第338話 ゴブリンの行進


――――まえがき


・登場キャラ紹介


・サーヒィ


 鷹人族の青年で妻帯者。ぱっと身の外見は鷹そのもので、普通の鷹よりは大きい体を持っている。

 何もない日々の中でも、狩人、偵察兵、連絡兵と空を飛べる能力をフル活用しての大活躍をしている。


――――



――――南の荒野で ゴブリン達



「勇気の尾びれをうならせろ!」


「ぜーんりょく全身! 勇往まーいしん! 正面とーっぱ!!」


 荒野にて一列に並んだゴブリン達が行進をしている。


 手に槍を持ち、大きな木樽を背負い……大量の干し魚を腰に下げて。


「我らが楯鱗じゅんりん、岩より硬く恐れを知らぬ!」


「ぜーんりょく全身! 勇往まーいしん! 正面とーっぱ!!」


 先頭を行く一際大きなゴブリンが歌のような掛け声を上げると、それに大股でのっしのっしと続くゴブリン達は毎回同じ文句を返し……そうやってゴブリン達は未知なる遠陸地帯を突き進んでいく。


 故郷たる海から遠く離れ、ギリギリ生活圏と言える沿岸地域も見えなくなり、本音を言ってしまえば恐ろしく不安で、今すぐにでも海が見える一帯へと駆け戻りたいのだが……それでもゴブリン達は前へ前へと進んでいく。


 この地を探索するにあたってゴブリン達は入念な準備を行っていた。


 体が乾かないように水入りの大樽を用意し、乾いている大地であれば干し魚も作りやすかろうと腰にたっぷりと海水を塗った魚をぶら下げて……。


 思惑通り魚はあっという間に乾いて干し魚となって……行進の合間に水をかぶり、干し魚を食べれば死の世界とも思える荒野を、ゴブリン達は怯むことなく突き進むことが出来た。


 以前と違ってゴブリン達が円陣を組んでいないのは、荒野に生物の気配がなく、野生の獣やモンスターの襲撃は無いだろうとの結論を出していたからで……今の彼らにとっての最大の敵は飢えと乾きだった。


 他にもこうやって命をかけて探索をしても何も見つからないのではないかという恐怖もあるにはあったが……彼らは精鋭、ゴブリンの勇者達、そうした恐怖に打ち勝つことは容易いことであった。


 ゴブリンの勇者には勇気がある、心の奥底から湧き出し、エラから吐き出される誇り高い力がある。

 

 その勇気をもってすればこんな探索など恐ろしくなく……むしろ未知の世界を探索する、ゴブリン族の歴史に残る大偉業に挑戦出来るということに興奮を覚えてすらいた。


「―――しかし、何者とも出会わないと言うのは、それはそれで暇なものだな、あのトカゲも全く見かけぬし……。

 そう言えば、かつて死の大地の北部には、地上全てを支配した最強の王がいたそうだが……今もそのような猛者は存在しているのだろうか?」


 行進の途中、掛け声を突然やめたリーダーがそんな言葉を口にし……それに続くゴブリン達もまた文句を止めて言葉を返していく。


「猛者がいるのであれば腕試し、したいものですな!」


「地上世界の戦法、戦術は我らとは全く違ったものなのでしょうな」


「いや、武器さえも違うかもしれん、全く未知の魔法を使うかもしれん……なんとも胸が高鳴るのう」


「海原の勇者と地上の勇者の邂逅……まるで夢のようじゃないか」


 そんな言葉と共に大いに盛り上がり……行進しながらあれやこれやと騒いでいって、いっそ足を止めて休憩でもしながら語り合うかと、リーダーが考え始めた折……リーダーの後頭部に生えたヒレがピクリと動いて、直後リーダーが槍を構えて、周囲を見回しての警戒態勢を取る。


 すると他のゴブリン達も同様に槍を構えて周囲を見回し……そしてもう一度ピクリとリーダーのヒレが動き、リーダーの大きな目が空へと向けられる。


「……なんだ、鷹だったか。

 妙に大きく力強い気配のある鷹だが……うむ、やはりアレはただの鷹のように見えるな。

 ……海辺の鷹と違ってここらの鷹はずいぶんと大きい体をしているが……するとここらにはそれ相応の、あれだけの鷹を育てる程の餌がある、ということなのか?」


 空を見上げながらリーダーがそう言うと、他のゴブリン達は懸命に周囲を見回すが……それらしい気配はなく、何がしかの生物の痕跡はおろか匂いすら嗅ぎ取ることが出来ない。


「うんむ? 餌らしいものは何も無いが……あの鷹はこんな不毛の大地でどうやって生きているのだ?

 どこか別の場所に巣があってそこから遠出をしてきた……? だとしたらこんな何もない所になんだってまた……?

