第326話 再来
真っ赤になる程に悪意を持っている相手とはいえ、貴族であるならば挨拶をしなければいけない。
そうダレル夫人に教わっての私の挨拶に二人の貴族は少しの間硬直してから挨拶を返してくる。
「こ、これはご足労いただきありがとうございます、まさかメーアバダル公に名を知っていただけているとは光栄ですなぁ」
「い、いやはや本当に、そのご見識の広さに感服する次第です」
そんなことを言ってから丁寧に名乗って友好的な笑みを見せてきて……腹の中は悪意でいっぱいだというのに全くそれを見せてこない。
白々しいというかなんというか……ダレル夫人に事前にそういうものだと教わっていなかったら、嫌悪感が顔に出てしまっていたかもしれないなぁ。
今回私は表情作りにかなり力を入れている、ダレル夫人を前にして何度も何度も練習させられた結果を出そうと必死になっている。
ダレル夫人が持っていた手鏡を借りてまで練習したからそれなりのものには……感情を見せない微笑みを浮かべられているはずだが、果たしてどれだけ通用するだろうか……。
「お、お忙しい中、わざわざのお出迎え本当にありがたく……こちらはそんなメーアバダル公と友好を結びたいと思って用意した品々です、受け取っていただけるとありがたく……」
「わ、私もエルアー伯爵程ではないですが、心ばかりの品を用意させていただきましたので……」
挨拶を終えると二人はそう言ってきて……これもダレル夫人の想定通りだ。
少しだけ想定と違っていたのはエルアー伯爵の贈り物が動物だったことで……それはなんとも不思議な動物だった。
かなり大きな体で、馬……に似てなくもないが顔も体もかなり違う作りをしていて、愛嬌があるというか間の抜けた顔に、体を覆う毛は馬よりも太く長い。
そして背中には大きな山のようなコブがあり、そのコブの上には綺麗な模様の布と鞍が乗せられていて……どうやら騎乗が可能な動物であるらしい。
それが3頭……その動物と鞍などがエルアー伯爵の贈り物で、アールビー子爵の贈り物はダレル夫人の想定通り、宝石の類となっていた。
綺麗な箱に収めて、箱自体も高価そうで……金貨銀貨では露骨過ぎるがそれ以外だと運ぶのが大変なので、貴族同士の贈り物というとそういった宝石が定番なんだそうだ。
そういう意味では生きていて餌も水も必要な、体が大きいだけでなく力も強そうなこの動物はかなりの手間がかかった贈り物だと言えて……私は用意したお返しがこの動物や宝石の価値と釣り合ってくれるのだろうかと不安に思いながら手を上げる。
すると後ろに控えていたヒューバートが鉄のトレイに乗せたメーア布を持ってきてくれて……ヒューバートは岩塩を包んだそれをまずエルアー伯爵の部下に手渡し、そして次のメーア布と岩塩をダレル夫人から受け取りトレイに乗せて、同じようにアールビー子爵の部下へと手渡す。
エルアー伯爵には布を多めに、アールビー子爵には少し少なめに。
メーア布も岩塩もどちらも名産品で……そして以前来てくれた二人の貴族、サーシュス公爵達に贈った品でもある。
隣領では珍重されて高く買い取ってもらえているメーア布だが、王国全体ではまだまだ存在を知られておらず、その価値を知らない者にとってはただの布となる訳だが……メーアバダル公爵がサーシュス公爵に贈った品で、マーハティ公爵が愛用している品となると話が違ってくる……らしい。
3人もの公爵がその布に価値があると言えば、たとえ手触りが悪くすぐに破れるような、質の悪いボロ布であっても価値があるということになるのが貴族であるらしく……ヒューバートがあちらの部下達に、サーシュス公爵に贈った件などを説明すると、ただの布を送られ目を丸くしていた伯爵と子爵が、途端に表情を変えて両手をすり合わせながら礼の言葉を口にしてくる。
「お、おお、これがかのメーア布ですか! その名はマーハティ領に滞在している際何度も耳にしましたが、まさかそれをこうして手に出来るとは……あまりの嬉しさに一瞬喉が詰まってしまいました」
「ほ、本当に! こんなにも上等な、かのサーシュス公爵が認めた布をいただけるとは、これで次のパーティ用の服を仕立ててみるのも良いかもしれませんなぁ」
メーア布の名前を聞いていた、という部分はどうやら本当のようだ。
だけども嬉しいというのは嘘のようだ。
パーティ用の服にする気もさらさらないようで……何故それが分かるかと言えば、それは私の視線の先、伯爵達の遥か後方の木の枝の上に隠れている犬人族達が出している合図に答えがある。
その犬人族達は関所の見張り櫓から伯爵達が本当のことを言っているのか、嘘を言っているのかを示す合図を出せとの指示を受けている。
そして見張り櫓には関所勤めの鬼人族やアルナーがいて……アルナー達は伯爵達にその存在が気取られないように櫓の中に隠れながら魂鑑定を使っていて……魂鑑定の結果を受けてどんな合図を出すべきかの指示が櫓から出されている、という訳だ。
そんな櫓からの指示は私達人間族の耳には聞こえない音を奏でる、ある笛でもって出されている。
ダレル夫人が発案し、洞人族達がささっと作り上げたそれは犬笛と言うんだそうで……その笛の音の回数とかで指示を作り出しているという訳だ。
