第335話 空の

――――まえがき


登場人物紹介


・マヤ婆さん達


 高齢の12人の婆さん達で、初期の頃からの領民、占い、畑仕事、機織り仕事、チーズ作りなど、知識や経験を活かして様々な場面で活躍中


――――



 少しの沈黙のあと、ペイジンや私を中心に絨毯の周囲は大騒ぎとなったが……意外なことに関所の皆の反応はそこまでのものではなかった。


 怪我がこんな簡単に治るなんてとんでもないことだと思ったのだけど……モントが言うにはこういうことらしい。


「戦斧が直ったり、投げた手斧が戻ってきたりも大概だろうが。

 確かに驚きはしたが、流石にもう慣れたってんだよ」


 ジョー達も同意見らしく、資材を持ってそこらを歩いていたり、関所の工事を進めたりしている洞人族はそんなことよりも仕事だといった様子で……大げさに驚いてしまった私達の方が少数派といった有様だ。


 そんな中ヒューバートが、


「い、いやいや、十分とんでもない力ですから……詳細の検証をしましょう。

 他の武器のように魔力を込める必要があるのかとか、本当にディアス様にしか起動出来ないのかとか、どのくらいの魔力でどの程度の怪我が治るのかとか……場合によっては受け取らず、オクタドさんに返却する必要もあるでしょう」


 と、そう言って……そこから関所に常駐している鬼人族の女性の力を借りての検証が始まることになった。


 まず絨毯の力を使えるのは私だけであるらしい。


 ジョー達もモントも、ペイジン達も護衛も鬼人族の女性も、洞人族も起動することは出来なかった。


 そして魔力はかなりの量が必要だそうで……怪我の程度によっても必要な魔力の量が変わるようだ。


 小さな怪我一つでも少なくない魔力が必要で、二つ三つとなったら更に必要で……モントが手首から肘までの間に血がにじむ程度の切り傷を二箇所作った際には、それを治すのに隠蔽魔法で関所全体を覆い隠せる程の魔力が消費された……らしい。


 正直魔法とか魔力がどんなものか分からない私にはよく理解出来なかったのだが……魔法を得意とする鬼人族の女性によると、放っておけば治る程度の傷にこの消費量は、あまり効率が良いとは言えないそうだ。


 効率が悪いながらも、この絨毯は結構な魔力を溜め込んでくれるんだそうで……毎日少しずつ使わずに余った魔力とかを溜め込んでいって、誰かが大怪我した時などの緊急時に使うのであれば頼りになるだろうとのことだった。


 そんな検証を一通りに終えて、日が沈み始めて関所の各所でかがり火が灯り、夕食の準備とか私達の寝床の準備とかで関所全体が騒がしくなる中……私がペイジンに、この絨毯は受け取れないと、こんなに凄いものはペイジン達が持っているべきだとそう言おうとした折、ずっとペイジンの後ろで控えめに様子を見守っていたドシラドが声を上げる。


『――――――!!』


 それは聞き覚えがないと言うか、私が全く知らない言葉だった、恐らくは獣人国の言葉なのだろう。


 無邪気に楽しげに笑いながらのドシラドの一言を受けてペイジン・ドは頭をペチンと叩きながら言葉を返す。


「いやいや、確かにおとぎ話でこんな話があったでんども……所詮はおとぎ話、まさか本当にあることだとは誰も思わんでん……。

 っちゅーかドシラド、ここでは教えた言葉だけを口にしろと何度言ったと―――」


 そんな言葉の途中でペイジン・ドは絨毯のことをじっと見つめて、それから私のことを見つめて……何故だか交互に何度か私と絨毯のことを見つめて、それから腕を組んであれこれと考え始める。


 そんなペイジン・ドに対しドシラドは、あいも変わらず楽しげに向こうの言葉を口にし続けて……絨毯を指さしながら同じ言葉を繰り返している辺りから察するに「凄い凄い!」とか、そんなことを言っているのだろうか?


 それからしばらく待ってみたが、ペイジン・ドが何かを言うことはなく……仕方ないかと私は咳払いをしてから口を開いた。

 

「あー……ペイジン、こんな力があるだなんてオクタドも知らなかったんだろうし、これは受け取らずに―――」


 すると私が言わんとしていることを察したらしいペイジン・ドは意を決したような顔となり、私の言葉の途中で「ゲコッ!」と声を上げて……私の言葉を止めてから言葉を返してくる。


「いえいえ、これは一度贈ったものですでん、どうぞどうぞ遠慮なく受け取って欲しいでん。

 一度贈ったもんを後から高価だと分かったからって、返してくれなんて言うのは商人としては恥だでん、あっしだけでなく当家に恥をかかさないためにも、ここは一つイルク村の方で役立てて欲しいんでん」


 その言葉に私は、いやいやこれは高価とかそういう話の代物ではないだろうと、そう言おうとしたのだが……ヒューバートやモントから肩をガシリと掴んでの待ったがかかり、ダレル夫人からもマナー的に良くないとの鋭い視線が突き刺さり……それを受けて私は、絨毯を素直に受け取ることにした。


