第341話 準備と到着



――――イルク村の竈場で ディアス



 帰還したサーヒィからの報告を受けて私達は、大慌てでゴブリン達を助ける……というか歓迎するために動き始めた。


 まずは水の運搬、乾ききった6人分となるとサーヒィ達だけでは負担が大きすぎるとなり、鷹人族の村に頼んで運搬を得意とする力自慢の者達に手伝ってもらうことになった。


 鷹人族達はまた良い稼ぎが出来ると喜び勇んで声を上げてくれて……20人程で交代しながら、北上し続けているらしいゴブリンの下へ水や食料を運んでくれるそうだ。


 鷹人族に任せるだけでなく、ラクダや馬車を使っての運搬をしてはどうかという声も上がったが……荒野はまだまだ整備が進んでおらず、街道も休憩所も井戸も無い中を重い荷物を積んでの馬車での長距離移動は難しいとのことだ。


 ある程度の距離まで……岩塩鉱床のある辺りまで近付いてきたなら、ヒューバート達が迎えに行く予定にはなっていて、それまでは鷹人族に頑張ってもらうことになりそうだ。

 

 荒野まで迎えに行くのであれば色々大変だろうから私も、と声を上げたのだが、貴族の公爵がそんな風に迎えに行くのは異例というか問題があるらしく、到着まではイルク村で待機することになった。


 待機して堂々と構えて……貴族らしい態度で旅人と迎え入れればそれで良いんだとか。


 そしてゴブリン達という旅人がやってくるとなって、特に張り切っているのはアルナーを始めとする婦人会の面々だった。


 鬼人族の風習として、旅人が来たならその家、あるいはその村総出で歓迎しなければならない、というものがあるらしい。


 特に遠方からの……過酷な旅を経てやってきた旅人は尚更で、十分な歓迎できなければ恥さらしというか、家や村の格を落とすことになるというか……末代にまでそしりを受けることになってしまうんだそうだ。


 旅人は様々な情報を外から持ってきてくれる、それだけでなく様々な品を持ってきてくれるし、食料やメーア布を買ってくれるし……しっかりと歓迎したならばまた足を運んでくれるかもしれない。


 更には旅先でここは良い場所だった、これ以上ない歓迎を受けた、楽しい日々を過ごしたと話を広げてくれるかもしれず……さらなる旅人を呼ぶ結果に繋がるかもしれない。


 ましてや今回は遥か遠方の海からやってきた旅人……様々な恵みをもたらす海との縁が出来たなら、どれだけの人と物が流れてくることやら。


 ……と、そんな風に多少の食料と酒を歓迎のために使ったとしても、それ以上の利益があるものなんだそうで、数日の内に到着するだろうゴブリン達のためにと、アルナー達は今から支度をしているらしい。


 ヒューバートやダレル夫人が言うには、王国法にも似たような内容のものがあるんだそうで、王国の領主はその領地に訪れた旅人を保護する義務があるらしく……この法律も大体同じ理由で作られたものなんだそうだ。


 旅人を冷遇した街は凍りつく、なんて言葉まであるとかで……旅人から悪評が立てば行商が来なくなり移住者が来なくなり、人と物の流れが止まって……街そのものが成り立たなくなるらしい。


 他にも貴族としての沽券というか面子というか、評判にも関わってくるし、ましてや公爵ともなれば、その爵位に相応しい対応が求められるとかで……ヒューバートやダレル夫人もアルナー達の手伝いをしようと慌ただしく動き回っている。


 犬人族達はアルナーの手伝いと、鷹人族の手伝いで駆け回り、私やセナイ達はアルナー達の手が回らない家事を行い……他の皆もそれぞれ得意分野での活躍を見せてくれている。


 その規模はまるで宴のようで……宴と聞きつけたのかナルバントを始めとした洞人族達までが竈場の一画を借りて料理の準備に励んでいた。


「ほれ、坊、これが腸詰めの試作品じゃ、こっちは肉を叩いて叩いてまるめて焼いたもんで……どっちもな、白ギーのチーズを入れるとたまらん味になるという訳じゃのう。

 イルク村のチーズはアザミの花の独特の香りがするが、それがまた上手くハーブと合わせてやるとたまらん香りになってなんともたまらん。

 これが出来上がったらセナイ嬢ちゃん達のためにクルミ入りのやつも拵えてやるとしようかのう」


 作業が一段落したからとそちらの様子を見に行くと、両手に腸詰めと肉塊の入った鍋を持ちながらナルバントがそう声をかけてきて……うぅむ、どちらもかなり美味しそうだ。


「これはまた手の込んだ料理だなぁ……というかナルバントが料理が得意というのは意外だったな」


 私がそう返すとナルバントは「むっはっは!」と笑ってから言葉を返してくる。


「そりゃぁ嬢ちゃん達のようにはいかんかもしれんが、料理ってのも一つの工作みたいなもんじゃからの、器用な指先があればある程度は出来るもんじゃわい。

 それにこいつぁの……どちらも酒の肴にちょうど良いもんでの、酒好きの洞人族であれば誰だって作れるもんという訳なんじゃ」


「ああ……なるほど……。

 そうなるとゴブリン達が到着したなら、村を挙げての酒宴ってことになりそうだな」


「おうよ! 旅の疲れは酒で癒やすのが一番じゃ!

 ……それに連中は海に住んどるもんなんじゃろ? ならば海では珍しい肉料理を喜んでくれるに違いないわい。

 うんまい酒にうんまい肉に、ここでしか口にできんもんを口にしたなら、また来たいと思うようになるじゃろ?

