第十二章 南方から吹く風

第330話 荒野と……

――――まえがき


・登場キャラ紹介


・スーリオとリオード、クレヴェ

 獅子人族の若者達、領民ではなく隣領から派遣されてきた外交員、のような存在、メーアバダル領で色々なことを勉強中


・コルム

 犬人族の小型種、アイセター氏族の族長、馬の扱いが得意


・パトリック

 最近領民になったばかりの神官四人衆の一人、体格はディアス並



――――




――――?? ????



「あ? なんだこいつら? こんなの情報になかったぞ」


 暗い空間で何かを見つけた男がそう呟くと、何かが男に応える。


「こいつらを司っているのは別の存在……? 別の場所? おいおい、そんな話は一度も―――」


 そう言って男は不満をぶつけるが、何かはその不満への解答はせずに、男が続ける不満の中に疑問や問いかけとも取れる部分があった場合にのみ、応えて返す。


「……くそったれ……じゃぁこいつらには何も手出し出来ねぇのか」


 かなりの時間あれこれと不満を口にしていた男は、なんとも無感情な応答しかしないそれに呆れたのか、諦めたのかそんなことを言ってから……暗い空間の中別の場所へと視線をやる。


 それから男は暗闇の中で口を閉ざして沈黙し……いつものように一人だけの時間を過ごすのだった。



――――南の荒野で ディアス



 エルアー伯爵が関所にやってきてから数日が経ってのある日の昼前……私はエルアー伯爵から貰った動物、ラクダを連れて荒野へとやってきていた。


 目的はラクダが本当に荒野の暑さに耐えられるのかを確認するためと……荒野に関するあれこれの準備が整いつつあるので、それらに関する確認をするためだ。


 同行しているのはエイマとパトリック、それとスーリオ達の獅子人族の三人と、ラクダの世話係ということで犬人族のアイセター氏族長コルムとなる。


「ほほう、ここが件の荒野ですか……この静けさと埃立つ空気にたまらぬ熱気、修行に良さそうな場所ですなぁ」


「ふーむ、このくらいの暑さなら俺達、獅子人族は全く問題なく動けますね。

 我々はマーハティ領やここよりも暑い場所で生まれた種族らしく、乾きと暑さには強い方なのですよ」


 そのうちのパトリックとスーリオがそんなことを言ってきて……私はそれに頷き返してから周囲の様子を見渡す。


 夏の荒野は草原とは比べ物にならない暑さとなっている。


 草原と同じく乾いていて風が吹いていて、湿気が濃い森の中よりはいくらかマシなのだが、それでも暑くてどんどん汗が流れて、そこに砂埃がまとわりつき、そうかと思えばすぐに汗が乾いて……肌に残った砂埃がなんとも気持ち悪い。


 その気持ち悪さに私が苦い顔をする中、修行のため後学のためという理由で同行したパトリックとスーリオ達は平気そうな顔をしていて……私の肩に乗っているエイマに至っては目を細めて涼し気な顔をして……荒野の熱気のこもった風を楽しんでいるかのようだ。


 ……エイマの故郷は火山の側かと思う程に暑いらしい砂漠らしいからなぁ、そこの暑さと比べればこの程度、涼しいということなのだろうなぁ。


 しかしそうなると、私と同じ東部出身のパトリックがどうして平気な顔をしているのかという話になるが……パトリック達は神を身近に感じたいがために様々な修行をこなしてきた特殊な神官らしいので、その経験のおかげ……なのかもしれないな。


「我輩にはこの暑さは少しばかり堪えますが……ラクダ達は全く問題ないようですなぁ。

 問題ないどころか初めてくる場所でも気にした様子もなく反芻していて、のんきというか温厚というか……図太というか、馬とは全く違った性格をしているようですなぁ」


 続けて垂れた耳をパタパタと揺らすコルムがそう声を上げると、コルムの側でのんびりとした様子を見せていたラクダ達が、自分達に用でもあるのかといった態度でコルムに顔を寄せて鼻息をぶふっと吐き出す。


「人懐っこく、どこだろうとぐっすり眠って、体力は無尽蔵かと思う程あって頑丈で……ミルクも驚く程の量を出しますし、出来ることならあと4・5頭程を手に入れて数を増やしてやりたいところですなぁ」


 更にコルムがそう声を上げてきて……私はラクダ達の一頭、メスのラクダへと視線をやって、ラクダを受け取った翌日早朝の騒動のことを思い出す。


 いつ子供を産んだのか、もらった3頭のうちの1頭、メスのラクダからミルクが出ることが発覚し、ミルクが大好きなスーク婆さんがすぐに乳搾りを始めたのだが、その量がとんでもない量で……両手で抱える程の大きな壺一杯分、メーアの10倍以上、馬や白ギーの4・5倍という量だったのだ。


 こんなに出るのはしばらく絞ってないからに違いないと考えたスーク婆さんは、その日だけの我慢だと頑張ってそれだけの量を絞った訳だが……翌日にも同量、翌々日にも同量が絞れてしまい、ラクダにとってはそれが当たり前なのか特に体調に問題はなく平気そうな顔をし続けていて……先にスーク婆さんの方が参ってしまうという有様だった。


 それからは体力がある者達、私やジョー達、パトリック達がミルク絞りを担当することになり……村にいることが多く、体力を持て余しているパトリック達が中心となってやってくれている。


