第327話 二人の決断



――――座り込んだ石畳を撫でながら 二人の貴族



 恐怖のあまりに座り込み、不安のあまりに何かを握ろうとし、石畳を撫でることになった手を震わす二人の貴族はそれぞれ賢明に頭を働かせていた。


 一体これからどうするべきなのか、どうこの場を切り抜けるべきなのか。


 ……目の前の人物、メーアバダル公ディアスがなんらかの力を持っていることは間違いない。


 一度や二度……三度や四度、嘘を見破ったくらいなら洞察力のおかげだとか偶然だとか言えるだろうが、全ての嘘を見抜き本当のことを言えば即座に反応してくるなど……まず間違いなくなんらかの力によるもので、伝説の建国王のように心を読めてしまうに違いない。


 そうなるとただの平民が……まともな教育を受けていない孤児生まれなんかが英雄になれたのも納得だ、その力でもって敵と味方を良いように操ってきたのだろう、建国王のように活躍してみせたのだろう。


 何しろ心が読めるのだからそれも当然で、そんな力があるのなら異例の早さで公爵にまで成り上がれたことさえもが納得で……それに飽き足らずディアスは更に上を目指しているようだ。


 態度がそれを示している、悪趣味な程に金をかけすぎているあの鎧もそれを示している。


 それらだけでなく威信の象徴とも言える、建国王が使ったとされている王笏を手にしてしまっていて……もしかしたらそれすらも、心を読む力で手に入れたのかもしれないと二人は考える。


 自分ならこうする、心を読む力で誰かを脅し、操り建国王の墓を暴かせここまで持ってこさせ……そしてそれを奪う。


 ……そこまでして手に入れたということは恐らくディアスは、建国王のように王笏を使えてしまうはずで……もし仮に伝説で語られる他の神器までを手に入れようとしているのだとしたら……それどころか手に入れてしまっているのだとしたら、ディアスは大陸を統一した建国王と同じか、それに近い力を得てしまっていることになる。


 幼かった二人が初めて建国王の伝説を聞いた時には、そんな馬鹿な話があるものかと笑ったものだ。


 曰く、建国王は心が読める。

 曰く、建国王はその気配を完全に断つことで、姿を消すことが出来る。

 曰く、建国王は敵の位置や数を完璧に把握することが出来る。

 曰く、建国王は神々から十二の神器を下賜され、それらを扱うことが出来たのは建国王と聖人ディアのみだった。


 決して朽ちぬ大斧、大軍を焼き尽くす炎を吐き出す王笏、あらゆる傷を癒やす絨毯、敵にのみ効く毒を振りまく短剣、空を舞い飛ぶ手斧、すべての攻撃を弾き返す盾、矢を番える必要のない弓……などなど。


 それらの力と神器を手に建国王は大陸を跋扈していたモンスター達を駆逐し、同時に大陸各地で細々と暮らしていた人々をまとめ上げ……神々の助言を元にサンセリフェ王国を作り上げた。


 それから建国王の力の下に凄まじい速度で発展したサンセリフェ王国は、モンスター達に怯えずに済むという確かな平和を作り上げ、その栄華は未来永劫続くものと思われたが……それを成した力は建国王だけのものであった。


 建国王の子供も孫も……誰も彼もが特別な力を持っていなかった、神器を扱うことが出来なかった。


 そのうち神器は力を失ったのだと……決して王族が力を失ったのではなく、神器の方が力を失ったのだとされるようになり、王族の側にあっては余計な疑惑を産むだけだと全ての神器がなんらかの形で王族から遠ざけられていって……結果、王族は威信を失うことになり、そうして王国は分裂し……広大だった領土のほとんどを失い、今のような形へと成り果ててしまった。


 もしその力が、神器が再び集ったらどういうことになるのか……ディアスは一体全体、何のために、どんな目的でそんなことをしているのかと……二人は賢明に、必死に言葉を発することなく、立ち上がることもなく、ただただ頭だけを働かせ続ける。


 何しろ相手はこちらの考えを読めるのだから、思考をするだけでもかなりの気を使う必要がある。


 歴史学者は言う、建国王伝説など嘘ばかりだと、あるいは本当にあったものだと……心の全てを読めたからこその栄光だと言う者もいる。


 当時の記録など僅かな手がかりからあくまで読めるのは心の一部だけだと言う者もいたが……二人は先程の会話から、恐らくは考えていることのほとんどを読まれているのだろうという確信に近いものをもっていた。


 そうして二人は考える、ディアスと敵対すべきなのだろうか? と。


 たとえば先程ちらりと見た建国王の王笏のことを理由に、叛意があるだとかそんなことを王城に報告するのはどうだろうか? かつての建国王のように武力での大陸統一を夢見ていると密告するのはどうだろうか?


 ……いや、そんなことを言っても王城が簡単に信じてくれるとは思えない、話を王まで通そうにも、そこまで行くには様々な貴族への折衝やかなりの額の賄賂が必要となり……手間も時間も費用もかかりすぎてしまう。


 そんなことを決断したと読んだならディアスは当然対抗措置を講じてくるはずで、ぐずぐずしている間に暗殺やら武力侵攻やらを受けるのは明白で……どう考えてもリスクが大きすぎる。


 そうかと言って今更友好的な態度を取るというのもどうだろうか?


