第328話 伯爵との会談


 関所の中に入り、クラウス達が用意した屋外に置かれた木製テーブルと椅子を並べただけの簡易な席について……そうして休憩を始めたエルアー伯爵は、向かい合う椅子に腰掛けた私にあれこれと質問を投げかけてきた。


 あれについてどう思うか、これについてどう思うか……あの人は、この地域は、こういう風習は、ああいう法律は、なんて風に様々なことを聞いてきて……どうしてそんなことを聞いてくるのか、意図が今一つ分からないものだったが、変わらず魂鑑定は青のままだったので、私は答えられる範囲で質問に答えていった。


 すると質問は、今一番したいことは何か、これからどうしていきたいのか、私が目指している到達点はどこなのかと、そんな内容まで踏み込んできて……私は頭を悩ませながらも、それに答えていく。


「今一番したいことも、目指している到達点も、基本的には同じ答えになるだろうな。

 村をより大きくしていきたい、皆の生活をもっと便利で豊かなものにしていきたい、もっと領民を増やしたい……つまりはまぁ、メーアバダル領を発展させたいということになる。

 よく分からないうちに領主になって、村を作ることになって……それから皆が集まってきてくれて賑やかになっていって……村が大きくなるのも領民が増えるのも、皆の生活が豊かになっていくのも、全部が嬉しいことで楽しいことで、そうやって色々なことが変化していくことが幸せなことなんだと思うようになって……。

 そんな楽しい日々がこれからも続いて欲しいというか、到達点も……そうだな、村が立派になって領民がうんと増えて、変化が落ち着いて皆の生活が安定すること、なんだろうな」


 すると伯爵は微笑みを浮かべながらうんうんと頷いて……また様々な質問を投げかけてくる。


 今度は私のことと言うよりも国についての質問で……今の王様をどう思うか、次の王様に誰がなって欲しいか、候補の誰かが新しく王様になったとして私はどうするのか、エルダンの父親のように領地を買い増やしたいのか、今の立場以上の出世を望むのか……と、そんなような質問だ。


 これらに関しては、悩むまでもないというか……あまり興味が無い事柄なのでするすると答えが口から出ていく。


「今の王様は……まぁ、王様なんだろうなぁとしか、一度しか会ったことがないからなぁ。

 次の王様は……まぁ、相応しい人がなったら良いんじゃないか? 誰かが新しい王様になっても……まぁー、私達はこれまで通り変わらないだろうしなぁ、ここら辺は正直、縁遠い話過ぎて深く考えたことがないし……関わることも無いと思っているよ。

 そして領地は面倒そうだし買うのはしなくても良いかなぁ、荒野みたいに無人の場所を領地にする方が面倒がなさそうで私に合ってそうだ。

 出世は……これも興味がないというか、公爵の上の立場なんて存在しているのか?」


 すると私の後方に控えていたダレル夫人やヒューバートから妙な反応がある。

 

 急に体を動かしたというかなんというか、変に思って振り返ると、二人は居住まいを正していて……同時にコホンと咳払いをする。


(……ちょっと危ない内容の質問だったので、手を伸ばすなり駆け寄るなりしてディアスさんを止めようとしたんですけど、ディアスさんが問題のない回答をしたので伸ばした手を戻し、立ち位置を戻した……と、そんなところでしょう)


 咳払いの後にエイマがそう説明をしてくれて……私はそんな変な質問だったかと首を傾げながら伯爵の方に向き直る。


 すると伯爵はうんうんと微笑みながら頷いて……それから真っ直ぐにこちらを見やりながらゆっくりと口を開く。


「不躾な質問に答えていただき、ありがとうございます。

 おかげさまでディアス様が何をお望みなのか、これからどういった道を歩みたいと考えているのか……大体のことが分かりました。

 ……そういうことであれば儂は、領地に帰還次第支度を整え、王都に向かいたいと思います。

 アールビー子爵やこの辺りのことは跡継ぎである息子に任せますのでご安心を」


「……うん? なんで急にそんな話に?