私からすると何の音も聞こえない笛で本当にそんなことが出来るのかと不安だったが……木の枝の上で両手を使っての大きな丸や大きなバツを賢明に作っている犬人族達を見るに、問題ないようだ。
……いやぁ、しかし、なんと言うかなぁ。
こうして魂鑑定の結果をまじまじと見続けるというのは中々堪えるものがあるな。
先程から二人の貴族達はメーア布を贈ったことをきっかけに……というか、それをきっかけにして、なんとかこちらにすり寄ってやろうと画策しているのか、あれこれと世間話をし続けている。
最近の王都について、王位後継者の動向について、貴族達の流行について、二人が聞きつけたらしい帝国が今どうしているかの情報……などなど。
その全てが嘘、隣領滞在中にあった出来事という調べればすぐに分かりそうな話さえも嘘、嘘嘘嘘。
目の前の友好的な笑みを浮かべる人間から放たれる言葉のほとんどが嘘で、次から次へと嘘が飛び出してきて……どうやら本当にこの二人の心の中には悪意しか無いらしい。
盗賊以上の悪意があるのに贈り物が出来て、笑みを浮かべることが出来て、おべっかを使うことが出来て……私には絶対に出来ない芸当だなぁ。
ダレル夫人が言うにはこんな貴族ばかりではないそうで、この二人は特に悪い方に分類されるそうだが……うぅむ、これが貴族社会というものか。
……なんというか気が滅入る、疲れてくる。
嘘をつくなと言ってやって、関所の門を閉ざしてイルク村に帰ってメーア達を撫でていたい……と、そんなことを私が考えていると、世間話に私が辟易としているのに気付いたのか、エルアー伯爵が咳払いをしてから、別の話を切り出してくる。
「ところでメーアバダル公はご存知ですかな? 実はマーハティ公は―――」
そう言ってエルアー伯爵が始めたのは……言ってしまうとエルダンの悪口だった。
ダレル夫人曰く、エルアー伯爵に限らず大体の貴族達はそう言う嫌な話を振ることで私の反応を見ようとするらしい。
反応を見て、私の心の中を読んで……それを武器にしようとするらしい。
もし仮に私がその話を面白いと言ったり賛同したりしたなら、更に適当な悪口を連ねて……そして私がボロを出すように誘導してくるらしい。
そのボロから私がエルダンの悪口を言っていた、私がエルダンから何かを奪おうと画策している、などなど……そんな話を作り出してエルダンとの交渉材料にしたり私の弱みにしたり……そんなことを狙っての、軽い挨拶代わりのようなもの、であるらしい。
……こんなものが挨拶代わりか……。
「……ああ、それは嘘だな」
気が滅入っているところにエルダンの悪口を言われて、我慢の限界が来たという訳ではないが、嫌な気持ちがチョロっと、少しだけ溢れてしまって……ついでにそんな言葉が口から出ていってしまう。
「……そ、それでですね、マーハティ公は―――」
エルアー伯爵はそれでもそんな話を続けてきて、何故か私の言葉を無視し反応することなく続けてきて……エルダンの悪口が駄目ならとどうでも良い話をしてきたり、自分の領の話をしてきたりするのだが、それでも嘘を重ねてくる伯爵に疲れてきっていた私は、自棄混じりとなって、そんな伯爵に対し更に言葉を漏らし続ける。
「それも嘘か、嘘だな……ああ、それも嘘。
……ああ、それは本当のことなのか、ただそれも嘘だ、嘘嘘、それも嘘……それは本当。
たまに本当のことを言うんだなぁ……ああそれは大嘘だ」
すると流石にというかなんというか、エルアー伯爵の言葉が止まる、止まってエルアー伯爵は何故だか顔を真っ青にし、脂汗を浮かべてガタガタと震え始める。
ついでにエルアー伯爵の反応を見ていたアールビー子爵までが同じような様子を見せていて……全く訳が分からない。
相手の話の途中で何の根拠もなく……いや、魂鑑定という根拠はあったのだけど、表に出来る根拠もなく嘘だと断じるなど無礼も無礼、糾弾され弱みにされてもおかしくない話なのだが……何故だかやらかした私ではなく、やらかされた側のエルアー伯爵と、その場にいただけで無関係なはずのアールビー子爵までがそんな状態となってしまっている。
一体何故、そんなことに?
なんてことを考えて私が首を傾げていると、青ざめ後ずさった二人が震える声を上げてくる。
「う、嘘が……おわかりになるので……」
「け、け、建国王様と同じ……あれはただの伝説では……」
そんな言葉を受けて私が、今建国王の話が関係あるのかと大きく首を傾げていると、森の木々の中を風が吹き抜けてきて……私の手に握られていた、火付け杖を覆っていた布が大きくめくり上がる。
すると二人はどうしてだか腰を抜かしてしまい……何故だか怯えている部下共々、なんとも情けない格好で地面に座り込んでしまうのだった。
―――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、二人の視点やら何やらになる予定です
そしてお知らせです
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