第347話 水の
――――まえがき
・登場キャラ紹介
・イービリス
ゴブリン族を名乗る魚人族のリーダーで男性、サメそっくりの姿をしている。
・サナト
洞人族の若者、男性、ナルバントとオーミュンの一人息子、洞人族としてはかなりの若者だがもっさりとした髭のせいでそうは見えない。
――――
あれからゴブリン達は、イルク村でそれぞれ好きなことをして暮らしている。
黒ギー狩りをしたり、ナルバント達の鍛冶仕事を見学したり、関所の工事の手伝いをしたり、メーアや馬達の世話をしたり、クラウスの下で地上での槍の使い方を学んだり。
荒野の踏破と私達との邂逅という成果を得てゴブリン達は、その報告のためになるべく早く海に帰りたいそうなのだが……まだまだ気温の高い真夏、無理をしても良いことはないだろうし、もう少ししたら気温も下がり始めるはずで、帰還はそれからでも良いだろうということになったからだ。
こちらとしてはいくらでも滞在してくれて構わないし、ゴブリン達としても私達の生活ぶりが気になるとかで……秋の初め頃まではそうやって過ごすつもりのようだ。
秋になれば気温が下がり、洞人族達が進めている水路作りも相応に進んでいるはずで……今よりは安全に海に向かえるはずだ。
海とイルク村を繋ぐ街道については追々……他の作業が落ち着いてから開始する予定で、それまでに必要な物資なども調達することになりそうだ。
そう言う訳でイルク村は、ゴブリン達という客人を迎えてのいつも通りの日々を過ごすことになり……数日が経ったある日の昼下がり。
私との鍛錬と終えて広場の隅に腰を下ろして休憩をしていたイービリスが、街道の方を見やり、なんとなしに声を上げる。
「石畳の街道か……。
街道がなくとも水路があればなんとかなるのだが……水路のほうが難しいのだろうなぁ」
「水路……水路かぁ、この草原にはあの小川があるくらいで、他に水源は無いからなぁ」
戦斧を軽く振るいながら私がそう返すと、イービリスは頷いて……今度は小川の方へと視線をやって、言葉を返してくる。
「あのくらいの水量でも泳げないことはないが、もう少し深さと水量があればな……行き来が楽になるのだが」
「……行き来? 流れに乗って南に行くというのは分かるのだが、流れに逆らってこちらに来ることも可能なのか?」
「もちろん可能だとも、たとえ流れに逆らう形になろうとも、水の中であればこのヒレ達を活躍させることが出来るのでな……そうなれば数段違う速さでの移動が可能になるだろう。
更には乾燥などを気にする必要がないからな……体力の消耗も抑えられる上、魚などが棲み着いてくれたなら食料の調達をしながらの移動が可能になる。
海からこの草原までを徒歩で……仮に30日かかるとしたら、水路であれば4・5日というところだろうな、大雨後の激流だとしても10日はかからんだろう。
荷の運搬をするのなら尚の事で、水に浮かせば大体の荷は軽くなるからなぁ……水路用の小さな舟でもあれば、より早くより多くの荷を運ぶことが出来るだろう」
「ふーむ……船と言えば海と思い込んでいたが小川や水路で使っても良い訳か……。
しかしまぁ……水路だけ作っても水がなければ意味がないし、難しいのだろうな」
と、私がそんなことを言った瞬間、たまたま通りかかった洞人族のサナトが運んでいたらしい石材をそこらにドンと置いてから、声をかけてくる。
「水路を作ることも水量を増やすことも、やろうと思えば出来るぜ?」
その言葉に私とイービリスは驚いてポカンとし……それから私がサナトに問いを投げかける。
「水を増やすなんてそんなこと、どうやったら出来るんだ? 魔法か?」
するとサナトはカラカラと笑い、それから言葉を返してくる。
「いやいや、魔法でんなことしたってあっという間に魔力が尽きてそれまでだろう。
そうじゃなくてだな……ほら、隣領でも似たようなことしてるって、エイマさんが前に話してたじゃねーか。
水源になる山に穴を掘ってそこから地下水路を街まで掘って生活用水に使ってるーとか、そんなこと。
北西で進めてる鉱山でもそうだが、山を掘ると山ん中に染み込んでる水が出てくるもんなんだよ。
それが鉱山の毒に触れれば毒水になるが、そうじゃなければ良い水源になる訳で……あの小川だって山から湧き出て流れてきてるだろ?
