第333話 ペイジン・ドと……


 駆けてきた犬人族からの連絡を受けて急いでイルク村に戻った私は、早速ベイヤースに跨がり西側関所に向かおうとしたのだが、そこでアルナーから待ったがかかった。


「今から関所に行ったら、到着する頃には日が暮れるだろうから、向こうで泊まってくると良い。

 そのための道具を渡すから少し待っていろ」


 と、そう言ってアルナーは倉庫に向かい私達のユルトの中に向かい……それから大きな丸めた布といった感じのものを持ってきて、ベイヤースの背に乗せ鞍に縛り付ける。


「これは狩りで遠出する時に持っていく、外泊用の道具一式だ。

 一人用の小さなユルトを作るための短い柱と布と寝床用の布袋、汚れを拭く用の何枚かの布と着替えと……必要ないとは思うが非常食も入っている。

 干し肉と干しチーズと茶で……まぁ、口にしたくなったら遠慮しなくて良いぞ」

 

 縛り付けながらそう説明してくれて……私はそれらに視線をやりながら言葉を返す。


「干し肉と茶は分かるが、干しチーズなんてのもあるんだなぁ……美味しいものなのか?」


「いや? あくまで保存食で長持ちすることだけを考えて作っているから、硬いやらすっぱいやらで美味しいものではないな。

 大きなチーズをこれでもかと干して凝縮させたものだから、一欠片食べれば一日か二日は動けるはず……だ。

 ……ディアスの体だともしかしたら二日は無理かもしれないな」


「……す、すっぱいのか」


 なんて会話をしているうちにアルナーの馬であるカーベランを借りたダレル夫人の方の支度も終わり……乗馬が得意ではなく、ダレル夫人に手綱を任せることになったヒューバートもまた遠出の支度を終えてダレル夫人の手を借りながらカーベランの鞍に跨る。


 ダレル夫人はただ手綱を任されただけでなく、関所やペイジンのことが気になっての同行で……外国の人物に対し、しっかり応対出来ているのかと私の言動を見張るつもりでもあるようだ。


 いつもの服ではなくズボン式の乗馬服を身にまとい、装飾のついた乗馬鞭を腰に下げ、ついでに護身用と思われる短めの細剣も反対側の腰に下げている。


 この辺りでは……というか、イルク村では乗馬鞭を使った乗馬をしないので、鞭は必要ないと言ったのだが、ダレル夫人が言うには使わないとしても腰に下げておくのが貴族の嗜みであるらしく……実際鞭を見てみると、一度も使ったことがないことが分かるくらいに、傷も汚れもついていない。


 というか無駄に金銀や宝石が使われた作りになっているので、仮にアレを使ってしまったなら、それらが剥がれ落ちての大損害となってしまうことだろう。


 そんなダレル夫人が跨るカーベランの鞍にも二人分の外泊セットが縛られていって……これから行く関所にもユルトやら食料やらは十分にあって、そこまでの準備は必要ないとは思うのだが、そう言ってみてもアルナーは念の為だからと意見を変えずに、外泊セットをしっかりと固定する。


 まぁ、今回使わなかったとしても、いつかは使うかもしれないし、毎回こうやって持っていくということが大事なのだろう。


 いざという時のための準備は無駄に終わった方が良い訳で……と、納得したところで手綱をしっかりと握って、ベイヤースに早足で、との指示を出す。


 そうしてベイヤースが駆け出して……それをダレル夫人とヒューバートが乗るカーベランが追いかけてくる。


 そんな私達の周囲には護衛役のセンジー氏族達がいて……ベイヤース達の早足のもしっかりついてくる。


 西へまっすぐ綺麗に出来上がった街道を進み……その街道の両脇には洞人族達が頑張ってくれたのか、結構立派な柵も出来上がっている。


 私の腰程の高さの杭を打って、ロープで繋いでいって……街道を通る人達が鬼人族の領土に入り込まないようにと注意書きをした看板も定期的に設置されている。


『街道出るべからず、牧草地荒らした者、例外なく罰金刑』


 鬼人族のことを上手く伏せたその文句は、ヒューバートが考えたものだそうで……かなり高い柵を、罰金を払うかもしれないのに乗り越えるようなのは……まぁ、そうはいないはずだ。


