第344話 一方その頃、王城にて

――――まえがき


・登場キャラ紹介


・リチャード

 人間族。ディアス達が住まうサンセリフェ王国第一王子、王位継承に一番近い青年で、かつてディアスの下でしごかれた経験がある


・ナリウス

 人間族、リチャードの部下で、ギルド所属の平民、リチャードの命令で王国各地を行ったり来たりしていて……各地を観光したり食事を楽しんだりとなんだかんだエンジョイしている。


――――





――――王都 王城の内政官執務室にて とある内政官


 

 王城自慢の巨大書庫近くの一室、いくつもの書類棚と机の並ぶその部屋は、今年に入ってからというもの、人と書類の行き来が絶えることのない忙しない日々を送り続けていた。


 その原因はリチャード王子が推し進めている改革で……一部の貴族の領地を没収し、騎士団領という名の実質的な王家直轄領とするというとんでもない政策の結果、没収した領地に関連する多くの業務が彼らにのしかかっていたのだ。


 その改革の話を耳にした当初、内政官達はそんなことが上手くいく訳がないと、鼻で笑っていたのだが……戦争に非協力的だった貴族から領地を没収し、戦争で命をかけて戦った騎士団達のものにするというそれは、平民達からの圧倒的な……思ってもいなかった支持を集めることとなり、更にはかなりの数の貴族までが支持を表明したことにより、堰を壊して流れ出した洪水がごとく勢いで、前へ前へと進んでしまっていた。


 サーシュス公を始めとした一部貴族達は言う、国家国民のために戦ってこそ貴族だと、そうでなければ貴族を名乗るなと。


 非協力的だったが反省し、相応の償いをした……エルアーやアールビーを始めとした貴族達は言う、何故お前達は償いもせずにのうのうと貴族面をしているのかと。


 領地を没収されまいと抵抗する貴族達は、何故カスデクス公は……マーハティ公は許されているのかとそんな声を上げたりもしていたが、マーハティ公は直接王城に赴き、父の不義を詫びた上で、相応の品々を献上していて……そんなことを言うのならそれと同じか、それ以上の品を献上してみせろと、手痛い反論を招いてしまう。


 西方商圏を支配するマーハティ公以上の品を用意できる貴族など、国内にいるはずもなく……結果、声を上げた者達は領地を献上という形で没収されてしまった。


 そうやってリチャード王子はあっという間に王家の直轄領と同じ広さの騎士団領を作り出し、直轄領と騎士団領を王城で一括管理するという……王城に様々な権限を集中させるという体制を構築し始めた。


 そうして増えた負担に一部の内政官達が声を上げた。


『仕事量に対して人手が足りなさ過ぎる!』


 するとリチャード王子はまさかの翌日に、数十人の人材を用意してみせた。


 騎士団内部で経理などを担当していた者、家を継ぐ事はできないが相応の教育を受けていた貴族の次男三男、戦争の中で経理事務を学んだ元志願兵……などなど。


 そういった人材をリチャード王子が確保しているという噂は耳にしていたがまさか本当だったとは、翌日すぐに動かせる状態にしていたとは……そうした人材に最低限の仕事が出来る程度の教育を行っていたとは。


 そんな風に驚きながらも内政官達はその人材を受け入れることにし、そのおかげでいくらか仕事が楽になる……と、すぐにまたリチャード王子が騎士団領を増やし、新たな仕事を作り出してくる。


 仕事が増えて人材が増えて、また仕事が増えて。


 そのうち人材が尽きたのか、仕事ばかりが増えるようになり……今のような状況が出来上がり、再度一部の内政官達が抗議の声を上げたのだが、返ってきたのは予想もしていなかった言葉だった。


『もう人材の数は十分なはずだ、それでも手が足りないというのであれば、それはやり方に問題があるのだろう。

 いつまでも古臭いやり方にすがっていないで、新しい作業方を発案するなり効率化するなりしたまえ。

 もし出来ないなどと言って無能を晒すのであれば、後のことはこちらで進めておくので安心して職を辞すると良い』


 リチャード王子が送り込んだ人材の数はかなりのものとなっていて……王城で働く内政官の過半数を占めている。


 そしてこの数ヶ月の間に彼らは、王子の言うところの古臭いやり方を学んでいて……内政官達がその言葉の通り職を辞したとしても、王子とその一派は問題なく業務を消化していくのだろう。


 王子達は最初からそのつもりだったのだろうと気付けない愚か者は王城には居らず……そこまでする王子に逆らっても良い未来はないだろうと誰もが頭を垂れて王子の言葉に従うことにし……どうにか業務を効率化出来ないものかと、渋々ながら知恵を絞り始めた。


 すると少しずつではあるが業務が効率化されていき、少しずつではあるが負担が減っていき……まだまだ忙しく十分な休みをとれているとは言えないが、それでもいくらかの休日を楽しむ余裕が出来はじめていて……内政官達は、王子への敬意を抱くと同時に、この国が本当に変わりつつあるのだという確信を得るに至った。


 まだまだ目に見える形で結果が出ているということはないが、確実に変化が起きていて……このままこの流れが進めば恐らく来年辺りには、その変化が目に見える形で結実するはず。


 そうなれば内政官達の仕事は楽になるだろうし、財政や平民への負担も減るだろうし……確実に国力は増すだろうし、リチャード王子の一派の権勢は凄まじいものとなるだろう。


 そうなった時、王子は何をするつもりなのか……ただの内政官の身では、それを予想することは出来ないが……その権勢に見合う、大きなことを成そうとするだろうということは嫌でも分かる。


