第343話 喧嘩をしたなら握手を交わし



「始め!」


 とのアルナーの……宴の余興としてこれ以上ないと嬉しそうで楽しそうな笑みを浮かべるアルナーの合図をきっかけに向かい合ったゴブリン達が動き始める。


 一対一とは特に決めていなかったので6人全員で動き始め……だけども全員同時の攻撃はしてこずに、まずはという感じで前に進み出た頭目が構えた槍を突いてくる。


 中々の一撃だったが回避出来ないものではなく、私が体をひねって回避すると頭目は間を置かずに攻撃を繰り返してきて、それらも問題なく回避してみせる。


 どの攻撃も狙いが良く、かなりの腕前ではあるのだがクラウスと比べると今ひとつというか……速度が足りず、余裕を持った回避が行える。


 とは言えゴブリン達の体の大きさを思うと仕方のないことなのだろう。


 背丈で言えば私達の半分程で、それでこれだけの攻撃を繰り出せているのだから大したものだと思う。


 それと……攻撃の度に尾びれが激しく動いていることを見るに、やはり彼らの本当の力が発揮されるのは水中なのだろう。


 尾びれで水を蹴ってその勢いを足したなら、クラウス以上の鋭い一撃となるはずで……そうなるとこんなに簡単には回避出来ないはずだ。


 そもそも水の中だと私は満足に動くことが出来ないだろうし……戦いは一方的なものになるに違いない。


 そんな状況でも頭目は決して諦めず、かといって自棄になる訳でもなく冷静に、私の動きをしっかり見た上での攻撃を放ってきていて……不利を承知の上で楽しんでいるというか、不利な状況の中であえて挑むことを楽しんでいるかのようだ。


 大きな口の口角をぐいと上げて鋭い牙をむき出しにして、そんな頭目の笑顔は輝いていて……他のゴブリン達も満面の、少しだけ怖い笑みを絶やさずにいる。


 笑みを浮かべながら「がぁぁぁぁ!」と叫んでいたり、笑みを浮かべたままベロリと自分の口の周りを舐めあげてみたり、鋭い爪のある手をワキワキとさせてみたり、手にした手合わせ用の槍を振り回してみたり。


 少しだけ悪どく見える笑顔でゴブリン達はこの状況を楽しんでいるようで……そんなゴブリン達にはしっかりと、彼らの望む形で応えるべきだろうと考えた私は、手にした手合わせ用の木斧を……壊れてしまわない程度の勢いでもって振り下ろす。


 すると頭目はそれをギリギリという所で回避して……姿勢が崩れた所に追撃を放つ。


 そこからは私が一方的に攻撃することになり……十回ほど斧を振るったところで頭目は回避しきれなくなり、木槍でもって木斧を受けて……受け方がまずかったのか木槍が折れる。


 それを受けてすぐに他のゴブリンが駆けてきて、頭目と同じように攻撃を放ってきて……それを6人分繰り返したなら、今度はナルバントが用意してくれた新しい槍を受け取ったゴブリン達、全員同時の攻撃が開始される。


 狙いは正確、連携も出来ている、だけども流石に疲れがたまっているようで、先程までの鋭さはなく、まだまだ体力に余裕がある私は、ゴブリン達の攻撃を余裕を持って回避し、時には受けて受け流し……そうしてからゴブリン達が怪我しない程度の威力でもって反撃していく。


「まさか息を切らせることもできんとは!?」


「ぐううむ、底が見えん!」


「がぁぁぁぁぁ!」


「これが陸地の王か!?」


「で、伝説に偽りなし……!」


「お、おお、戦神よ、我らの誉れを見よ!」


 なんてことを言いながらゴブリン達は木斧での攻撃を受けるなり回避するなりし……数度繰り返したならもう限界だと地面に伏したり木槍を手放したりとしていき……最後に頭目が両手両足と尾びれを投げ出し、仰向けに倒れたことで手合わせが終了となる。