地震とかで山が崩れたり裂けたりして、そこから水が湧き出て、それが大地を流れて削って、あの小川を作り出したって訳で……それと同じことをオレらの手でやってやりゃぁ水量は増えるし、新しい小川というか水路を作り出すことだって可能だぜ。
まぁ、無計画にやっちまうと、今ある小川の水量が減っちまうとか、毒水の川になっちまうとか、山崩れが起きちまうとか、あれこれと問題が起きちまうから慎重にやる必要はあるけどな」
「ふーむ……。
仮にゴブリン達が泳いだり船を使ったり出来るような水路を作るとしたら、どのくらいの手間がかかるものなんだ?」
「んー……生活の要になってる小川に影響を出す訳にはいかねぇから、まずどこに水路を通すか決めて、それから山の調査をして、計画をしっかり立ててから掘り始めて……鉱山とはまた違った手間がかかるからなぁ……。
イルク村まで水を引くのに……半年以上はかかるんじゃねぇかな。
それから荒野、荒野から海となると草原に街道を通した時の……数倍は手間と時間がかかりそうだな。
今ある小川の水量を増させるってだけならもう少し早く出来るが……そのせいで小川の水を汚しちまったら最悪だからな、まぁやらねぇほうが良いだろう。
……あとはまぁ、少し前にアースドラゴン共が地震を起こしてくれたからな、それでどっかに亀裂でも出来てりゃぁそこから水が湧いてくることもあるかもしれねぇし……アクアドラゴンでも現れたら話は違ってくるかもな」
アクアドラゴンと初めて聞く単語を耳にして、私はどんなドラゴンだろうか? と、首を傾げ、イービリスは何を思ったかその目を鋭くさせてギラリと輝かせ、そしてサナトが言葉を続けてくる。
「なんだ、ドラゴン殺しがアクアドラゴンのことを知らねぇのか?
アクアドラゴンは……なんと言ったら良いかな、ゴツゴツとした甲殻とデカい角、何本もの足を持つドラゴンで、陸でも生きていけるんだが水の中を好む、風変わりなドラゴンなんだよ。
炎を吐きはするが、それよりも水を吐き出してくることが多くて、そこら辺が名前の由来になってるな。
水を好む関係で山の中の地下水というか、地底湖みたいなとこに暮らしていることがあって、地下暮らしのアクアドラゴンが外に出て来る時は山を壊しながら、大暴れをしながら出てくるんだよ。
その際に出来た穴というか、アクアドラゴンの通り道を上手く利用できれば、いくらか早く水路を作れるかもな。
とはいえ狙って出来るもんでもないし、水源を壊されちまうこともあるから、出てこねぇほうがありがたい存在なんだがな」
「……ドラゴンと言えば炎のイメージがあるが、水のドラゴンなんてのがいるんだな……。
水を吐き出されてもそこまで驚異にはならないと思うが……押し流されたりすると戦いにくいのかもなぁ」
と、私がそんな感想を漏らしているとイービリスがグッと拳を握りながら声を上げてくる。
「アクアドラゴンは海にも存在するドラゴン、まだまだ若く未熟な我らは未だ戦った経験はないが……勝てば海の勇者として歴史に名を刻まれる程の強敵というのは聞き知っている。
もしそれと陸で戦って勝ったのなら伝説の勇者としていつまでも語られることになるだろうな。
……水を吐き出させてある程度の水場が出来れば我らの得意戦法を繰り出すことも出来るだろうし、水路を作るきっかけとなるのであれば……うぅむ、是非とも現れて欲しいものだ」
どうやらアクアドラゴンは海にも現れるドラゴンであるらしい。
海水も水ではある訳だし、当然か……というか、水を好むドラゴンが山の中にいる方がおかしい訳で、元々は海にいたドラゴンなのだろうか?
それがどういう訳か山にやってきた……か? 他のドラゴン達もわざわざ他所、というか北の山の向こうからやってきているようだし、ドラゴンというモンスター自体、そういう特性があるのかもしれないな。
……北の山の向こうか。
誰も足を踏み入れたことのない、ドラゴンやモンスターだらけの世界……らしいが、一体どんな世界が広がっているのやら。
いつかゴブリン達のように冒険心溢れる者達があの山を越えて向こうの到達することも……あるのだろうか?
なんてことを考えてから私は、頭を振って思考を元の水路の話に戻し、それからサナトに、
「まだ作ると決まった訳ではないが、一応水路の案も検討してみてくれないか?
調査とかで山に行く必要があるなら付き合うから……よろしく頼むよ」
と、声をかける。
するとサナトは「親父に伝えておくよ」と、そう言ってから石材を担ぎ上げ、のっしのっしと、改築か何かをやっているらしい神殿の方へと歩いていくのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、アルナーとかセナイ達の話になる予定です。
応援や☆をいただけるとサナトの髭がぐんぐん伸びるとの噂です。
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