第332話 内政官のユルト
――――まえがき
・登場人物紹介
・ヒューバート
人間族、男、長髪眼鏡の内政官、王城からやってきた優秀な人物で、測量器具を使っての地図作りなど地味な活躍をしている
・サナト
洞人族、男、ナルバントとオーミュンの息子、洞人族としては若者らしいが、立派な髭があるので一見してはそうは見えない、優秀な鍛冶師
・エリー
人間族、ディアスの育て子で商人、アートワー商会という名の知れた商会を立ち上げていた、今はイルク村の行商担当
――――
――――イルク村 ヒューバートのユルトで ヒューバート
いくつもの棚が並ぶユルトの奥で、座卓の上に何枚もの書類を広げたヒューバートがペンを走らせている。
棚にはかなりの量の書類が丸めるなり折り畳めるなりして押し込まれていて……犬人族の婦人会の面々がそんなユルトの中を掃除したり、棚の整理をしたりと忙しなく働いている。
メーアバダル領の地図を作り、王城へ送る報告の手紙を書き、毎月の収支を記録し……内製の全てを担うヒューバートのユルトには、いつからか婦人会が手伝いをしにやって来るようになっていた。
掃除や整理整頓、洗濯や茶などの用意をしてくれていて……そのおかげでヒューバートは仕事だけに集中することが出来ていて……一人だけでもどうにか、それなりの量となる書類仕事を片付けられていた。
(……外からかなりの量の食料やお酒なんかを買っている現状でもなんとか黒字ですか……。
ですがそれも今だけのこと、岩塩とメーア布の需要が落ち着いてきたら赤字になりかねないですね……。
赤字になった時の解決策としては……新たな産業をおこすか、借金をするか……。
借り先としては王城か隣領かということになるのでしょうが……ディアス様の場合、モンスターやドラゴンを狩って素材を売って解決、なんてこともあり得るんですよねぇ)
なんてことを考えながらペンを走らせていったヒューバートは、ユルトの壁にかけてある地図をちらりと見やり……早くあちらの作業も進めたいものだとそんなことを考える。
荒野の開拓が始まった、更に多くの領地を獲得することになるかもしれない、そうなれば当然新たな地図を作る必要があり、測量をする必要がある。
様々な測量道具を自由に使えるだけでなく、鷹人族という空からの目という特別な力まで借りられるここでは、王都では出来なかったレベルでの測量や地図を作ることが出来ていて……それがヒューバートにとってはたまらなく嬉しく、楽しいことだったのだ。
(……以前送った荒野の地図の完成度と言ったら……。
王城の奴らがあの地図片手に現地に来たなら腰を抜かすに違いないですねぇ)
更にそんなことを考えてからヒューバートはペンを走らせることを再開させて……その書類を書き上げた瞬間、ユルトの戸がノックされて、ヒューバートが「どうぞ」と返すと洞人族の若者が大きな鉄の塊を抱えながらユルトの中へと入ってくる。
「サナトさん、どうかしたんですか?」
そんな若者にヒューバートがそう声をかけると、サナトは大きな鉄の塊を軽く掲げて見せてから言葉を返してくる。
「ああ、鉱山の試し堀りが終わってな、出てきた鉄でこれを作ってみたんだよ」
その言葉を受けてヒューバートは、手にしていたペンを木製のペン立てに収め、眼鏡の位置を直してから……、
「ど、どういうことですか!?」
と、悲鳴に近い声を上げる。
「いや、どういうことって言われてもな……普通に鉱山で鉄鉱石を掘って、それを精錬して鉄を作って……それでもってこれを作ったってだけの話だが……」
まるでなんでもないことのように返してくるサナトにヒューバートは、もう採掘出来るとこまで鉱山開発が終わったのかとか、そんな物が出来る程の鉄鉱石が採掘出来たのかとか、それを精錬して加工出来るまでにいつの間になっていたのかとか、そんなことを言いたくなってしまうが……完成した物がそこにあるのだから、そんなことを言っても仕方ないかと言葉を飲み込み……思考を切り替えて別の言葉を口にする。
「なるほど……。
それでそれは……鉄の鍋ですか? 何故わざわざ鉄の鍋を?」
そう言ってヒューバートが視線をやったそれは、両手で抱える程の大きな黒鉄鍋だった。
本体も鉄、取っ手も鉄、蓋も当然鉄製で……蓋の中央がどういう訳か、上に向かって大きく伸び上がっている。
「ディアスが隣領で食べたとかいう、蒸し鍋料理の話を聞いてな、それをこっちでも作れないかと思ってそれ用の鍋を拵えてみたんだよ。
この蓋の中央部分で湯気を冷やして水に戻して落として……それで蒸すって感じだな。
もちろん普通の蓋も作ったぜ、本体と同じく蓋も分厚く作ったから、蓋の上に炭を置いて上下から焼く、なんてことも出来るって訳だ」
そんなサナトの説明に興味を持ったのか、婦人会の面々が興味深げな視線を送る中、ヒューバートは顎に手をやり「ん~~~」なんて声を上げながら頭を悩ませる。