 そうなるように歓迎しなきゃぁ歓迎の意味がないからのう……このうんまい肉料理で連中の度肝を抜いてやるわい」


 そう言ってナルバントはまた笑い、次なる料理の調理へと取り掛かる。


 そしてその様子を少しの間、見つめていた私は……周囲の婦人会が慌ただしく動いていることに気付いて、彼女達を手伝うためにそちらへと足を向けるのだった。



――――数日後 イルク村に向かいながら ゴブリン達



 鷹人族が何度も繰り返し運んでくれた物資で乾きを癒し、最初に贈られた軟膏で乾きを抑え、すっかりと軽くなった足取りでずんずんと北へと進み……そうしながらゴブリン達は少しずつ変わりゆく荒野の景色を楽しんでいく。


 大きな渦巻きのような岩塩鉱床を過ぎてから、荒野の景色は少しずつ色付いていて……小屋があり荷車か何かのわだちがあり……その周囲にはよく見なければ分からない程の小さな……本当に小さな草や、虫の姿がある。


 つい最近何者かがこの辺りを行き来するようになったようで、荷車の車輪辺りにひっついた草の種や虫が運ばれてきて、その何者かが落とした食べ残しなどが肥料となって……そうしてこの荒野はゆっくりとした変化を迎えているようだ。


 そんな景色の変化と同時にあれだけ暑かった気温も落ち着いてきて、北から爽やかな風が吹いてきて……そういった変化もまたなんと心地良い。


「ここまで来れば後少しですよ」


 するとゴブリン達の前を歩く、ヒューバートと名乗った人間族がそう声をかけてきて……その態度もまたゴブリン達には爽やかに感じられた。


 鷹人族から話を聞いていたからか、自分達の姿を見ても驚くことなく恐れることなく……そして侮ることなく真摯たる態度で接してくれている。


 その様相は弱々しく、戦士ではないことは残念ではあるが、それでもその態度は好ましいもので……周囲にいる護衛の姿もまた好ましかった。


 見るからに鍛えていることが分かる太い脚に、立派な牙に爪。


 マスティ氏族と名乗ったその戦士達は油断なく周囲を見回していて……それでいてゴブリン達にもいくらかの警戒心を向けている。


 ゴブリン達が何かをしようとしてもすぐ対応出来るよう、鎮圧出来るよう、しっかりと意識を向けていて……そのことにゴブリン達は感心してしまう。


 よそ者を警戒するのは当然のこと、警戒しながらもそれを表に出さず、相手を不快にしないよう気を使っているというのがまた、素晴らしいことで……その練度の高さも相まって、思わずこの場で勝負を挑みたくなる程だった。


 そんな思いをぐっと抑え込みながら歩いて歩いて、北へと向かっていると……懐かしくすら思える水音が聞こえてきて、真水の匂いが漂ってきて……そうかと思えば前方に、荒野を貫く川が見えてくる。


 その川は小さく細く……その先にほんの小さな水たまりを作るのが精一杯のものだったが、それでも水が流れる光景を目にすることが出来たというのはゴブリン達にとって、たまらなく嬉しいもので……軽かった足取りが更に軽くなっていく。


 その小川を遡る形で更に更に足を進めて、何度かの休憩を挟みながら足を進めていくと、無限にも思えた荒野の光景が終わりを告げて、その代わりとばかりにどこまでも果てなく広がる草原の光景が視界に入り込んでくる。


 草を踏む独特の感覚に驚いて、草の先が足や尻尾を撫でてくる感触に笑って、そうしながら足を進めると……川はどんどん太くなり、その両岸がきっちりと整備された立派なものとなっていって……そして、賑やかに煮炊きの煙を上げる話に聞いていた以上に広く、立派な村の光景がゴブリン達を出迎えてくれる。


 村のあちこちから聞こえる賑やかな声、ゴブリン達を歓迎するためのものなのか、そこかしこに花飾りのようなものがあり……奥の方から漂ってくるたまらない匂いから察するにかなりの量の料理も用意されているらしい。


 そして何人もの、様々人種の人々が興味深げにゴブリン達に視線を向けていて……その視線の中に警戒や侮蔑の色はなく、ただただ好奇心があるのみだ。


 中には幼い子供もおり、お客さんが来たからとソワソワとしていて……その様子はなんとも愛くるしい。


 そんな温和で豊かな光景にゴブリン達は思わず目を奪われ、ため息を漏らす。


 無謀な旅の果て、死の大地を踏破したからこそ目に出来る光景、死さえ覚悟したゴブリン族の伝説に残るだろう冒険の報酬がそこに広がっていて……感無量としか言いようがない感情が心の中を支配していく。


「ようこそイルク村へ、歓迎するぞ」


 すると一人の人間族が前に進み出て来ながらそう声をかけてくる。


 案内をしてくれた男とは比べ物にならない立派な体躯、鍛えていることがよく分かる太い腕……そして全身から放たれる圧倒的な覇気。


 それらはゴブリン達が予想していたものよりも数段上のもので、思わず怯んでしまいそうになるもので……これ程の人物がこれだけの力の入れようで歓迎してくれているということが、嬉しくて嬉しくてたまらないゴブリン達は、しばしの間返事をすることも忘れて、感嘆のため息を漏らし続けるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はゴブリンについてのアレコレの予定です


そしてご挨拶です


あけましておめでとうございます!

今年もこの作品を楽しんでいただけるよう、励んでいきますので引き続きの応援をしていただければと思います!


書籍9巻やコミカライズの続きなどなど、WEB連載以外にも色々頑張っていますので、そちらも合わせてどうぞよろしくお願いいたします!!



応援や☆をいただけると、洞人族の髭が艷やかになるとの噂です

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