第329話 思惑の行く宛
――――まえがき
・登場人物紹介
・ナリウス
リチャードの下で働くギルド員、度々ディアスの側まで派遣されたりしており、結構な苦労人、腕は一流
――――
――――帰路の馬車の中で エルアー伯爵
ディアスとの会談を終えて挨拶を終えて……そうして帰路についたエルアー伯爵は、揺れる馬車の中で静かにほくそ笑んでいた。
そんな伯爵の向かいの席には同行してきた老従者の姿があり……当初の予定とは全く違う展開となったことを心配する従者が表情を曇らせていると、それを見てエルアー伯爵は口を開き、弾んだ声を上げる。
「そう心配するな、儂らは勝ち馬に乗ったのだ……そう、とんでもない勝ち馬だ。
儂には未来を見通す目もなければ、新しい何かを立ち上げる知識もなく、何かを成す勇気も度胸もなく、凡夫と言われても仕方ない男だが……それでのこれまでの日々で鍛え抜いてきた鑑識眼はそれなりのものと自負している。
そんな儂の鑑識眼はあの方を只者ではないと見抜いた、建国王様の再来であることを見抜いた……あの方がこれから何をするのか、何をしでかしていくのかはさっぱりと分からんが、あの方に乗っておけば負けは絶対に無いという確信を得た。
救国の英雄でドラゴン狩りで、僻地をたったの一年で開拓した極めて善性の男で、周囲には既に綺羅星の如く人材が集まっている様子。
あの方はこれから確実に大きくなっていくはずで……その下についてはいはい言うことを聞いておれば、それで儂らもその恩恵に与れるという訳だ。
先代カスデクス公も陛下も、王位後継者の誰であろうとも、あの方のようには振る舞えんだろう……あの方の周囲にいる獣人達を見れば分かる、あの方は味方でさえいれば儂のような男でも報いてくれるお方だ」
その言葉を受けて従者は表情を和らげ安堵し、深く頷いてエルアーの意見に賛同する。
そうして気を抜き老齢だからなのか突然の眠気に負けてウトウトとし始め……そんな従者の様子を見やりながらエルアーは、口には出せないことをあれこれと考えていく。
(……あの方は獣人族だけではなく、鳥人族まで従えていた。
これに魚人族が加わればまさに建国王の再来……建国王が今の、魔物が激減した時代に生まれていたなら何を成したのか……その答えを目に出来るのかもしれん。
……それにあの古めかしい挨拶をしてきた神官、態度からして旧道派なのだろう。
我が国の伝統と歴史を壊す新道派ではなく旧道派で、神殿まで作っているとなれば伝統ある貴族としては味方しない訳にはいかんだろうなぁ。
……何よりも旧道派で獣人にも別け隔てなく接する方であるとなれば、あんな家系図を持つ儂の家を忌み嫌うこともないだろう)
そう考えてエルアーは、子供の頃に目にしてしまった……決して封を破るな入るなと言われていた倉庫にあった家系図のことを思い出す。
その家系図は文字がかすれ一部が破れ、何代も前から追記の行われていない不完全なものだったのだが、問題はそこではなく初代エルアー伯爵についてが記述された部分が大問題で……それによると初代の妻はまさかの獣人、であるらしい。
獣人との間に子供を作り、その子が二代目で、それから血脈は途絶えることなく続いていて……恐らくは今もその血脈は続いてしまっている。
(儂に獣人の特徴はない、恐らくは代を重ねるに連れ血が薄まり、結果特徴が隠れているのだろう。
見た目は人間族だが獣人族の血を引いているなどと、そんなことを獣人を忌避する新道派に知られればどうなるか……考えるだに恐ろしい。
そんな家系図など焼いてしまえば良かったのかもしれんが、我が家の伝統と歴史を語る唯一の品を焼く勇気は、儂はもちろん、父上にもお祖父様にも無かったのだろうなぁ。
……恐らくは他にもそういう家が多くあるのだろう。
そもそもにおいて伝承によれば建国王様は亜人を忌避しておらん、人間も亜人も手を取り合って協力するための王国建国だ、そんなことをしていればそもそも建国それ自体が成らなかったのだろう。
