第321話 礼儀作法

 

 今回やってきたのは全部で6人。


 私達にマナーなどを教えてくれるオリアナ・ダレル夫人

 

 ベン伯父さんの手伝いをしてくれるフェンディアさん。


 そして神官兵であるというパトリック、ピエール、プリモ、ポールの4人。


 金色や茶色の髪は私よりも短く整え、太い眉を厳しく釣り上げ、口元はしっかりと引き締め、私と同じくらいの体格で筋骨隆々。


 神官服を身にまとい、手には鉄の杖を握っていて……儀式用らしいその杖は中々凄い作りとなっている。


 先端は槍のように尖っていて、その下には尖った刃のようなものが柄をぐるりと覆うように何枚もついていて……そして柄の中央辺りにはツメというか、何かを引っ掛けるためのフックのようなものがついている。


 それらはどう見ても戦闘用、戦場で見かけたとしても驚かないデザインになっていて……自己紹介を終えた4人の手にある杖を私がじぃっと見つめていると、4人が順番に声を上げてくる。


「流石メーアバダル公はお目が高い、これは中々の逸品となっておりましてな」


「こちらのフックは刃受けにございます、敵の剣をこれで受けたなら、杖をひょいとひねって剣を絡め取るとか折ってしまうか……と、まぁ色々出来てしまう訳ですな」


「先端のは刃のように見えますが、しっかり潰してありますので刃ではありません、飾りなのです……えぇえぇ、誰がなんと言おうとも飾りでございます。

 獣の頭は潰せますし、丸太は砕けますし、鉄の鎧も何のそのですが、刃ではないのです」


「神官から儀式用の杖を取り上げることは王族であっても難しく、我らはこれをどこにでも持ち込むことが出来ます。

 会談の場であれ、交渉の場であれ、パーティ会場であっても、です。

 神官である我らに暗殺などは絶対に出来ませんがその逆、警護においてはこれ以上ない適任であると自負しております。

 メーアバダル公とご家族の身の安全は我らにおまかせください」


 そう言って杖を地面に突き、グイと胸を張る4人にどう返したものだろうかと考えていると……彼らをここまで案内してくれた犬人族達が私の足元へと駆け寄ってきて、物凄い表情で彼らを見る。


 嫌っている……というよりは警戒しているといった感じで、私が思わず身構えていると、関所の物見櫓から声が飛んでくる。


「旦那ぁ! 女も男も全員青だよー!」


 それは早速関所で働いてくれている鬼人族の女性の声だった。


 物見櫓の中で自分の姿を上手く隠しながらの魂鑑定を行ったようで、その結果を報告してくれたようだが……こんな風に声にされてしまうのも問題だなぁ。


 犬人族を使ってこっそり知らせるとか、何か合図を決めておくかしたほうが良いかもしれないと、そんなことを考えていると、青という報告を聞きつけたのか、念のために関所の中で待ってもらっていたアルナーとセナイ達がこちらへとやってくる。


 するとダレル夫人を始めとした来訪者一同が驚いたような顔をし、アルナー達のことをじっと見つめる。


 ……ああ、そう言えば彼らは東部出身なのか。


 私と同じでこちらに来るまで亜人、獣人を見たことのない人達で……いや、エルダンのところで散々見てきたはずだよな?


 流石にそろそろ隣領周辺ではアルナー達のことが……私の家族が亜人であることが広まっているはずだし……一体何をそこまで驚いているのだろうか?


