第316話 重い覚悟



――――マーハティ領 西部の街メラーンガルの領主屋敷で オリアナ・ダレル



 マーハティ公エルダンに客として招かれたとなってオリアナは一つの覚悟をしていた。


 それは客人……遠方地からの旅人という情報源として、様々な話をマーハティ公に披露することになるだろうという覚悟だ。


 王都から離れた辺境の地である程、王都からの旅人という存在は重宝されると聞いていた。

 

 王都の状況は今どうなっているのか、どんなものが流行っているのか、どんな人物のことがどんな出来事のことが噂になっているのか……それと貴族達の力関係はどうなっているのか。


 そういった情報を辺境地の領主が外から得ようとするのは極々自然なことで……そのために旅人は重宝される存在だとされているからだ。


 それがある程度の信頼のおける立場であるオリアナであれば尚の事で……たとえそれが信頼のおけない放浪者であっても、噂程度の情報が得られるならと辺境地の領主は旅人を歓待するのだそうだ。


 成り立てとはいえ公爵が自ら出迎えてくれたのだから、公爵自らの屋敷に招いてくれたのだから……何人もの世話役をつけてくれて、たっぷりの湯を沸かしてくれて入浴をさせてくれて、食べきれない程の果物や砂糖菓子を用意してくれて、朝昼晩の食事には金貨何枚になるのかというような香辛料を使ってくれたのだから。


 だからこそオリアナは当然のように持ちうる情報の全てを話すように求められると考えて、どういった情報をどういった組み立てて、どうやったら楽しんでもらえるかと、楽しんでもらえるにはどうしたら良いかと、そこまで考えて話の準備をしていたのだが……マーハティ公がそういった要求をしてくることは一切無かった。


 ただただオリアナを歓待し、旅の疲れが癒えるようにと気を配り……無償の奉仕に近いそれは数日に渡って続けられることになる。


 意味が分からない、意図が見えてこない。


 それでいてマーハティ公は、他の客人を……自らを歓待しろと声を上げ続ける貴族達を無視するという暴挙にも出ていて、その話を噂話や世話係の雑談として耳にする度、オリアナは困惑を深めていくことになる。


 オリアナも一応貴族の出ではあるが、ある伯爵家の分家の末席の小さな領地しか持っていない名ばかり貴族の末娘でしかない。


 そんなオリアナを歓待して、その貴族達……この近くに領地を持つ立派な家格の貴族を歓待しないというのがなんとも訳が分からない。


 ……まさかメーアバダル公の客人だからというだけ理由で、歓迎している訳でもあるまいに……。


 そうしてオリアナは困惑し続けることになるのだが、その隣でフェンディアは気にした様子もなく日に日に豪華になっていく歓待をただただ純粋に楽しみ続けていた。


 そんな友人の姿にオリアナは更に困惑してしまうのだが、それでもマーハティ公は歓待の手を緩めず……それをフェンディアは自然体で楽しみ続けてしまう。


 オリアナにそんなことをする度胸はなかった、そんなことが出来る訳がなかった。


 理由が分からないのが怖く、意図が見えてこないのが気持ち悪く、いっそ歓待を断ってしまった方が楽だなんてことを考えてしまうが、相応の礼もせずに報いもしないうちに歓待を断ることなんて無礼な真似も出来ず……そうしてマーハティ公が満足する時まで、その豪華過ぎる程に豪華な歓待を、複雑な心持ちで受け続けることになるのだった。



――――イルク村の広場で ディアス



 今日からイルク村にいくつかのユルトが新しく建つことになる。


 ジョーとロルカが結婚することになり、更に5人の領兵達が婚約することになり……その相手が引っ越してくるからだ。


 合計7人、新しい領民ということになるその7人は、お見合いをした女性達の中でも特に乗り気だったというか、勢い余って前のめりになっていた面々で……まだしっかりとした結納も終わってないのに、仕事があるならとイルク村に来てくれるんだそうだ。


