第345話 これからについての話し合い


 ゴブリン達を歓迎する宴から数日が経って……そろそろゴブリン達の、旅の疲れも抜けてきただろうということで、広場に集まって今後どうしていくかについての話し合いを行うことになった。


 荒野の南をゴブリン達の領土と認める、そして大入江に港を整備すると決めたは良いが具体的にどうやるのか、港をどう活用していくのかは何も決まっておらず、そこら辺のことを決めるためだ。


 参加者は私、ダレル夫人、ヒューバート、ゴルディア、エイマにナルバント、そしてゴブリン達と助言役のペイジンなる。


 ナルバントが参加しているのは港の整備や港を活用するために必要なある物の話をするためで……絨毯を広げてクッションを円形に並べて、その上に参加者全員が座ったところで、私がその話を口にする。


「まだ港も整備していないのに気が早い話かもしれないが、港を作ったとなるとやっぱり船も必要になってくるんだよな?

 船を手に入れるとしたら……作るか買うかだと思うんだが、船って簡単に作ったり買ったり出来るものなのか?

 どちらにしても時間がかかるものなんだろうし……追々港を整備するつもりなら、船のことも考えておかないとだよな?」


 それはゴルディアを始めとした商人組から出ていた疑問でもあり……それなりの量の積荷を運べる立派な船を手に入れるというのはギルドが総出でかかったとしても、簡単にはいかない話であるらしい。


 そんな疑問に対しペイジンは、首を左右に振って自分達に用意することは無理だと示し……その後にナルバントが口を開く。


「立派な船を作ること、それ自体はそう難しいことじゃないのう、洞人総出でかかれば、そう時間もかからんじゃろうて。

 ただ……一つ問題があってのう、東の森の木材を使えば船体はなんとかなるんじゃがのう、立派な船に見合う立派なマストとなると、あの森じゃぁ難しいのう。

 折れず揺れず、大型船をしっかりと前に進めてくれるマストを立てるとなると、それ相応の木材が必要じゃからのう……それをどこで手に入れるのかって話になってくるのう」


 それから始まったナルバントの説明によると、大型船のマストには長く真っ直ぐに育った……数十年どころか百年以上の樹齢の木材が必要になってくるらしい。


 東の森の木々の背はそれ程高くなく、マストに出来るような木材は手に入らないそうで……そうなると何処かから手に入れる必要があるが、それ程立派な木材となると中々手に入らないし、値段も高くなるしで難しいらしい。


 続いてペイジンも声を上げて、そういった木材の輸出には国の許可が必要になってくるとかで……そうなると王国内のどこかで買って、イルク村まで運んでくる必要があるようだ。

 

 買うだけでも大金で、運搬や護衛にも金がかかるもので……港の整備と合わせて大変なことになりそうだとゴルディアが声を上げ、どうしたものかと頭を悩ませていると、ゴブリンの……イービリスという名のリーダーが声を上げる。


「……船のことはそこまで詳しい訳ではないが、立派なマストなど必要ないのでは?

 それなりのマストを数本立てたなら、後は我々で引いてしまえば良い」


 その言葉を受けて、私以外の皆がその発想は無かったと目を丸くし言葉を失う中、私は首を傾げながら言葉を返す。


「そんなことを頼んでしまって良いものなのか? 船を引いて海を泳ぐなんて、かなりの負担になりそうなものだが……」


「それ程に大袈裟な話でもないだろう、貴殿らで言うところの荷車を引き歩くのとそう変わらん。

 マストがあれば良い風の時に楽が出来るというのはその通りで、それなりのものを作ってくれるとありがたいが……最悪、マストが全く無くても問題はない。

 南の海には我らの同族が数え切れぬ程いる、そのうちの数十人でもって船を引くなり押すなりしたなら、よほど海が荒れていない限りはどこであろうと容易にたどり着くことが出来るだろう。

 もちろん報酬はもらうつもりで……地上でしか作れぬ鍛冶の品をもらえれば一族も喜ぶだろう」


「ふーむ、なるほどなぁ」


 と、私がそう声を上げたと同時にヒューバートとゴルディアが立ち上がり、二人であれこれと会話をし始める。


 更にペイジンが計算道具……アバカスという名前のものを鞄から取り出し、凄まじい速度で珠を弾き、何かを計算し始める。


 そんなゴルディア達の目は血走っていて、勢いがなんとも凄まじくて、一体何事だろうかと首を傾げていると、ダレル夫人が声をかけてくる。


「船員の落下事故が多いと聞くマストが必要ない上に、風の有無や向きに影響されず、優秀な戦士達の護衛が守ってくれる船という訳ですから、得られる利益がかなりのものになると予想しているのではないでしょうか。

 港を整備し、ここまでの街道を整備し……それだけの投資をしても十分な見返りがあるはずと考えて、それぞれ具体的な数字の計算をし始めたのでしょう」


 漏れ聞こえてくるゴルディア達の会話から、ダレル夫人の発言が正しいらしいことが分かり、それなら港を整備する意味はあるのかと頷いていると、イービリスがどこか安堵したような様子で声をかけてくる。


「貴殿らにも十分な利があるというのはありがたい話だ。

 我らとしても陸地が手に入るというのは念願であるし……この地との意義ある交流が出来るというのもまた、願ってもないことだ」


「ふむ……?

