第342話 喧嘩


 領外からの客人と言うと獣人国のヤテンのことが思い出されるが、ヤテンのような客人と旅人では歓迎の仕方が変わってくるものらしい。


 そこまで格式張った対応にはならず迎賓館も使わず、雰囲気としては普段の宴とそう変わらない。


 だけどもここメーアバダル領が貧しい領だとか、何もない地域だとか侮られる訳にはいかないので、普段の宴よりは力の入った盛大なものとなっている。


 やってきたのが遠方であればある程、盛大に力を込めた歓迎をして……メーアバダル領の名前を遠方まで広げてもらえればそれで良し。


 そういう訳で挨拶もそこそこに、ゴブリン達には広場に用意した席に移動してもらい……歓迎の料理やら酒やらが振る舞われることになった。


 それを受けてゴブリン達は、思っていた以上の歓迎だったからか驚き困惑した様子を見せていたがすぐに受け入れて、料理を大きな口で食べ、酒を大きな口で飲み干し……そうしながらすぐ側の席に座ったヒューバートやエリーに旅の思い出を話し始める。


 旅人を歓迎するのが領主の義務であるならば、歓迎された旅人が旅の話をするのもまた義務なんだそうだ。


 まずはここまでの旅路の話、それから旅の中で耳にした噂などの情報、最後に自分達の故郷の話なんかをして……質問を投げかけられたなら出来る限り真摯に答えていくものらしい。


 無人の荒野を進んできたゴブリン達から噂などの情報を得ることは出来ないが、荒野の南方がどんな気候なのか地形なのか、海からここまで大体徒歩で何日くらいの距離なのかという情報は得ることが出来て……更には荒野の南に大入り江なるものがあるなんて情報も得ることが出来た。


 その大入り江は、大地を三日月のような形にえぐったかのような形をしていて……その長さはまるで大きな川のようであるらしい。


 大きな川のようだがそこに流れる水は海水で、多くの海の生物が暮らしていて……水温がとても高いこともあってか、ゴブリン達にとっては過ごしやすい場所なんだそうだ。


 過ごしやすい場所ではあるが、大入り江の北端まで進んだ辺りは荒野から流れ込む土のせいで水がひどく濁っているらしく、ゴブリン達がそこまで北上することは極稀なことであるらしい。


 それでも北上する者はいて、あえて濁った水の中で遊ぶ者もいて……そうした者達がおかしなトカゲを目撃したことが、ゴブリン達の旅のきっかけだったんだそうだ。


「我らをあえて煽るような態度を取り、北へと誘導し……てっきりこの地の関係者かと思っていたのだが、どうやらそうでもない様子。

 あのトカゲが何だったのかは結局分からず終いだが……古の約定のこともある、意義ある旅ではあったな」


 宴の最中、私の隣の席に座ったゴブリンの頭目のそんな言葉を受けて、私は首を傾げながら言葉を返す。


「トカゲのことも気になるが……古の約定とは、どんな約定なんだ?」


 すると頭目はコクリと頷いて、尻尾のような尾びれをユラリと揺らしてから言葉を返してくる。


「うむ、口伝がゆえ我らも正確には知らぬのだが、かつて死の大地には人間族の王が建てた城があったらしい。

 そしてもし死の大地に城が再建されることがあったなら、どんな形でも良いから力を貸して欲しいと、賢人の弟子と当時の族長が約定を交わしたそうだ。

 我らがゴブリン族と名乗るようになったのも今のような繁栄を得たのも、全て古代の賢人のおかげだそうでな、我らにとってこの死の大地は、時が流れようとも決して忘れる訳にはいかぬ、特別な地であったのだ。

 ……とは言え、この様子だと城が建つのはまだまだ先のことになりそうだがなぁ」


「ふーむ……城は流石に建てる予定がないというか、必要がないというか……。

 東西の関所で十分だろうしなぁ……少なくとも私達が建てることはなさそうだな」


「……ほう? 関所とな? それは一体どんな造りになっているのかな?」


「うん? まぁ、東側の関所はこう……木の杭を並べて作ったような感じで、追々石造りのものに改築していく予定になっていて……西側はこう、石造りの四角形というか、そんな感じにして……あとは関所から左右に大きな石壁を伸ばしていく予定になっているな」


 身振り手振りでそう説明すると頭目は目を丸くし、ズイと身を乗り出しながら力のこもった声を返してくる。


「その石造りの関所とは、どれ程の大きさなのだ? 中に……貴殿くらいの体躯の人間族が、何十人くらい入る事ができるのだ?」


「まぁ……入れようと思えば数百人はいけるんじゃないか?