そうなると当時、初代様のように亜人と絆を結ぶ家は多かったはず……そうして生まれた血と全く無関係でいるなど、人の世ではまず不可能なはず……そう、神殿のような閉鎖社会でもなければ……。
……よく似た顔の神官が側にいるというのは偶然ではないのだろう、神殿生まれだからこそ余計な血が混じらず……神器を扱える理由も恐らくそこなのだろう。
今では誰もが力が失われたから、長年の月日で劣化したから神器が扱えなくなったと、そう考えている……そう、王家さえもがそう考えている。
……そうなると王家の血も……そういうことなのだろうなぁ)
そんなことを考えて指にはめた指輪……エルアー伯爵家の印章が刻まれたものを撫でたエルアーは、なんとも満足げな一仕事終えたようなため息を吐き出すのだった。
――――同じ頃 関所でエルアー伯爵の馬車を見送りながら ヒューバート
「あそこまで見せてしまってよろしかったのですか?」
馬車を見送りながらヒューバートがそう声を上げると、隣に立つオリアナは小さく頷き言葉を返す。
「えぇ、この関所、ディアス様の態度、かの神器、従う獣人達……この程度であれば問題ありません。
そもそもディアス様は公爵……その立場を奪おうと思ったら他の公爵全員と陛下の同意が必要ですから、彼ら程度ではどうにも出来ませんよ」
「……はぁ、彼らのような貴族に変に騒がれてしまえば何らかの問題が起きそうなものですが……」
「彼らが何かを言ったとして、それを真に受ける者は居ないでしょう、なんらかの行動を起こす前にまず真偽の程を確認しようとするはずです。
そうしてこの地に接触してきたなら、それを逆手に取ってディアス様の人柄と名を知らしめる良い機会とさせて頂きます。
そのための場はこうして整っていますし、ディアス様も今日のような対応が出来るのなら問題ありませんし……後はわたくし達の方で上手く手綱を握るとしましょう。
せっかく公爵位を得ている上に他の公爵とも懇意にしているのですから、多少は大胆に動くべきです、そうやって動いていればこれはと目を付けてくる傑物もいるはず……。
教育係にしては越権的ではありますが、現状メーアバダル領は武力に偏り過ぎていますから、こういう手も打っておくべきだと考えます。
そういう意味で彼らはこれ以上ない好材料でした、ここまでの旅路で大体の人となりを知ることが出来ていましたから……。
……そもそもとしてこれから荒野、荒野から更に南に手を伸ばしたとして、その全ての事務処理と管理をあなた一人でどうにか出来るのですか?」
そう言われてヒューバートは納得したとばかりに頷いて、口をつぐむ。
ヒューバートにこういった策を練るのは不可能で、メーアバダル領に誰かを呼べる程の交流を有しておらず、人材確保の案がある訳でもなく……かの王都で癖の強い貴族達を相手に立ち回っていた、百戦錬磨のダレル夫人が言うことならば正しいのだろうという確信もあったからだ。
そうしてヒューバート達は踵を返し……これからの話をしようとディアスに声をかけようとするが、近くにいたはずのディアスの姿が見当たらない。
一体どこに行ったのだろうかと視線を巡らせていると、関所の門近くの見張り櫓の上から、
「おお、これなら遠くを見回せて良いなぁ……ただもう少し広くした方が石やら槍やらを投げやすくなるんじゃないか?」
なんてディアスの声が聞こえてくる。
いつの間にそこに移動したのか、静かに見送りが終わることを待つことが出来なかったのか……色々と言いたいことを抱えながらヒューバートとダレル夫人は、ディアスに声をかけるため見張り櫓の近くまで足を進めるのだった。
――――数週間後 王都のある酒場で
今日も酒場は満員御礼、全ての席が良い笑みを浮かべる客達で埋め尽くされている。
第一王子リチャードが始めた貴族改革は、当初は平民には関係ないことだと、この酒場に来る客の誰もが無関心でいたのだが……王家の直轄領が増え、騎士団領が増えるに連れて物流が活発化し、景気が良くなっていき……その効果が目に見えて出てくるようになると逆に、誰もが酒の席でその改革についての話題を口にするようになっていた。
