第339話 ゴブリンへの手紙
南の荒野の、更に向こうからこちらに向かってきているらしいゴブリンという名の魚人達。
ユルトを建て終えるなりその場で、彼らとどうにか接触出来ないかと、そんなことをサーヒィと話していたのだが……それをユルトの中で寝床の準備をしながら聞いていたらしいペイジン・ドから、こんな意見が出てきた。
まず魚人である彼らがこちらまで到達するというのは難しい。
かといってまだしっかりとした水源が無い荒野にこちらから向かうというのも問題がある。
だからまずはサーヒィに手紙でも持っていってもらっての交流をしてみたらどうか? という意見だ。
「あっしらもそうなんですけんど、水の中に住まう亜人っちゅうのは肌がとっても乾きやすいもんで、乾きが過ぎるとひどいケガというか、火傷のような状態になってしまうんでさぁ。
だんから陸上を忌み嫌っている種族も多いでんども、王国語を喋っているっちゅうことは、陸の人間との交流があるっちゅう証拠でもあるでん。
王国の誰か……王国語を喋るだれかと交流があるからこそ王国語を覚えている訳で……ちゅうことは上手くやりゃぁディアスどん達でも交流できるはずでん。
あっしらの一族はそういうことには長けてるでん、こん立派な幕家を用意してもらったお礼っちゅうことで、今回は協力させてもらうでん」
と、そんなことを言ってペイジン・ドは、ペイジン商会がどうやって出来上がったか、なんてことを語り始める。
獣人国ではその昔、陸上に住まう者と水中に住まう者とで対立というか不和のようなものがあったらしい。
争いに発展する程ではないものの、両者を隔てる壁がはっきりとある友好とは程遠いようなそんな状況だったそうで……そんな両者と交流があり、両者の中間のような位置にいたのがペイジンの一族だったんだそうだ。
陸上でも水中でも生きていけて、生活のために陸上と水中その両方を必要としていて……そんな中立と言えば中立、どっち付かずと言えばどっち付かずな立場にいた一族の長がある日のこと、このままではいけないと決意を固めて立ち上がり、言葉より利益の方が力があるはずだと両者を相手にしての商売を始めて……商売を通じて両者の仲を取り持っていったんだそうだ。
「そんついでに儲けさしてもらいまして……陸上と水中の取引っちゅう新たな流れに乗れたおかげで今では大商会となったっちゅう訳でん!
……ちゅう訳で、あっしらには魚人との取引の第一歩はこれっちゅう決め手がありまして、こん軟膏を手紙を一緒に贈りゃぁ、まず間違いなくゴブリン達は喜んでくれると思うでん。
ディアスどんにはお世話になっちょりますから、今回はタダでこいつを贈らせていただきやさぁ。
ああ、もちろんゴブリンに贈るんは水や食料でも良いでん……が、連中が満足する量となると、そこな鷹人族どんじゃ簡単には運べんと思うでん」
更にペイジン・ドはそんなことを言ってからカバンから小さな壺を取り出し……それを私の方へと差し出してくる。
礼を言いながらそれを受け取り、一体どんな軟膏なのだろうかと木で作った蓋を引き抜くと……なんとも言えない、臭いと言えば臭い匂いが中から漂ってくる。
「そいつぁ特別な海藻を煮込んで、薬草やら脂やらを足して更に煮込んだもんで、肌に塗っておけば翌日まで乾燥を防げるって代物でん。
あっしらも陸にいる時は毎日欠かさず塗っちょるもんで、これがありゃぁゴブリン族も乾燥が防げるし活動範囲が広がるしで喜んでもらえると思うでん。
ただしゴブリン族の活動範囲が広がった結果、こん村まで来ちまう可能性もあるはあるで、実際に渡すかどうかはディアスどんが判断してくだせぇや」
そんな説明を受けながら壺の中身を軽く手の甲に塗ってみた私は、蓋をしっかりと閉め直してから、ひとまず皆と相談するかと、集会所へと足を進める。
その途中で犬人族に声をかけ、アルナー達を呼んできてもらい……話し合いを行った結果、ペイジンの言う通りにした方が良いだろうということになった。
この方法にはサーヒィが危険な目に遭うかもしれないという欠点もあったのだけど、サーヒィにはウィンドドラゴンで作った防具もあるし、戦闘経験もあるし……何より本人が、
「流石に陸に上がった魚人の攻撃を受けたりはしねーよ!!」
と、そんな声を上げる程に自信満々だったので、問題無いだろうということになった。
そしてただ軟膏を送っただけでは交流とは言えないので、交流を求める旨を記した手紙を送ることになり……当然というか何というか、その手紙は私が書くことになった。
そういう訳で一旦私のユルトに移動し、座卓に紙とペンとインクを用意し……天井の穴から空を見上げ、空模様を見やりながら季節の挨拶、天気の話、それから私達が何者であるか、なんてことを手紙に書いていく。
「ディアスは手紙書くのは上手いんだよなぁ」
「……手紙の作法に関しては完璧なのですね」
すると私の背後に立つアルナーとダレル夫人からそんな声が上がり……私はインクが滲まないようにペンを進めながら言葉を返す。
「手紙に関しては両親から教わったというか……将来絶対に必要になるからと、何度も何度も書かされたからなぁ……。
定番の挨拶なんかも覚えさせられたし……まぁ、実際こうやって役に立っているのだから、文句もないがな」
「ふーむ……ディアスの両親はディアスが将来領主になると知っていたのか?」
「いえ、まさかそんなことは無いと思いますが……。
ご両親は確か……神官でしたか、そうすると神殿の職務で必要になるのかもしれませんね」
私の言葉にアルナーとダレル夫人がそう続いたところで……ユルトの中に神官兵のパトリック達を引き連れてやってきた女性神官のフェンディアが声をかけてくる。
「東西南北の大神殿は常に手紙を送り合っての情報交換をしておりまして、神殿内において手紙の作法は礼拝の作法に次ぐ必須スキルとされています。
良い手紙が書けるのなら、代筆という仕事も舞い込んできますし……将来仕事に困らないようにとディアス様のことを想ってのことではないでしょうか?