 そうと決まったらイルク村に持って帰るまで大事に保管しておく必要があるだろうということになり、この関所には宝物庫とかは無いので、ジョー達が用意してくれた私の寝室で保管することになり……絨毯をくるりと巻いて持ち上げて肩に担いで運んでいると、溜め込んだ魔力が漏れているのか何なのか、絨毯からキラキラと赤い光が漏れ落ちて……それを見たドシラドが、一旦向こうの言葉で何かを言ってからハッとした顔になり、それから王国語に切り替えて元気な声を上げてくる。


「おとん、やっぱりあの人、おとぎ話の人ダヨ! じーちゃんが教えてくれたモン! 空の英雄ってやつデショ!!」


 そう言ってドシラドは駆け出して、私の足元を両手を上げながら元気に駆け回り……言葉の意味はよく分からないが、子供が元気なのは良いことだと微笑んでいるとまたそれをドシラドは喜んで……「空、空!」と連呼し、それを受けてか駆け寄ってきたペイジン・ドが声をかけてくる。


「こ、これは失礼しましたでん!

 これ! ドシラド! お客様に失礼だでん!!

 ……えぇっと、獣人国のおとぎ話や問答では空、空っぽというのは悪い意味ではないんでさぁ。

 何も持っていないからその両手で何でも持つことが出来る、その両手でどんな道具でも使うことが出来る、その両手でどんな人達でも救い上げることが出来る。

 無いからこそ有るという良く分からない古い考え方がありましてん……なんでも大昔にそんな人達が大活躍した時代があったとかなんとか……。

 父は特にそういった問答を好むでん、ドシラドにもあれこれ教えているようでして……いや本当に失礼しましたでん」


「いやいや、私は別に気にしていないから、ドシラドのことを叱らないでやってくれ。

 子供が元気なのは良いことで……ドシラドの様子を見ていると、ペイジン・ドが普段良い父親をしているってことが伝わってきて、こちらまで嬉しくなるよ」


 なんて言葉を私が返すとペイジン・ドは安堵したような様子を見せて、ドシラドもまた嬉しそうに笑って元気に駆け回り始める。


 そんな様子を見ながら足を進めて、絨毯を関所の中の、石造りながら中々過ごしやすそうな部屋の奥へと押し込んで……それから私達はペイジン達と一緒に、関所の中庭で夕食をとることにした。


 夕食が終わったなら用意してもらったお湯で体を洗い、着替えを済ませて寝床に入り……翌日、身支度や朝食を済ませたならペイジン達と一緒にイルク村へと向かって出立した。


 ペイジン達としてはただ礼の品を持ってきただけでイルク村まで来る気はなかったようだが、大量の品にこんな便利な絨毯まで貰ったのだから相応の歓迎の式典をすべきだとダレル夫人が言い出し、それを受けて歓迎の式典……というか宴に招かれたという形での同行になる。


 イルク村には昨晩のうちに伝令が出ていて、既に準備が始まっているはずで……到着する頃には準備が整っているはずだ。


 ついでというかなんというかペイジン達には馬車何台分にもなる品を運んでもらって……いちいち馬車から下ろして私達の馬車に積み込んで、それから運ぶという手間が省けたのはとてもありがたい。


 件の絨毯だけは私が運ぶということになり、ベイヤースの背にしっかり固定しての運搬となり……イルク村につくと広場には宴の席が出来上がっていて……そして朝から張り切って働いてくれたからか、少し疲れた様子のマヤ婆さん達が視界に入り込む。


「……どうせなら怪我だけでなく、ああいう疲労も回復してくれたら良いのになぁ」


 広場に到着しベイヤースの背から降り、絨毯を縛っていたロープをほどき、肩に担ぎ上げながら私がそんな独り言を口にすると……いつの間にか側に立っていたベン伯父さんが独り言に返事をしてくる。


「なら試してみりゃぁ良い。

 疲労が回復しなくたって、あの年なら体のどこかにガタが来ているはずで……それを癒せれば楽になるだろうさ」


 伝令から話を聞いていたらしいベン伯父さんのその言葉を受けて私は、それもそうかと頷いてマヤ婆さん達の下に向かって絨毯を広げて、それからマヤ婆さん達にこの上に座ってくれと声をかける。


 するとマヤ婆さん達は首を傾げながらも素直に言う通りにしてくれて……それから絨毯に手を置いて力を込めると、絨毯がまた昨日のように光り……そして光に包まれたマヤ婆さんから感嘆の声が上がる。


「ああ、腰や関節が痛かったのがだいぶ良くなったよ。

 坊や……また便利なものを見つけてきたんだねぇ」


 それに続いて他の婆さん達からも声が上がり……12人もの人間の痛みを癒やしても絨毯はまだ光り続けていて……どういう理屈なのか腰などの痛みを癒やす程度ならば、大した魔力は使わないようだ。


「……なら普段はマヤ婆さん達のユルトに置いてしまっても良いのかもな」


 置いておいて絨毯として使って、何日に一回とかで絨毯を起動する。


 それでマヤ婆さん達の日々が楽になるのならありかもしれないと、そんなことを考えていると……ヒューバートが私の肩に手を置きガシリと掴んで、


「その辺りにつきましては、皆さんと話し合って決めることにしましょう」


 と、いつにない力を込めた声でもって、そんなことを言ってくるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、ドシラドのあれこれやらになる予定です。



応援や☆をしていただけるとメーア達の毛艶が良くなるとの噂です。

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