第340話 鷹人族とゴブリン
――――荒野の空を舞い飛んで サーヒィ
ディアスがそれなりの時間をかけて……かなりの苦心の末に短く書いた手紙とペイジンの軟膏を、ゴブリン達へと届けるように頼まれたサーヒィは、翌日の早朝から荒野へとやってきていた。
荷物は少量、風はよく吹き、気温が高いのもあってスイスイと空を進むことが出来る。
気温が高くなると空気が軽くなり、空気が軽くなると高く飛び上がるのに力を使わずに済む。
更に魔力を使ってやれば体が大きく浮き上がり、しっかりと風に乗ることが出来て……ウィンドドラゴンの素材で作った防具を身に着けていても、普段の飛行と全く遜色がない。
友好を求めての接触であることを考えると、防具なんてものは邪魔に思えてしまうが……相手が突然攻撃してこないという保証はどこにもなく、ディアスの強い希望もあってサーヒィは、完成したあの時から更に改良されて、より飛びやすく頑丈になった防具をしっかりと身に付けていた。
(ま、このオレが地上からの攻撃を食らうなんてこと、あり得ねぇんだけどな)
と、そんなことを考えながらサーヒィはゴブリンを目にしたあの地点へと向かっていて……そうしながらその鋭い目を地上に向け続ける。
あれからそれなりの時間が経っていて、移動を続けているとするならゴブリン達はそれ相応の距離を移動しているはずだ。
もちろんあの場に留まり続けている可能性もあるし、南に引き返した可能性も、何かがあって西や東に向かった可能性もあり……今ゴブリン達がどこにいるのかを示す僅かな痕跡も見逃す訳にはいかないと、その目にも魔力が込められている。
鷹人族の目は特別な目だ、どんな高度からも地面を駆ける小さなネズミを見つけることが出来る、巣穴に潜むウサギや雪の下を進むネズミさえもあっさりと見つけることが出来る。
それに魔力を込めたなら地面を這う虫さえも見つけることが可能で……そんな目でもってサーヒィはあれからもずっと北へと進み続けていたらしいゴブリンの一行を発見する。
ゴブリン達はまだまだ荒野の北部……ディアスが領地とした一帯には到達していない。
だがサーヒィの翼で行き来が出来る程度の距離まで近付いてきていて……一体これまでにどれだけの距離を移動してきたのだろうか? と、サーヒィはそんな疑問を抱く。
サーヒィの目でも荒野の果てを見ることは出来ない、ゴブリン達がいたはずの海やその痕跡を見つけることは出来ない。
ゴブリン達はこの夏の日差しの下、そんな距離を移動してきたはずで……無謀なことをするなと、そう思わずにはいられない。
侮蔑する気はないが、尊敬出来るものではなく、理解に苦しむと言ったら良いのか……これから上手く交流出来るのだろうかと、そんな気分にもなってしまう。
……と、サーヒィがそんなことをつらつらと考えていた折、サーヒィのことを見つけたのか、眼下のゴブリン達が騒がしくなる。
こちらを見上げて大きく口を開けて何か声を上げていて……サーヒィは攻撃されるかもしれないと警戒心を高めながら高度を下げていき……ゴブリン達の声を聞こうとする。
グルグルと円を描きながら慎重に高度を下げていき……そうして聞こえてきたのは、予想もしていなかった言葉だった。
「おお、なんと見事な鎧だ! 力強く美しく、それでいて空を舞い飛べる程軽いのか!」
「むうう、まるで水面を舞うエイのようではないか、美しい」
「鷹の戦士か! ふはははは、あの高さ、手も足も出んぞ!」
「これが地上世界か! この光景を見られただけでも冒険の甲斐があったというものだ!」
「むはははは、枯渇寸前で夢を見られたな!」
「ああ、ああ、これで悔いもない!」
妙に褒めてくれる、警戒するでも敵意を示すでもなく、予想もしていなかった好意を向けてきていて……そしてどこか不穏でもある。
枯渇? 悔いもない? 一体ゴブリン達は何を言おうとしているのかと、そんな疑問を抱きながらサーヒィは、ともあれ好意を向けてくれているなら話は早いと、高度を下げながらクチバシを開き、声を上げる。
「オレは使者だ、友好の使者だ! ここより北の一帯を治める、メーアバダル公の手紙と、友好を示す品を持ってきた!