実際東の大神殿には10名程の代筆役がいたはずですし……詩的かつ非凡な手紙を書くからと大神官に抜擢された方もいらしたはずです。
聖人ディア様は建国王様を支えるために神殿という組織を立ち上げた訳でして……今もその想いは引き継がれています。
ゆえに神殿は常に国内に目を向け、様々な方法でもって情報を集め、集めたものを東西南北で交換し精査し……何らかの問題を発見したなら独自に対処するか、王宮に知らせるかして……平穏を守ろうとしています。
……その要たる手紙は、本当に重要なものなのですよ」
と、そんなことを言ってきたフェンディアと、その後ろに控えているパトリック達の顔色は、いつもよりも少しだけ悪いものとなっている。
フェンディアとパトリック達は最近、出来上がったばかりの神殿の飾り付けに力を入れている。
ベン伯父さんが設計し、ナルバント達が気合を入れて作った石造りの神殿はまだまだ未完成だ。
外観はそれなりの作りとなっているが中はほとんど手が入っていないし……人が増えてから増築していけば良いだろうとのことで、必要な設備も揃っていない。
そんな状況にある神殿をなんとかしようとしているのがフェンディア達で……詳細は知らないが、かなりの力を入れて頑張っているようで……その分だけの疲労がたまってしまっているらしい。
「あー……かなり疲れているようだが大丈夫か?
どうして疲労が抜けないようなら薬湯や薬草を用意するし……飾り付けの報告に来たのだろうが、それも明日でも明後日でも構わないだろうし、今はとにかく体を休めたらどうだ?」
私がそう返すとフェンディアは顔を左右に振って、重要な手紙のようだからとダレル夫人に並んで添削するとそう返してくる。
パトリック達はパトリック達で、重要そうな仕事に取り組んでいる私を守ると鼻息を荒くしていて……それを受けて私はフェンディア達を休ませるためにもと、急ぎで手紙を仕上げていく。
急ぎながらも丁寧に、詩的な表現も忘れずに仕上げていって……書き上げたなら最後にメーアバダル公との署名をし、公爵の印章で押印をする。
全部で10枚と少し多めの内容となってしまったが、アルナーやダレル夫人、フェンディアやパトリック達から見ても問題のない……どころか褒め言葉を貰える程の内容となっていて、私はそれを自信満々といった足取りでもって、ユルトの前で手荷物の整理をしていたペイジン・ドの下へと持っていく。
そして魚人との交流に詳しいというペイジン・ドに最終確認をしてもらうと……手紙全部を読み上げたペイジン・ドから、予想もしていなかった言葉が返ってくる。
「あー……ディアスどん。
あっしの目から見てもこれはすんばらしい手紙だと思うけんども……思わず感嘆の声を上げたくなる程の出来だと思うけんども……ゴブリン達にこの詩的表現は通じないと思うでん。
陸上基準といったら良いのか……水中に住まう者には分かりにくい部分が多いんと、そもそもそも連中が詩を好むかも未知数で……下手をすると回りくどすぎて何が言いたいか分からんと、読むのを拒否されるかもしれんでん。
お手数かとは思うけんども、交流したいんでよろしゅうと、そんな感じに……一枚くらいの短さにまとめると良いかと思うでん」
そんな言葉を受けて私は、手紙を書くのを手伝ってくれた皆と一緒になってガックリと肩を落とし……何も言わずにユルトに戻って簡潔な、用件だけをまとめた手紙を書き上げるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、手紙を運ぶサーヒィ達になる予定です。
応援や☆をいただけるとペイジン・ドがよりテカテカするとの噂です。
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