毎日毎日飽きもせずに口にし、酒の肴にし、リチャードの名を讃えて盛り上がり……好景気の中で稼いだ金を盛大に消費し。
そんな客達に備えるため酒場の主人も毎日毎日大量の食料と酒を入荷していたのだが、夜が深くなる前にそれらのほとんどが売り切れてしまって……少しでも遅くに来る客は、売れ残りの不人気の食材を口にしなければならない程だった。
そんな酒場の二階の最奥……少しの銀貨を使って借りることの出来る個室のテーブル席で、ナリウスが「これはこれで悪くないんすけどねぇ……」なんてことを言いながら塩タラのスープをすすっていると、ドアではなく窓から誰かが室内に入ってくる気配があり……ナリウスが酒瓶を傾けながら振り返ると、赤髪の少女がにっこりと笑いながら、
「最近どう?」
なんて声をかけてくる。
「いやぁ……景気は良いんスけど、空気は良くはないッスねぇ。
王都はこうして景気が良い、直轄領も騎士団領も景気が良い、西方領も元占領地も景気が良い……なんとかアースドラゴンを討伐出来た北方領も景気が良いんすが、それ以外がって感じッスからねぇ」
そうナリウスが返すと少女は、天井を見上げこめかみの辺りを人差し指で叩きながらその言葉一つ一つを暗記し始める。
「特に領地召し上げになった貴族達は……元貴族達は、恨みを溜め込んでいて、他の貴族達は明日は我が身かと怯えていて……だってのに殿下の軍事力は増し続けていて、逆らうことも意見することも出来なくてって感じで……力で押さえつけられている間は良いんスけどねぇ……そのバランスが崩れた時や、力でどうにも出来ない策を打ってきた時には……どうなるッスかねぇ」
更にそう続けたナリウスの言葉に、少女は首を傾げながら言葉を返す。
「でも、領地を失った貴族って戦争中に非協力的だったとか、悪いことしたとか、そういう連中なんでしょ?
なら自業自得じゃない?」
「そりゃまぁそうなんスけど、自業自得だって罰を素直に受け入れるような殊勝な連中ならそもそもそんなことしでかさない訳で……いざ何かあった時、西方小反乱の時のようにあっさり鎮圧してくれる誰かが居れば良いんスけどねぇ……」
「ふーん……まぁ、ギルドとしては西方の力入れるみたいだし、反乱まではどうにも出来ないんじゃないかな」
「ま、そうなんスけどね……。
あ、そうそう、お父上とお母上は西方で元気にしているそうッスよ、ギルド長共々楽しくやってるそうッス」
「……えー、なにそれ。
娘に厄介事押し付けて自分達だけ楽しい思いしてる両親って、どう思う?」
「……いやいや、家庭の問題は家庭でなんとかしてくださいッス。
上司批判を促すようなこと言わないで欲しいッス」
そう言ってナリウスが渋い顔をしていると少女は、批判という言葉を使ったナリウスに、分かってるじゃんと言いたげな笑顔を送り……それから背負袋に入れていたらしい酒瓶を……特別上等なワインが入ったそれをテーブルに置いてから、入ってきた時のように多少の気配を残しながら窓から出ていく。
「……ギルドの皆も恩人、殿下も恩人……さてさて、どうしたもんッスかねぇ」
その酒瓶をじぃっと見やったナリウスは、そんな言葉を口にし……それから瓶の封を開けて中の上等な酒を一気に飲み干すのだった。
・第十一章リザルト
領民【231人】 → 【237人】
内訳:オリアナ・ダレル、フェンディア、パトリック、ピエール、プリモ、ポール、で6人
(鬼人族の女性達は結婚式を経てから領民になる予定、現状は出稼ぎのような立場)
・家畜【ヤギ】を4頭手に入れた。
・家畜【ラクダ】を3頭手に入れた。
他贈り物や交易などで様々な物資が出入りしている。
・施設【酒場】【神殿】が完成、運営を開始した。
・領内各地に【白い草】が生え始めた。
……荒野の南で蠢く何かの気配が……?
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回からは新章となり……領内開発やら南の荒野やらが中心になる予定です。
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