敵意はなく攻撃の意図もない、これからそちらに向かうが構わないか!」
するとゴブリン達は大口を開けてのキョトンとした顔をする。
鷹が喋ったと驚いているのか、その言葉の内容に驚いているのか……あるいはその両方か。
しばらくの間、大口を開け続けたゴブリン達は、正気を取り戻すなり話し合いを始めて……そして全員が一斉に槍を地面に置き、両手を大きく広げて武器を持っていない、害意を持っていないと示し……そして先頭を歩いていた一人がサーヒィに声を返してくる。
「空の勇者よ! 北地の使者よ! 歓迎しよう! その公とやらが何者かは知らぬがその手紙、受け取らせていただく!」
その言葉を受けてサーヒィは、それでも慎重に警戒をしながら高度を下げていき……声を返したゴブリンの前にある、小岩の上に降り立ち、首から下げた小さな革鞄を翼でもってトントンと叩きながら声を上げる。
「この鞄に手紙と品が入っている! 品については手紙に詳細が書いてあるから、手紙を読んでくれ!」
すると先頭のゴブリンは躊躇することなく近付いてきて、警戒もせずに鞄に手を伸ばし……中から手紙と小瓶を取り出し、その場に座り込む。
そうして手紙を開いて……何の問題なく王国語の手紙を読み進めていく。
手紙の内容としてはまずディアスが何者であるか書かれている。
次に荒野の北部と、更に北にある草原が領地であることが書かれている。
そこに近付いてきているゴブリン達を見つけて、話し合いを行い、友好を結びたいとの結論を出したとも書かれていて……そのための話し合いや交流を求めているなんてことも書かれている。
ゴブリン達が望むなら水や食料、ユルトという家も提供するとまで書かれていて……ゴブリン側は何を望むのか、友好にあたっての条件は何か、何のためにここまでやってきたのかも教えて欲しいと、書かれていて……それを読み終えたゴブリンは、仲間達の下へと向かい、あれこれと話し合いを始める。
その話し合いの内容を聞こうと思えば聞くことが出来たサーヒィだったが、ここで盗み聞きなんて真似をする訳にはいかないだろうとあえて顔を背けて、頬に翼を当てる。
そうやってサーヒィは、かなりの時間待たされることを覚悟していたのだが……思っていた以上に早く、あっという間と言って良い程の早さで話し合いを終えたゴブリン達がサーヒィの下へとやってきて……先頭の一人がどういう意図なのかバシンッと、両腕で己の胸に叩きつけてから声を上げてくる。
「うむ、手紙読ませていただいた!
そして貴殿らが心からの友好を望んでいることもよく分かったのだが……その前に一点、どうしても確認しておかねばならんことがある!!
この……ディアスと言う戦士は強いのか! どのくらいの力を持っているのか! 空の戦士よ、答えてはもらえないだろうか!」
それを受けてサーヒィは、小さく首を傾げてから……そのくらいは教えても問題はないかと頷き、言葉を返す。
「ディアスの強さは本物だと思うぞ。
戦争で二十年も戦って救国の英雄なんて呼ばれるようになって、一人でアースドラゴンを狩った訳だし……ゾルグって隣村の戦士や、オレと一緒にウィンドドラゴンも狩っていて……オレが知る限り最強なんじゃねぇかな、あいつは」
そう言われてゴブリン達は、両の拳をぐっと握る。
そうして喜色に満ちながらも好戦的な笑みを浮かべ、やはり猛者が王なのかとか、噂は本当だったかと、そんなことを言い始め……そしてそのうちの一人が、聞き逃すことの出来ない、とんでもない言葉を口にする。
「水が尽きかけていた所にこの出会い……やはり神々は我らを見てくださっているのだ!」
「は? 水が? この荒野で!?
い、いやいや、なんで残り半分ってところで引き返さなかったんだよ!?」
その言葉にサーヒィが思わずといった感じで言葉を返すと、不快感を示すこともなくそのゴブリンは大きな口の口角をグイと上げた笑顔で言葉を返してくる。
「仕方あるまい! 見てみたかったのだ、未知の大地を!
己の内で渦巻く冒険心がここで引き返すなどとんでもないと叫んでいたのだ!
そんな冒険心があればこそ、我らはこの役に抜擢されたのだ、ここまで来れたのだ!
そもそも冒険心に突き動かされる無謀者でなければ死の大地を冒険しようなどとは思うまいよ!!」
つまりゴブリン達は己が冒険心に全てを任せた結果、真夏の荒野で遭難しかけていたらしい。
背負った大きな樽はほぼ空っぽになっていたらしい。
引き返すことはまず不可能、サーヒィとの出会いがなければ遭難死は確実で―――
「―――い、いやいや、まだまだ安心できねぇっつうか、現状かなり危ういだろ!?
どうにかディアス達に水を持ってこさせねぇと……っていうかもう、鷹人族総動員してでも水を運んでやらねぇとコイツらこのまま死んじまうんじゃないか!?
荒野に作ってる水路はまだまだ遠いし……ああもう、お前らここで大人しく待ってろ! 今から水やら食料やら運んでやるから!!」
サーヒィがそんな大声を上げるとゴブリン達はお互いの顔を見合ってから、大きく口を開けて……地面や己の胸や足を叩いての大笑いをする。
ここに来て良かった、良い出会いがあった、きっとあのトカゲは神々の使者に違いないと、そんなことを言い始めて……サーヒィは神々の使者のトカゲという、聞き覚えのある単語に首を傾げながら大きく翼を広げて力強く振るい、乾いた風の吹く大空へと、勢い良く飛び上がるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はイルク村に向かうゴブリン達の予定です
応援や☆をいただけると、ゴブリン達の鱗がちょっと潤うとの噂です。
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