 広い中庭があるし、宿泊用の部屋もある訳だし……」


「……石造りでそれ程の規模であるのなら、それはもう城なのでは?」


「ん? いやぁ……どうだろうな?

 私からすると城っていうのはこう……空に向かって高く、そびえ立っているものという印象があるがなぁ」


 そんな私の言葉を受けて頭目は、大きく丸い目をギョロリと動かし、鋭い牙だらけの口をしっかりと閉じ……ザラザラとした肌で覆われた、自らの顎というか喉の辺りを撫でながら何かを考え始める。


 考えて考えて……それから膝をバシンと叩いてから言葉を返してくる。


「メーアバダル公、その関所を後で見学させて欲しいのだが……もう一つ、我らと手合わせをしてはくれないだろうか?

 仮にその関所が城のような……城と言って良いものだったとしたら我らは古の約定を守るため、貴殿らに力を貸すことになるだろう。

 ……が、貴殿らがどんな人物なのか、どの程度の力を持った存在なのかが分からぬことには、力の貸しようがないというか、どの程度まで力を貸したら良いかの判断がつかぬ。

 ゆえに手合わせだ、かの鷹人族殿が最強と評した貴殿の力を是非とも見せて欲しい。

 ……これは個人的な、戦士としての好奇心もあってのことだが……どうだろうか?」


「……せっかくの宴の場を血で汚す訳にはいかないから、お互い怪我をしないように配慮した手合わせなら構わないぞ?」


 私がそう返すと頭目は、無言で俯いて……少しの間があってから大きく頷いて「ではその条件で」と、そう言って立ち上がる。


 そして広場のあちこちで語り合っていたり、食事をしていたりする仲間達に声をかけ……声をかけられた仲間達もまた立ち上がり、腕を伸ばし尾びれをうならせ腰をひねって……体を動かす準備をし始める。


 更には私達の話を聞いていたらしいアルナーまでが動き始め、適当な木の棒に布を巻き付けた手合わせ用の武器を用意し始めて……そんな様子を見てか、村の皆も立ち上がって移動して、広場を囲うような円陣となり、手合わせのための場を作り出す。


 余興を期待しているというかなんというか……ゴブリン達の力量を見てみたいという好奇心もあるのかもしれないなぁ。


 改めてゴブリン達のことを見てみると、体の大きさは私達、人間族の半分程度で、手足は短く太くがっしりとした印象で……牙も爪も鋭く、それらで攻撃されたなら相応の怪我を負うだろう。


 犬人族のマスティ氏族を思わせる体躯だけども、手の形は人間族に近く指もしっかりしていて……武器なんかも器用に使いこなすことだろう。


 そもそも槍や尾びれにつけたリングなどのアクセサリーなんかを作っているのだから、器用さはかなりのもののはずで、犬人族と同じように考えていると痛い目に遭いそうだ。


 ……そうなると、ある程度本気を出すべきだろうか?


 戦士としての……なんてことを言っていたし、変に手を抜くと機嫌を損ねてしまうかもしれないしなぁ……。


 しかしここまで長旅をしてきてくれた客人に怪我をさせたなんてことになったら大事だし、怪我をしないよう配慮しようとも言ってしまったし……どうしたものだろうかなぁと、頭を掻く。


 すると……、


「メーアバダル公、我らゴブリン族の楯鱗は鉄器での一撃をも跳ね返す強度でな……そう簡単に傷はつかん。

 それに強者につけられた傷であれば、我らの海においては誉れとなるゆえ……仮にそうなったとしても気に病む必要はない。

 ……そして我らとて無闇に貴殿のような戦士を傷つけたくはないのでな、相応の配慮はするつもりだが……同時に配慮なんてものをかなぐり捨てて、貴殿の本気を見てみたいという強い想いもある!

 この矛盾した想いを解決するには……もう本気で楽しい喧嘩をするしかないように思うが、如何だろうか!?」


 と、頭目がそんなことを言ってから、その両腕をバシンと自らの胸に打ち付ける。


 それを受けて他のゴブリン達も似たようなことをしたり大口を開けて「ガァァァァ!」と吠えてみたりと、気合の充実っぷりを見せつけてくる。


 相手を怪我させたくはない、だけども相手を失望させたくない……そして相手の本気を、その力量を見てみたい。


 どうやらゴブリン達はそんな、私に似た想いを抱いているようで……アルナーが作った手合わせようの槍を手にしながら、大きな口を歪ませてのなんとも言えない笑みを見せてくる。


 そして私の下にも戦斧に見立てた木製の武器が運ばれてきて……それを手にした私は、しっかりと両手で握って構えて、ゴブリン達に向かい合うのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はディアスVSゴブリンです。



応援や☆をいただけると、ディアスの筋肉が一段盛り上がるとの噂です。

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