 ここに来てからずっと二人はディアスをどう利用してやろうか、どう貶めてやろうか、どう支配してやろうかと、そんなことばかりを考えていて……周囲の部下にもそういった方針であると伝えていて、そういった悪意全てを読まれてしまっている。


 今更友好などと言っても嘘臭すぎないだろうか? いや、待てよ、心を読めるのだから心底から願えば……と、そんなことを二人が考えた折、ずっと動かず喋らず、地面に座り込んだままの二人を見て、軽く首を傾げたディアスが、何故だか一瞬ディアス自身の胸元を見やる。


 何かを見ているような……胸元から聞こえる何かを聞こうとしているような、そんな態度で。


 直後、ディアスは手にした王笏を覆っていた布を払って顕にし……それを天に向かって突き上げる。


 森の中にあってこの関所に周囲は切り開かれた、青空を見ることの出来る一帯となっている、木々が少なく、爽やかな風が吹く……森らしからぬ場所となっている。


 そんな森の中の青空に向かって王笏を突き上げたディアスは、王笏から炎を……二人が今までに見たことのない、暖炉や焚き火、祝祭の日のかがり火とは比べ物にならない大きく勢いと熱量のある炎を巻き起こす。


 それを見た瞬間二人は今までの人生で受けたことのないような衝撃を受ける、驚きとか困惑とか、そんな言葉では言い表せない程の何かで心をぶっ叩かれ、頭の中を揺さぶられ……そうして二人の貴族は心を決める。


 一人は臣従、一人は逃走。


 そう決めたなら彼らの行動は早かった、驚き戸惑う部下達を一喝し方針を示し、それから即座に決めた方針のためにと動き出すのだった。



――――火付け杖を軽く振りながら ディアス



 後方のダレル夫人からの小さな声での指示を聞き取ったエイマが私にそれを伝えてきて、それを受けて私が思いっきり火を出そうとすると空に向けた火付け杖は、初めて使った時のように凄まじい火を吐き出した。


 周囲の気温が上がってしまうのではと思うくらいに吹き出し、それからゆっくりと火が弱まっていって……ドラゴンの意匠の口の辺りに微妙に残っていた火を振って消していると、まず先に立ち上がったアールビー子爵が声をかけてくる。


「きゅ、急で申し訳ないのですが同行者達の体調が優れないようでして……挨拶も終わりましたので、ここで失礼させていただければと思うのですが―――」


 確かに皆顔色が悪い、何ならアールビー子爵本人の顔色も悪いのだが、その言葉は犬人族の合図によると嘘で……ここで休憩していけば良いのでは? とか、薬湯を用意しようか? とか、咄嗟に頭の中に浮かんだ言葉達がすっと消えていく。


 そうして私が無言になっていると子爵はそれを了承の態度と受け取ったようでそそくさと……まるで戦場から逃げ出す兵士かのようにアールビー子爵一行は大慌てで来た道を戻っていく。


「ほっほっほ、あの若造が何か企んだとしても、このエルアーめが対応しますのでご安心くだされ。

 幸いにして我が領地はやつの領地のすぐ側……その動向全てをつぶさに監視できることでしょう。

 他にも王都からの客人の情報や……周辺各地の情報などもいち早く手に入れ、お知らせいたしますので……どうかこのエルアーめの顔と名前を覚えていただきたく」


 そんな子爵のことを見送りながら立ち上がって、腹を揺らしながら笑い、先程までとはまるで別人のような笑みを浮かべて目を細めて……なんだか急に老けたようにも見えるエルアー伯爵がそんなことを言ってくる。


 エルアー伯爵は私とそう変わらない年齢だったはずなのだが、なんだかすっかりと好々爺といったような印象で……犬人族の報告からすると全く嘘はついていないようだ。


 更にはエイマから、


(……関所の方から聞こえてくるアルナーさん達の声からすると、本当のことを言っているだけじゃなくて、悪意自体がなくなっているというか……心根自体が輝かんばかりの青になってるみたいですよ)


 との声が上がってくる。


 これには私も驚いたというか、思わず声を上げそうになる。


 さっきまで真っ赤だったのに今度は真っ青? 一体何がどうなったらそんなことに? 逆に心配になってくるというか、エルアー伯爵の情緒はどうなっているんだ? と、そんな事を考えているとエイマが言葉を続けてくる。


(……急過ぎる心変わりで怖いと言いますか、これからもある程度の警戒は必要だと思いますけど、青ならとりあえず表面上は仲良くしてあげても良いと思います。

 伯爵が連れてきた動物、あれはラクダというのですけど、乾きと飢えに強く、馬と同じくらいに人馴れする動物で……今後の荒野探索で大きな力となってくれるはずです。

 ラクダが手に入る地域にお住まいということは、ボク達の故郷である砂漠のことにも詳しそうですし……そういった面でも仲良くしておきたい相手だと思います)


 その言葉を受けて心の中で頷いた私は一応念の為振り返り、ダレル夫人やヒューバート、ベン伯父さんの表情を確認した上で、ひとまず話を聞いてみるかとエルアー伯爵に関所で休憩していかないかと、そんな声をかけるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続きやら何やらになる予定です。

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