 ゴブリン達はずっと陸地が欲しかったのか?」


 私がそう返すとイービリスは、コクリと力強く頷いてから言葉を返してくる。


「我らは海の中でも子育てが出来るが、海の中というのは中々危険な世界でな……出来ることなら陸地で子育てがしたいのだが……陸地の人間族が中々それを許してくれなくてなぁ。

 最低限の取引が精一杯……姿が恐ろしいだけでなく、海の中で良からぬことを企んでいるかもしれん我らを陸に上げたくはないらしい。

 ならば無人の地に行けば良いという話になるのだろうが、そこにはまた別の危険が……たとえば多くのモンスターがいたりするもので、あの荒野も死の大地と呼ばれ恐れられている程に乾いている大地であったし、そう簡単にはいかなかったのだ。

 もしあの荒野がしかと整備され、住心地が良い地になるのであれば、これ以上なく嬉しいことであり……まったくこの冒険はどこまで報酬を上乗せしてくるのかと、歓喜に震えることになるだろうな」


「そうか……なら港だけでなく、子育て用の家というか、施設も建てないとだなぁ。

 そのためにはまず街道を整備して、水や食料が手に入る環境を作り出して……それからナルバント達に向かってもらうことになる訳か。

 ……うぅむ、何をするにしても当分先の話になりそうだなぁ」


 と、私がそんなことを言っているとナルバントが、どこから出したのか酒瓶をグイッと煽って酒を飲み、それから声をかけてくる。


「どうしても急ぐってんなら坊、オラんとこの若いのを数人、荒野に派遣するという手もあるのう。

 オラ共洞人族は酒さえあればひと月ふた月は生きてられるからのう……腐らん酒と資材を持っていって施設を仕上げて、戻ってくるくらいはなんとかなるんじゃないかのう。

 流石に港は……数ヶ月仕事になりそうじゃから、そう簡単にはいかんがのう」


「い、いやいや……酒だけで生きていけるなんてそんな冗談……。

 ……冗談、だよな?

 いや、仮にそれが本当だとしても何か事故があって帰ってこられなくなったなんてことになると、こちらから迎えに行くのも大変だろうからなぁ……やはり街道や井戸の整備をじっくりやって―――」


 私がそう言葉を返すとナルバントはキョトンとした顔をし……それから何かに納得したのかポンッと手を打って、カラカラと笑いながら言葉を返してくる。


「むっはっは! オラ共洞人にそんな心配はいらんのう!

 と言うか以前に話してやったじゃろうに! オラ共洞人族は冬眠のような真似をすると!

 穴ぐらを深く掘ってそこで岩のように丸まって眠り、そのまま飲まず食わずで何年でも何十年でも、何千年でも眠り続けることができる。

 何か事故があったとしても迎えが来るまでの間、そうやって眠っていれば何の問題もないのう!」

 

 ああ、そう言えば以前そんなことを言っていたっけ……。


 その特性から岩のような人と言う意味で、岩人と呼ばれたこともあったとか……。


 いや、しかしそれにしても何千年というのは流石に……私がそんなことを考えていると、ゴブリン達は「おぉぉ」と声を上げながら感嘆し、エイマとダレル夫人は唖然とし、そしてゴルディアと会話していたはずのヒューバートが会話を止めてナルバントの方を見て、そのまま動かなくなる。


 動かなくなったままあれこれと考え込んでいるようで……数十秒後、急に動き出してナルバントの下に駆け寄り、声を荒らげる。


「何千年!? 今、何千年と言いましたか!?

 ディアス様と出会う前のナルバントさんは一体いつから眠っていたんです? もしかして何百年前とか……それ以上とか、建国王様の時代以前からという可能性も!?

 すると……歴史書に残っていない建国以前のことを知っている可能性もあるということですか!?」


「オラにそんなこと言われてものう。

 オラ共は人間族の歴史にも暦にも詳しくはないからのう……いつからと言われてもなんとも言えんのう」


 そんなヒューバートに対しナルバントは、どこかとぼけた様子というか、からかったような様子でヒューバートにそう返し、それがまたヒューバートの好奇心を刺激したのか、ヒューバートは更に力を入れての食いつきを見せる。


 そうやって盛り上がっていく二人を見やりながら、私はゴブリン達に声をかける。


「と、とりあえず子育てが出来る施設に関しては出来るだけ早く作れるように考えておく。

 港に関しては急いでも街道がなければ意味がないから追々ということになるだろう。

 来年かもっと先か……細かいことや運用についても焦らずじっくり決めていこうと思う。

 ゴブリン達が早く故郷に帰れるように準備も進めるつもりだから……とりあえずそれまでは、イルク村でゆっくり体を休めてくれ」


 と、私がそう言うとゴブリン達は頷いてくれて……とりあえずの結論は出たからと話し合いは、これで終了となるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き……ゴブリン達とのあれこれになる予定です


そしてお知らせです

コミカライズ最新42話がコミックアース・スターさんにて公開されています!


今回登場したナルバントが加入する一話となっていますので、ぜひぜひチェックしてみてください!


応援や☆をいただけると、ゴブリン達の楯鱗が輝くとの噂です

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