「……ふぅぅぅ、まさかこれ程とは……。

 メーアバダル公、感服と感謝の至り……礼を言わせていただく。

 それで……これ程の歓待に気持ちの良い喧嘩に、ここまでして一体、我らに何を望むと言うのか?」


 仰向けになって荒く息を吐き出しながらの頭目のそんな言葉に、私は首を傾げてから考え込む。


 旅人がやってきた、だから歓迎した。

 基本的にはこれだけの話で……歓迎の目的である情報収集も大体完了している。


 あとは故郷まで安全に帰ってもらってイルク村の話を広めてもらえればそれでよく……他に何か目的があるとするなら……、


「何を望むかと言われると……友好になるかな。

 仲良く商人や旅人が行き来できる関係になって、交易とかできるようになったら最高だな。

 良い塩魚が手に入るようになったら、色々な料理が食べられるようになりそうだしなぁ、他にも色々な海の品が手に入るのだろうし……うん、そうなってくれたら最高だな」


 友好、それしかないと素直に返すと、頭目は丸い目を更に丸くしながら言葉を返してくる。


「友好と交易、それだけか? 人間族の王であれば臣従を……支配を望むものではないのか?」


 王? そう言えばさっきもそんなことを言っていたな……。


「いやいや、私は王ではなくただの領主だし……友好を結べたらそれで十分だよ。

 臣従とか……支配とか、そのための戦争とか、そういうのは興味ないな」


 私がそう言うと頭目は何故だか驚いた様子で起き上がり、何故だか混乱した様子で口を激しく動かす。


「い、いやしかし、聞けば貴殿は荒野開拓を進めているのだろう? どこまでもそれを進めていって、いつかは海をも支配しようと望んでいるのだろう?」


「いやいや、確かに荒野を開拓はしているが、それは荒野が無人かつ岩塩が取れる場所だったからというだけで……どこにあるかも分からない海まで領地にしようとは思っていないぞ?

 海辺の街と交易したいとは思うし、海まで街道を伸ばせれば色々と便利なのだろうが……そこまでのことは流石に私の手には余りそうだ。

 この国の王様だって、ここまで手が届かないから、遠方にいる自分にはどうにも出来ないから私に領主という形で管理を任せている訳で……王様でもそうなのだからなぁ、私なんかがそこまで望むのは無謀というものだろう。

 最近そこら辺のことを勉強しているんだが、建国王も結局、大陸の端まで手を伸ばしてしまって……伸ばしすぎてしまって国の分裂という結果を招いてしまった訳で……つまりはまぁ、人の手には限界というものがあるのだろうな」


「……ふ、む……。

 では……仮の話になるが、貴殿らが手を付けていない荒野の、南部の一帯を我らが支配しようとした場合、貴殿らはどうするのだ? それを許すのか?」


「ん? 荒野の南部をゴブリン達が、か?

 私達が領地にしていない所なら文句を言う筋合いもないし……そこに住んで管理してくれるというのならありがたい話だと思うぞ?

 そこに行けばゴブリン達から海の品を買えるようになるんだろうし、メーア布を買ってくれるようになるんだろうし、友好的な交易相手が出来るというのはありがたいばかりだよ。

 ん? なんだ? どうしたヒューバート?」


 そう私が頭目に問いの答えを返していると、話を聞いていたらしいヒューバートが近くへやってきて、小声で囁いてきて……それは今する話なのだろうかと内心で驚きながら囁かれたことを、頭目に伝えてくれと言われたことを口にする。


「あー……出来ることなら入江に港を整備して、港から荒野北部、私達の領地までの街道を整備して欲しいらしい。

 もしそれが出来るのなら……食料などの物資や、金銭的な支援もするそうだ。

 あとは……相手がモンスターに限ってだが、防衛のための援軍も出すそうだ。

 ……いや、ヒューバート、港のためにそこまでするのか? え? ああ、そうか、ゴブリンが水中から船を守ってくれたら座礁や難破の心配が無いのか、そうすると……儲かるものなのか?」


 私の言葉の途中でヒューバートがまた囁いてきて、それに対して私が反応するとヒューバートから待ったがかかって……いや、会話をしている時にあれこれ言われても対応しきれないぞと頭を掻いていると、頭目が……ゴブリン達が「ギャッハッハ!」と笑い声を上げ始める。


 大口を開けて笑って笑って、笑いすぎて呼吸が苦しくなったせいなのか、首の両脇辺りにある穴……エラというんだったかをバタバタと動かして、ヒィヒィ言いながらゆっくりと立ち上がり、こちらへとやってきて、頭目が代表する形でスッと手を差し出してくる。


 そのままゴブリン達は何も言わずに笑い……それが友好と港の話を受け入れるとの意思表示を受け取った私は、その手をしっかりと握り……それから次々に手を差し出してくるゴブリン達と握手を交わしていくのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回は視点を変えてのあれこれの予定です


応援や☆をいただけるとヒューバートの心労が軽減されるとの噂です。

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