 それだけの量がとれるラクダのミルクは、脂分が多くてミルクとしてはそこまで美味しくないのだが、チーズやバターにするとその脂分が良い具合になってくれて美味しく、スープ料理などに加えるとかなりの美味しさとなってくれる。


 実際に飼ったことはないが、故郷でラクダのことをあれこれと聞き知っていたらしいエイマが言うには、ラクダのミルクは滋養があって病気にも効くとかで、砂漠では病弱な人や子供に優先的に与えられていた、薬のようなものであるらしい。


 ラクダ自身病気に強いらしく、その強さがミルクに現れているとかで……周囲に泥水しかないなんて地域を旅する時にはメスのラクダを連れていって、ラクダには泥水を飲ませ、自分達はラクダの出すミルクを飲んで飢えと乾きを凌いでの旅をし……そんな旅を一、二ヶ月続けたとしてもラクダは全く問題なく旅を続けられるらしい。


 ……戦争中、木筒に焼いた石や綺麗な布なんかを詰め込んだもので泥水を濾して飲んだことがあったが、ラクダはそれに近い役割をこなせてしまうというか、薬になるとまで言われるミルクを出すことを考えると、そんなものと比較するのが失礼なくらいに優秀な動物であるらしい。


 その上、鞍さえあればその背に乗れるし、かなりの量の荷物を運ぶことも出来るし、足を取られてしまうような砂地であってもかなりの速度で歩けるとかで……今更ながらこんなに優秀な動物をあんな形で貰っても良かったのだろうかと思ってしまう程だ。


 なんてことを考えていると、ラクダの顔を撫で回していたコルムが私の側にやってきて、声をかけてくる。


「ディアス様、いつまでもここにいてもしょうがありません、件の水路予定地の確認にいきましょう。

 確認を終えたなら早く村に帰って……今日は氷で冷やした赤スグリワインでも頂きたいところですな」


「ああ、そうか、もう赤スグリの実が採れる時期だったなぁ。

 ……最近皆が妙にワインばっかり飲んでいるなぁとは思っていたが、赤スグリのだったか。

 飲み過ぎには気を付けるんだぞ」


 赤スグリ……セナイ達が森で世話をしている、たくさんの赤い実をつける木。


 その実はワインにすることが出来る代物で……王国東部ではあまり人気のない赤スグリワインだったが……酒造りが得意な洞人族が作っているからか、イルク村では大人気となっているようだ。


「えぇえぇ、もちろんですとも。

 程々に楽しみながら……日々の糧とさせていただきます」


 と、そう返してきてからコルムはラクダ達の手綱を引きながらある場所へと向かって歩き出す。


 そこは以前セナイとアイハンが……メーアモドキの同種と思われる変なトカゲと出会った場所で、そのトカゲが水を流すならここにしろと勧めてきた場所で……洞人族達が整備を進めてくれていた小川の水がそろそろそこに届くんだそうだ。


 小川の両岸を焼いた土や固い粘土、石壁などで整備してやると不思議なことに川の流れが早くなるらしく、どういう理屈なのか水量までが増えるんだそうで……そうやって整備しながら少しずつ流れを変えて荒野まで水を引っ張ってきた、ということらしい。


 荒野がいくら暑い地域でも、そうやって水が流ればいくらかの草が生えてくれるんだそうで……水と草があれば馬やラクダが行き来出来るようになるはずで、そうなれば探索や開拓が進むようになる……という訳だ。


 なんてことを考えながら足を進めていると、何かを感じ取ったのかまずラクダ達が反応し、次にコルムが鼻を鳴らし始め、そしてスーリオ達もまた鼻を鳴らし始める。


 水の匂いでも嗅ぎ取ったのかな? と、そんなことを考えながら私も真似をして鼻を鳴らしてみるが……ただただ砂粒が入り込んだだけで、盛大なくしゃみをするはめになるのだった。



―――― ? ????



「なんだと? ここから北は例外なく死の世界が広がっているはずではなかったのか?」


 ある場所で小さき者達が蠢いている。


 蠢き刃を研ぎ……そうしながら言葉を交わし、会議のようなことをしているようだ。


「まだ確定ではありませんが、大入り江で遊んでいた者の一人が、大地の上に不思議な生物を見かけたとのことで……。

 鋭い鱗に四本足ながら見たことのない姿だったと……伝承にあるドラゴンかとも思ったそうですが、それにしては小さかったとのことで……それはまるで我らを誘っているようだったとも」


「ふぅむ……? 死の大地には近付かないようにしていたが、探索をしてみるべきか?

 場合によっては死の大地を我らの領土とすべきかもしれん」


「しかしあの地は我らが暮らすには適しておりませんし、得るものもありませんぞ」


 それらの数は多く、その一帯を埋め尽くさんばかりで……その中でもひときわ大きな体の、会議の様子を静観していた一体が、大きな声を張り上げる。


「何かがいるのであれば調査をしない訳にはいくまい! 古の約定のこともある!

 何よりも誇り高き我らゴブリンの一族が、誘いを受けておいて退くなど許されんのだ!

 大入り江を拠点とし、そこから戦士達を派遣し……場合によってはその小さきドラゴンと一戦交える覚悟を示す必要があるだろう!!」


 それを受けてゴブリンの一族と名乗ったそれらは息を合わせて同時に『おう!』との声を張り上げて、周囲一帯を震わせるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、荒野のあれこれです。


最後に出てきたキャラ達の本格登場は当分先になる予定です


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