学べるのは嬉しく楽しいことであるらしく……本人達が望んでいるのなら悪いことではないのだろう。


 そんな神殿に務めることになる神官であるパトリック達は、そんな六つ子達をまるで我が子のように……いや、それ以上の存在として可愛がっていて、六つ子達の方もそんなパトリック達のことを好いているようで、よく一緒に遊んだり毛の手入れをしてもらったりしている。


 撫でて撫でて撫で回して、六つ子達が満足するまで構ってあげると、満足すると同時に構ってくる手が鬱陶しくなったのだろう、私達の手の中でジタジタと暴れ始めて……開放してあげると同時にどこかへと駆けていく。


 それを見てパトリック達は大いに笑い……笑いながら神殿へと戻っていって、ダレル夫人も竈場の方へと歩いていって、それと入れ替わりになる形でアルナーとフランシスとフランソワがやってくる。


「ディアス、少しは上達したか?」


 やってくるなりアルナーはからかうようにそう言って……その表情に少し違和感があった私は、首を傾げながら言葉を返す。


「……アルナー、どうかしたのか?」


 するとアルナーは一瞬驚いたような顔になって……それから意を決したように言葉を返してくる。


「オリアナに色々と教わっていて……最近は王国の貴族のことも教わっているんだが、話によると貴族というのは足の引っ張り合いが好きなようだな。

 他家のアラ探しばかりをして、それで何かを得ようとして……そしてそれを良しとする風潮があるそうだ。

 ……それで、その、人間族ではない私との結婚はどうなんだろうと考えてしまってな」


 その声には不安の色が滲み出ていて……足元のフランシス達もなんとも不安そうな表情で見上げてくる。


 それらを受けて私は軽く頭を掻いてから、そんな心配をする必要はないんだがなぁと笑みを浮かべながら言葉を返す。


「そういうことなら心配する必要はないぞ、私や伯父さんが教わっていた聖人様の教えでは種族で差別とかはしてはいけないことになっていたし……何よりこれから私達が信じる、というか身を置くのは伯父さんとメーアが導く教えだからな、何の問題はないだろう―――」


 問題は無いというか……伯父さんは最初からそこら辺のことを考慮していたのだろう。


 今王都で広まっている新道派の教えでは人間族こそが至高の種族で、それ以外は劣る……見下すべき種族とされているらしい。


 そんな教えがここに広まってしまえばアルナーとの結婚は難しくなる……からこそ、伯父さんは新しい教えを作り出したというか、考え出したに違いない。


「―――神殿にメーア像を掲げて、神の使いとして……そんなメーアであるフランシスとフランソワに尋ねるが、私とアルナーが結婚しても問題はないよな?」


 私がそう言葉を続けるとフランシスとフランソワは、大きく頷いてから「メァー!」と肯定の声を上げる。


「神の使いであるメーアが良いと言っているのだからそれで良い、誰にも何の文句も言わせない。

 伯父さんは最初からこういう論法で私達を……イルク村を守るつもりだったんだろうな。

 新道派の教えなんかが広まった日には、私達の結婚はもちろんのこと、イルク村の存続までが危ういからなぁ」


 私がそうまとめると、アルナーはその目をパチクリとさせて……それからしゃがんでフランシスの顔を両手で挟んでグシグシと撫でて、それからフランソワの顔を同じように撫でる。


 そうして深く安堵したような表情をし「ありがとうありがとう」と感謝の言葉を口にしながらフランシス達を撫で回し……それから立ち上がり、私の方へと向き直る。


「まさかディアスに気付かれた上に、励まされるとはなぁ……。

 ディアスもそれなりに成長しているってことなんだろうな」


 なんてことを言いながらアルナーは私の両頬へと手を伸ばし、何を思ったかフランシス達にやったように私の顔を撫で回す。


 言葉を返そうにも頬をそうやられていると喋りににくく……仕方なしに好きさせていると、グニグニグニと撫で回しながら微笑んでいたアルナーの表情が少しずつ、訝しがるようなものへと変化していく。


 頬以外の場所を触ったり頬をつまんで引ったり顔を引き寄せてからじぃっと観察したりし……それからいつになく強い語気で声を上げる。


「……ディアス、いやに肌が綺麗だが……私が渡している馬油の軟膏以外に何かしているのか……?

 王国式の日焼け止め……? いや、それならエリー達だって同じようになるはずだし……。

 なんだ……一体何を使ったらこんなに肌ツヤが良くなるんだ?」


 その言葉を受けて私は、一体何のことだろうかと頭を悩ませ……そう言えばあの時以来、朝の洗顔が妙に楽というか、すっきりするというか、色々と調子が良くなっていったことを思い出す。


「……特別何をしている訳でもないし、いつからというのもはっきりとは言えないが……体のあちこちの調子が良くなっていったのはサンジ―バニーを飲んでからだな。

 あれから洗顔が楽になったというか、すっきりするようになってな……他にも色々な部分で調子が良くなっていって……。

 とは言えそこまで気にする程ではないというか……若いアルナーのほうがよっぽど綺麗な肌をしていると思うぞ?」


 私がそう言うとアルナーは喜んでいるような怒っているような複雑な表情をし……それからまた両頬を両手で挟んでグニグニと撫でるというか、押し込んでくるというか、そんなことをしてくる。


 そうされるとまた声を上げづらくなり……それを分かっているのかアルナーは好き勝手にし、そしてそんな私達のことを見ていたフランシスとフランソワが声を上げる。


「メァ~」

「メァーン」


 それはどこかため息を吐き出しているようでもあり、からかっているようでもあり……表情もニヤニヤとしたものとなっている。


 そしてアルナーはそんなフランシス達のことを気にすることもなく、私のことを好き勝手に撫で続けるのだった。

 



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回からは……北の山のあれこです。


応援や☆をいただけると、フランシス達のニヤけ面に磨きがかかります。

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