 もしや我らを狙おうと……? であるならば鷹よ、諦めるが良い! 貴様の爪では我らの楯鱗は貫けまい!」


 リーダーがそんなことを言いながら頭上の鷹のことをじぃっと見やるとその鷹は、ゴブリン達の頭上をしばらく旋回してから……翼を大きく振るって動きを変えて、驚く程の速さでもって何もない青空を北上していくのだった。


 

――――イルク村の広場で ディアス



 ペイジン達にはイルク村で一晩泊まってもらうことになった。


 今回は商売というよりも外交とか友好目的できてもらった訳だし、大量の食料などを持ってきてもらった訳だし……その上家宝までくれて、アルナーの魂鑑定でかなり強い青になっているということもあり、相応の態度で歓迎すべきだろうとのダレル夫人からの進言があったからだ。


 全くもってその通りだということで、早速とばかりにペイジン達のためのユルトを建てていると……バッサバッサといつになく力強い音が響いてきて、何事だろうかと空を見上げるとサーヒィが私の下へと飛び込んでくる。


 それを受けて一旦建てかけのユルトから手を離し、手伝ってくれていた犬人族に資材などを預けてからサーヒィを受け止めると、サーヒィはぜぇはぁと荒く息をし……どうにか整えていって、それからなんとも忙しなくクチバシを開く。


「ディアス! 見回りをしていたら荒野に、荒野に……荒野のかなり南の方に変な連中がいたぞ!

 あれは……魚か、魚の獣人って言えば良いのか、魚の亜人……か?

 魚に手足が生えたみたいな……とにかくそんなのが列を作ってのっしのっしと歩いていてだな……全員が槍を持っていたぜ!

 数は全部で6人! あの感じだと荒野の住人っていうよりかは、どこからか荒野にやってきた……って感じになるんじゃねぇかな。

 まぁ、魚なんだから当然川とか海からとかだとは思うんだが……」


 そんなサーヒィに対し、私が言葉を返そうとすると、それよりも早く建てかけのユルトの中からニュッと顔を出したペイジン・ドが口を開く。


「あっしは水の中や水辺に住まう魚人族に関しては、これこの見た目通りとっても詳しいでん!

 特徴をば聞かせてもらえりゃ、それがどんな魚人なのか情報を提供できるかもしれんでん。

 海の魚人っちゅうのはそれはもう種類豊富で、それぞれ独特の文化や価値観なんかを持っちょるもんで……余計なトラブルを避けるためにも、ここは一つ、あっしに助言させていただければと思うでん」


 ペイジン・ドのその言葉に私がありがたいと頷くと、サーヒィは荒野の方を見やりながらその目で見た魚人族に関してを話していく。


「まず……肌っていうか鱗の色は紺色で、目は丸くて大きくて、ああ、口も大きくて鋭い何本もの牙が見えていたな。

 それで槍を構えていて、樽を背負って……服は粗雑でペイジン達に似た上着とか、それと腰巻きをしていたかな。

 で……干し魚を腰巻きに下げていて……ああ、そうだ、あいつら自分の鱗のことをジュンリンとかなんとか、そんな呼び方をしていたな」


 それらの情報を聞いてペイジン・ドは顎に手を当てて少しの間考え込み……それからゆっくりと口を開く。


「ふんむ……? 王国語で会話してたということは、言葉が伝わる程度の距離の海に住んでる連中……。

 そんでジュンリンというのは恐らく、楯鱗のことだでん。

 サメとかの独特の鱗をそう呼ぶもんで……外見も合わせて考えるとサメの魚人族だと思われるでん。

 この辺りの……南海の鮫人族と言うと……えぇっと、確か……前に古文書で読んだはずでん……」


 そう言ってペイジン・ドが頭を悩ませていると、ペイジン・ドの後ろからドシラドがひょこっと顔を出し、声を上げる。


「おとん、おうちで勉強したから分かるヨ! 南のサメはゴブリン族だったと思うヨ!」


「ああ! そうでんそうでん! なんでも大昔にいたというサメから名前を取ったっていうゴブリン族!

 なんでも古代にはゴブリンってそれはもう恐ろしい顔をしたサメがいたとかで……それに憧れるというか崇拝する鮫人族は少なくないでん。

 だからその鮫人族は自分達のことをゴブリンと呼んでいて……ただまぁ見た目としては普通のサメが立ったような感じだったはずでん!」


 ドシラドに続く形でペイジン・ドがそう声を上げて……私は「ふーむ」と声を上げてから頭を悩ませる。


 南の海に住んでいるというゴブリン族、それがまたなんだって水も何も無い荒野にやってきたのか……?


 当てのない旅なのか、それとも何か目的があってのことなのか……?


 そんなことを考えてから私は、どういう意図であれこちらにやってくるのであれば対応する必要があるだろうとの結論を出し……とりあえず今は作りかけのユルトを仕上げるかと、作業を再開させるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はいよいよ、ゴブリン達との邂逅です


そしてお知らせです


コミカライズ8巻の続きとなる、最新41話がコミックアース・スターさんにて公開されました!

気になる方はチェックしてみてください!



応援や☆をいただけると、サーヒィの爪が鋭くなるとの噂です。

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