料理のことはよくは知らないが、話を聞いた感じでは道理にかなっているようにも思える。
ぱっと見た印象では作りも良いようだし……洞人族達が精製したのであれば、鉄の純度も良いのだろう。
しっかりとした作りで頑丈で、美味しい料理が作れるとなれば収支を支える商品となってくれるか……? と、そんなことをヒューバートが考えていると、またもユルトの戸がノックされて、返事をすると何枚かの紙を手にしたエリーがやってくる。
「はい、これが今回の売上報告書、今のところ需要が下がるような様子はなくて、売上は好調ね……って、サナトちゃん、その大きな鍋、どうしたの?」
やってくるなりそんなことを言いながら手にしていた紙をヒューバートに渡してきたエリーは、すぐにサナトが持つ鍋に目を付けて……それからサナトが鍋の詳細を説明し、ヒューバートがこれを商品に出来ないものか? と、そんな問いを投げかける。
するとエリーは難しい顔をしながら「んー……」と唸り、それから鍋を受け取って重さを確かめ……そうしてから口を開く。
「売れるか売れないかで言えば売れるんだけども、これはちょっと商品にしにくいわねぇ。
なんでしにくいかっていうとまずこれね、重いのよ。
重いとそれだけ馬が疲れるし運搬に日数がかかっちゃうし数を売れないし……売れたとしても利益が今一つになっちゃうのよねぇ。
軽くて大人気のメーア布の……大体10分の1とか、そんな利益になっちゃうんじゃないかしら。
それともう一つ……これ、売っちゃって良いものなの?
鉄の使い道と言えばやっぱり武器や防具な訳で……武器にも成り得る上等な鉄をホイホイ売っちゃうのってどうなのかしら?
投資してくれた獣人国や、鉄不足で悩んでいた鬼人族のことも考えなきゃいけないし……鉄を売ってくにしても、もうちょっと純度を下げるとか質を下げるとかしないと、駄目なんじゃないかしら。
っていうか鉄が出来てまずお鍋って……サナトちゃん、ゴルディアさんの酒場にハマってるみたいだけど……お酒も程々にね?
飲んで食べてばっかりだと太っちゃうわよ?」
そんなエリーの発言を受けてヒューバートとサナトがハッとした顔になっていると、ユルトの外からドタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。
それは犬人族達が懸命に駆けている時の足音で……犬人族達がそんな風に駆けているのは何かがあっての報告を持ってきた時だと知っていたヒューバート達はそれぞれの頭の中で何があったのかとの推測をする。
どちらかの関所で何かがあったのか、来客でもやってきたのか、モンスターが現れたのか……それとも荒野に行っているディアスがまた何かしでかしたのかと、そんなことを考えていると、ユルトの外で犬人族達が元気な声を上げ始める。
『ディアス様ー! どこですかー! カエルの人達が西側関所にやってきましたよー!』
『なんか前のお礼とか色々持ってきてくれたみたいですよー!』
『カエルの人達、なんでかビックリして腰抜かしてましたよー!』
そんな声を受けてヒューバートは首を傾げる。
カエルの人達というのはペイジン商会の誰かなのだろう。
前のお礼、というのはアースドラゴン討伐と難民の保護に関してだろう。
では何故お礼の品を持ってきたペイジン商会が腰を抜かしたのだろうか……?
その答えはエリーから返してもらった鍋を大事そうに抱えていたサナトの口から出てくることになる。
「ああ……そう言えば以前ペイジン達が来たのはまだまだ関所が未完成の時だったな。
今は親父達がはりきったせいでそれなりの出来になってるから、それで驚いたんじゃないか?」
その言葉を受けて首を傾げていたヒューバートは納得して頷く。
鉱山をこんなにも早く完成させ採掘までした洞人族達だ、関所だってかなりの出来となっているはず……。
それを詳しい事情を知らないペイジンが見たなら驚くのも当然で……納得出来たヒューバートはゆっくりと立ち上がりながら声を上げる。
「ペイジン商会が来たというのならすぐにでも対応すべきでしょう。
エリーさん、お手数ですが先に西側関所に向かって対応をお願いします。
自分は犬人族達にディアス様への言伝を頼み、ディアス様が到着次第一緒に関所に向かいます。
サナトさん、その鍋に関してはとりあえず婦人会に使ってもらうことにしましょう、竈場に運んでおいてください」
その言葉を受けてエリーもサナトも素直に頷いて……そうして三人はそれぞれにユルトを出て、行動を開始するのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、ペイジンと西側関所になります
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