 ここまでしたからには歴史書に名を残すような何かを成そうとしていることは明白で……その何かのためにリチャード王子は、性急とも言える改革を断行しているのだろう。


 ……と、そんな事を考えながら、ある内政官が仕事を進めていると、執務室のドアを開けてリチャード王子が中へと入ってくる。


 それ自体はままあることで、今日もまた様子を見に来たのかと内政官のほとんどが仕事に戻る中、室長が王子へと駆けよりいつもの媚びた様子での挨拶をし始める。


 その様子をぼんやりと眺めて……眺めながら手を動かして、そうしてその内政官がいつものように王子が立ち去るまでの時間を過ごそうとしていると、王子と仕える騎士の一団が何故だか自分の下へとやってきてしまう。


 自分の下へとやってきて立ち止まり、顔を見て手元の書類を見て、そうしてから王子は、その内政官にだけ聞こえるような小声で語りかけてくる。


「中々優秀なようだが……その力ここよりも活かせる場所があるのではないか?

 一度終わった国を立て直すため、力を貸して欲しい」


 その言葉を聞いて内政官は混乱する。


 何故自分に? 今王子は何と言った? 立て直す? この国を? 一度終わった?


 それからどうにか頭の中を整理して、混乱から立ち直り……王子が何を言わんとしたのかを懸命に理解していく。


 確かにこの国……サンセリフェ王国は一度終わりかけた国だ。


 帝国に追い詰められ敗北寸前となり……そこまでいっても国内が団結することはなく、陛下が内政に長けていなければ内部から崩壊してしまっていたことだろう。


 陛下の手腕のおかげ、それと戦場から届く連戦連勝の吉報のおかげでどうにか国体を維持していたに過ぎず……見方を変えればこの国は、既に終わってしまっている国なのかもしれない。


 だからこそ王子は改革を急いでいるのだろう、古臭い方法では駄目だと、新しい国のあり方を作り出さなければ駄目だと、自分達の尻を叩いているのだろう。


 ……もしかしたらアースドラゴン討伐の際、手柄を立て損ねたという焦りもあるのかもしれないが、それ以上に王子はこの国のことを憂いているに違いない。


 そしてきっと王子は今までにない、全く新しい形の国を……国家運営を想定しているのかもしれない……と、そんなことを考えてから内政官は勢いよく立ち上がり、王子の言葉に応える旨を口にし……それを受けてリチャードがにっこりと微笑みながら手を差し出してくる。


 その微笑みは端から見るとどこか寒々しい……薄暗い何かを含んだものだったのだが、その内政官には特別な……自分への信頼感を含んだもののように感じられて、そうしてその内政官は差し出された王子の手を、両手でしっかりと握るのだった。



――――その様子を後方で見守りながら ナリウス



(うーん……殿下は国を建て直そうとしていると同時に、ぶっ壊そうともしてるんスけど、そこんとこ分かってるんスかね~)


 リチャードの後方に立ち、いかにも役人受けしそうな堅い表情を作り出しながらナリウスは胸中でそんなことを呟く。


 リチャードが国を建て直そうとしているのは事実だが、建国から続く名家も容赦なく処断したり、新道派の神官達を支援したり、王国法の改正にまで着手したりとしていて……伝統や慣例といったようなものを、徹底的に壊そうともしている。


 その余波は大きく、ナリウスからすると余計な敵まで作っているように見えて……実際、領地を没収された一部の貴族達は、その経験と知識を活かしての厄介な盗賊と化していたりもする。


 軍事に詳しく地理に詳しく統制が取れていて、効率的に盗賊行為を行うものだから、討伐も対策も上手く進んでおらず……そういったリチャードの改革によって発生してしまった課題は山積している。


 それをどうにかしようと人手を集めている訳で……その辺りのことを一切説明していないということには、悪意すら感じられた。


(ま、帝国なんかの動きを見るに、急ぎでそうしなきゃいけないんだってのも分かるんスけどね。

 何もしない無能連中よりはマシで、確実に平民達の生活も楽になっていて……ギルドとしても助かってるッスからねぇ~、文句はないッスよねぇ~)


 ギルドに敵対していた貴族が減って商売がやりやすくなるだけでなく、ナリウスが側近として最新の情報を手に入れていることで、ギルドはかなりの恩恵を受けていて……ナリウスとしては文句もなく、行ける所までリチャードについて行こうとの覚悟を決めつつあった。


(今年はこの改革で手一杯、来年になる頃には基礎が出来上がるはず。

 改革の結果が出るのはまだまだ先にしても、基礎が出来上がって仕事が減れば動きやすくはなるはずッスからねぇ。

 ……殿下が目的のために本格的に動き出すのは、来年からってとこッスかねぇ)

 

 更にそんなことを考えたナリウスは、リチャードが歩き始めたのを受けて全身に力を入れ直し、苦手としている姿勢を正してのキビキビとした動きでもって、リチャードの後についていくのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はあれから数日後のディアスとゴブリン達の予定です



それとお知らせです

明日19日、18時頃、コミックアース・スターさんにて最新42話が公開予定です


明日外伝集でも告知しますが、ぜひぜひチェックして頂ければと思います!



応援や☆をいただけると、ナリウスの財布が膨らむとの噂です。

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