「おぉ、おぉ……本当であったか……ベンディア師の甥で救国の英雄で公爵でありながら、古道の教えに殉じておられる……」


「うむ、我らの旅路は決して無駄なものではなかったのだ」


「神殿生まれの公爵というのは王国史上初ではなかろうか?」


「聖人様の時代の煌めきが今ここに蘇ったのだ……」


 なんてことをパトリック達が涙ぐみながら口々に言う中、ダレル夫人はアルナー達の下へとなんとも洗練した仕草で歩いていって挨拶をし……アルナー達が、


「ディアスの婚約者でウルツの子、アルナーだ」


「私はディアスの子、セナイです!」

「わたしはディアスのこ、アイハンです!」


 と、父称での挨拶を返す。


 それを受けてダレル夫人は静かに微笑み、満足そうに頷き……それから私へと視線を戻し、言葉をかけてくる。


「公爵閣下、実はマーハティ公エルダン様よりお手紙を預かっておりまして……その手紙によると先々この地に悪意を持った貴族がやってくるとのことなのです。

 閣下の爵位を思えば大した相手ではなく、侮りたくなるでしょうが……相手も閣下の爵位は承知でやってくるはずで、何らかの手を打つつもりなのでしょう。

 ……その際、貴族らしい所作、振る舞いというのは大きな武器に成りえます。

 立場に相応しい振る舞いでもって相手を威圧し、怯ませ跪かせ……敵対する前にその意志を挫くだけでなく、その威光でもって味方に引き込むことが出来るかもしれません。

 アルナー様、セナイ様、アイハン様も同様で亜人または平民と侮る者達を言葉ではなく所作で認めさせたなら、余計な心労を抱えなくて済むことでしょう。

 ……貴族というのはどういう訳か損を嫌います、そして嫌うからこそ相手に損をさせようとします。

 その結果自らが大損することになるかもしれないというのに、それでもその愚行をやめられないのが貴族なのです。

 そしてそういった者達にこそ礼儀作法という武器は効果を発揮するものなのです」


「……難しいことはよく分からないが、礼儀作法に気を付けろというのは伯父さんからもエルダンからも……両親にもよく言われていたからな、ダレル夫人には迷惑をかけることになるとと思うがよろしく頼むよ」


 その言葉のすべてを理解しきれた訳ではないが、真っ当なことを言っているように思えるし、礼儀作法程度で余計なトラブルが回避出来るというのなら、そんなにありがたい話はない。


 言い終わるや否やといったタイミングでの私の言葉にダレル夫人は一瞬だけ目を見開き、そしてすぐに微笑み……その後も動揺しているのか何なのか、一瞬だけだが目を泳がせる。


 その過程で私の足元の犬人族へと視線をやって、何かに驚いたような表情をして、それに釣られて足元へと目をやると、パトリック達に向けて鼻筋に皺を寄せての凄い表情をしている犬人族達の姿が視界に入り込む。


 ……ああ、青と言われたことで、こちらのことを忘れてしまっていた。


「……一体全体何があったんだ? 犬人族達がここまで怒ることなんて早々無いぞ?」


 そう言って私がパトリック達に視線をやると、未だに涙ぐんであれこれと言い合っていたらしい4人は、一瞬きょとんとした顔をしてから、自分達が何をしたのかに気づいたのか慌てた様子となり、こんなことを言い始める。


「か、彼らは獣人だったのですな」


「いや、失敬、つい獣の類と思い込んでしまっていて……」


「彼らのような獣人は初めて目にしたものですから、ご容赦いただければと……」


「肉にするなんてのは暴言に過ぎましたな……」


 それを受けて私が、仮に動物だと思ったとして、首飾りをしていたり服を着ていたり、誰かが飼っている様子なのに肉にするとは何事だと、そんなことを考えていると……4人はそんな私の表情から何かを察したらしく、素早く動いて横一列に整列し、ビシッと背筋を伸ばして真っ直ぐに犬人族のことを見やり、それから鋭く洗練された所作で頭を深々と下げ、


『申し訳ございませんでしたぁぁぁぁ!』


 と、同時に響き合う声を上げる。


 すると唸り声を上げる寸前といった様子だった犬人族達は、あまりの勢いと鋭さを持った謝罪に怒気を払われてきょとんとし、それから私の顔を見上げ、4人のことを見やり……気にしないでとか、そこまでしなくてもとか、オロオロとした様子でパトリック達に声をかける。


 それを受けてダレル夫人は、


「……これは良い例とは言い切れませんが、このように効果があるのは確かなので、件の貴族が来るまでの間、集中して頑張っていただきます。

 そして件の貴族に関しましては……良い実践練習の相手と思って存分に利用してやると致しましょう」


 なんてことを言ってにっこりと微笑む。


 微笑み静かに佇み、ほんの少しだけ首を傾げてその所作でもって同意を求めてきて……それを受けて私達は、なんだかよく分からないうちに一斉に頷き同意をしてしまうのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、礼儀作法の授業開始やらなにやらです



そしてお知らせです

コミカライズ最新、39話がコミックアース・スターさんにて公開されました!

エルダンとジュウハが大活躍な一話となっていますので、ぜひぜひチェックしてください!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る