 綺麗な石畳が並ぶ街道を進んだなら、途中の休憩所でしっかりと休憩し、それからまた進んでいって……そうしてアルナーの言っていた通り、日が暮れる頃に関所へと到着する。


 そこにあるのは関所というかなんというか、横に広い砦といった印象だ。


 前来た時よりも城壁が立派になっていて、壁の上を歩くための歩廊なんかも整備されていて、石造りの櫓や、バリスタか何かを置くつもりらしい立派な土台やらが見て取れて……私達が近付くとすぐに歩廊の上で動きがあり、立派な作りの門が開かれていく。


「……ペイジンさんという方が持ってきたという謝礼とは、どの程度の規模のものなのでしょうね」


 ゆっくりと開いていく門を眺めていると、隣にやってきたダレル夫人が……背後で青い顔をしてぐったりとしているヒューバートを半目で見がりながらそんな声をかけてきて、私は首を傾げながら言葉を返す。


「さぁ、どうだろうなぁ……?

 アースドラゴン討伐と、避難民の保護に関しての礼だと思うんだが、避難民の扱いに関してはモントやジョー達に任せていたからなぁ……。

 被害はなし、いくらかの食料と物資をもたせた上で帰してやって、復興も無事に終わって以前の暮らしを取り戻した……と、そんな報告があったくらいだな」


「なるほど……。

 ドラゴンの討伐と避難民の保護の謝礼……。

 流石に過去に例がなく、予測や比較は不可能でしょうね……。

 多すぎるまたは少なすぎる場合には相応の対応が必要なのですが……適切な例や根拠がないとなると判断が難しくなりそうです」


 人助けを頼まれ、人助けをした。

 ただそれだけのことなのにそこまで考える必要があるのかと私が驚く中、門が開かれ、中に入るように促され、それに従ってベイヤース達を進めさせると、以前目にしたものとは全く違う関所の中の光景が視界に入り込んでくる。


 まず土床だったのが綺麗な石畳で覆われている。


 街道に敷かれていたものとは全く違う、飾り気を意識したものとなっていて、色とりどりだったり模様が刻まれていたりと、驚く程に手の込んだ作りとなっている。


 それは思わずここが屋内……立派な屋敷の中だと錯覚してしまう程のもので、ここが関所の中庭だということを忘れかけてしまう。


 そんな中庭は石畳の色や模様で区画分けのようなことがされていて……今後ここで荷物の検査や入国の審査や許可、市場を開いての売買が行われるそうだから、その時のための区画分けなのだろう。


 中央には花でも植えるのか花壇のような区画もあり……そしてその向こうに、今まで何度も見てきたペイジン達の馬車が……何台もの馬車が並んでいる。


 そして腰を抜かしたとかなんとか報告があったペイジンは、交渉役のエリーと関所の主であるモントを前にして揉み手をしながらペコペコと頭を下げていて、とりあえず元気ではあるようだ。


 そんなペイジン達の様子を何事だろうかと眺めていると、ジョー、ロルカ、リヤンの三人が駆けてきて……同時に駆けてきた犬人族達と共に手綱を手に取り、ダレル夫人やヒューバートが馬から降りるのを手伝い、馬の世話を始めながら声をかけてくる。


「ディアス様、ようこそ関所へ! どうです? 中々の完成度でしょう?

 と、言っても頑張ったのは洞人族なんですけどね」


「洞人族達は関所の内部、あちらの煙突から煙が出ている辺りに工房を移しましたので、今はそちらにいます。

 毎日毎日頑張ってくれているので後で声をかけてやってください」


「ペイジン家の方々は今までも何度か状況報告に来てくれていたのですが……これだけの規模での来訪は初めてのことですね」


 ジョー、ロルカ、リヤンの順でそう言ってくれて……私はベイヤースから降りて、手綱を預けてからジョー達に「分かった、ありがとう」と返してからペイジンの方へと足を進める。


 するとペイジンはこちらに気付いて満面の笑みを浮かべながらピョコピョコと跳ねはじめ、跳ねながら頭の上でペチペチと手を合わせて叩く。


 そうやってペイジンが跳ねているとその後ろから小柄な……黒くて丸い顔の、キコやヤテンのものによく似た服を着た……獣人? 亜人? がひょっこりと顔を覗かせるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、黒い子についてです

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