 王都に行ってどうするんだ?」


 私がそう問いかけると伯爵は、また微笑んで答えを返してくる。


「ディアス様のため、様々な活動をさせていただきたく思います。

 ……たとえば王城や王都の人々にディアス様の意志を伝えて誤解を招かぬようにしますとか、王都の貴族達と積極的に会合を行い、ディアス様のお立場を伝えるとか……ディアス様の味方を探すとか、ディアス様の力になってくれる人材を探すとかになります。

 本来であればこういったことはディアス様のご家族か手の者がなさるべきなのでしょうが、領地の管理で手一杯な現状、それも難しいでしょうし……ここは一つそういった手管に長じている儂にお任せください。

 もちろん越権行為などは致しません、あくまでエルアー伯爵家の者として……ディアス様に親しくしていただいている者としての立場を忘れずに行動いたしますとも」


「ふーむ……?

 人材を探してくれるというのは凄くありがたいが……他の、誤解とか会合とか、そういったことは必要なのか?」


「えぇ、もちろんですとも。

 現状ディアス様達はそういった活動をせずとも問題ない日々を送っていらっしゃるようですが、これからもそうだとは限りません。

 何かの事件をきっかけにして吹き出すように様々な問題が発生し、この地に押し寄せてくる可能性があり……儂がやろうとしているのは、それを未然に防ぐための根回し、のようなものです。

 こういった根回しのための会合……パーティなどが王都の辺りで盛んに行われていまして、昨今はこういったことばかりしている貴族を批判する声も少なからずあるのですが、かといって長年、大多数の者達が行ってきた慣例を全く無視するというのも危険です。

 逆に儂がディアス様に頼まれたと言いながらそういった場に顔を出せば……古い慣例に縛られた者達は大いに安堵することでしょう。

 ああ、救国の英雄も普通の貴族なのだと、自分達の仲間……同類なのだと親近感を抱き……その親近感が様々な問題の発生を防いでくれるのです。

 ディアス様ご自身ではなく、儂が行うというのには、批判する者達の声を抑えるという効果もありまして……この直接的過ぎずない程々の根回しが良いさじ加減の効果をもたらしてくれることでしょう。

 ……このエルアーは、領地の経営に失敗し多くの領地を失い、いつ伯爵位を失っても分からない状況にあり、ろくな軍事力を有しておらず軍事の経験もない、貴族としては無能に分類される男ですが、こういった根回しや社交に関しては一流を自負しておりますゆえ……必ずやかのダレル夫人を教育係に招いたばかりのディアス様の役に立ってみせましょう」


 と、そう言ってエルアー伯爵はダレル夫人のことを見やる。


 まだそこまでの挨拶は終わっていないというか、ダレル夫人の紹介もしていないのだが、エルアー伯爵はダレル夫人のことを知っていたようで……私がマナーの勉強なんかを始めたばかりということも気付いているようだ。


 気付いた上で伯爵は自分に任せた方が良いとそう言っているようで……私は少し悩んでから言葉を返す。


「エルアー伯爵の言いたいことはなんとなく分かったし、善意でそう言ってくれていることも分かっているんだが……一旦皆と相談させて欲しい。

 それから返事をさせてもらうよ」


 するとエルアー伯爵は微笑んだまま、満足そうに頷いてくれて……そこでダレル夫人よりも距離を取って何も言わず何もせずにいたベン伯父さん達がすっと前に出てきて、エルアー伯爵に何かを話し始める。


 一体何を話しているのかと気になったが、伯父さんが仕草でもって向こうに行っていろと伝えてきたので素直にそれに従うことにして席を外す。


 すると上空の見張りをしてくれていたサーヒィ達が降り立ってきて……私は腕を上げてサーヒィの着地点を作り出す。


 サーヒィの妻であるリーエス達が関所のあちこちに降り立つ中、サーヒィは報告のためにと私の腕へと降りてきて……それからサーヒィとあれこれ会話していると、伯父さんと会話していたはずのエルアー伯爵の方から、


「おぉぉぉ……」


 なんて声が上がり……目を輝かせ手を震わせて伯爵は、妙に感動したような様子を見せてくるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続きを軽くやって……他の地域のあれこれとなる予定です



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