 関所などで魂鑑定魔法を使っての、来訪者の見極めはとても重要かつ危険も伴う仕事だ。

 となると当然相応の報酬を支払う必要がある訳で……家事以外のそういった仕事で報酬が貰えるならと思っていた以上の前向きさになってくれたらしい。


 便利で使いようによっては様々なことができそうな魂鑑定魔法だが……7人はアルナーに比べると魔法の扱いが上手くないとかで、精度に問題があるというか簡単に対策出来てしまう程度なんだとかで、そこまでの過信は出来ないそうだ。


 相手がそれなりの魔力を持っていれば対策されてしまうし、魂鑑定に限らず魔法全体を防ぐような何か……そこまでの力がない品であっても、それを身につけているだけで効かなくなってしまうとかで……だけどもまぁ、それでも役に立つ魔法であることは確かだろう。


 魂鑑定魔法にばかり頼っていてはいけないということは、既に周知のことでもあったし……こっそり使うとか、不意打ちで使うとかとか、対策を回避する方法もそれなりにあるようだし、来訪者との面談を行うことになるクラウスの人を見る目と犬人族の鼻を組み合わせて運用することで、なんとかしていけば良い話だろう。


 私としては精度どうこうよりも、そうやって見つけた悪人をどうするべきなのか……ただ悪意を持っていただけで罰すべきなのか、嘘を言ったとしてどの程度の嘘であるなら罰するべきなのか……など、領主としての判断というか、以前練習した裁判を実践することになるかもしれないという点の方が心配で……以前エイマから言われたことを気にして、アルナーとベン伯父さんとエイマ、ヒューバートとゴルディア達という的確な助言をしてくれるであろう面々を広場へと呼び出した上で、そこら辺の話をしてみることにした。


「……皆はそこら辺のことをどう思う? 相手が貴族だったりしたら尚更ややこしいことになるんだろう?

 鬼人族の領民が増えて裁判がいくらか楽になるとは言え、そこら辺の判断はしなければならない訳だしなぁ……。

 変な人がやってきて変なトラブルが起きてから慌てて考えるより、今から対策を考えておいた方が良いのではないかと思うんだが……」


 と、私がそう話を振ると、ヒューバート以外の全員の視線が何故かヒューバートに集まり、それを受けてヒューバートが咳払いをした上で、言葉を返してくる。


「その辺りについては王都の判例集を取り寄せれば良い参考になるかとは思いますが……驚く程に値が張るものなので、財政にかなりの余裕が出るまでは自分が覚えている範囲の判例を参考にしながら皆さんで相談して決めるのが良いと思います。

 そして貴族対策に関しましてはもう少しで到着するはずの、ダレル夫人に意見を聞いてみるのがよろしいかと思います。

 貴族の子息や令嬢のマナー教師をやっていた夫人は、貴族間のトラブルの防止や回避に詳しく、同時にどう対処すべきなのか、どういう裁きが下されてきたかということにも詳しそうなので、そういった時には頼りになる方です。

 教育の一環として、こんな事件が起きたらどうするべきか、こんな時にはどう立ち回るべきか、どういう判断をすべきかという形の、実例を交えての実践形式の授業もして下さる方だと聞き及んでいますし、余程のことがなければ問題はないでしょう」


 そう言ってヒューバートは一度言葉を切り、一瞬だけ思い詰めたような表情をしてから、何か覚悟でも決まったのかもう一度の咳払いをし……それから私の目をじっと、いつも以上に力強く見つめながら言葉を続けてくる。


「これからするのはあくまで仮の話ですが、いくら話し合いをしても結果が出ないだとか、判例に無い問題だとか、急ぎ決断する必要がある案件などの場合には、ディアス様が己の心に従って判断を下してしまうのが一番かと思います。

 どういう判断をするのか、どういった罰を下すのか、その辺りに関しましては公爵であるディアス様が、完全な独断で決めても全く問題が無いのです……ここの皆さんはそれ程にディアス様を信頼していますし……何よりディアス様は公爵様なのですから、公爵様の決断とあれば否もありません。

 ……相手が貴族でその決断を不服として揉めに揉めて、どうしようもなくなったとしても、ディアス様には公爵の権力と領軍という武力という最終手段がありますので、それがあれば大体のことは解決出来るでしょう」


 ……ヒューバートのそんな言葉を受けて、私は硬直し絶句してしまう。


 最後の部分までは全く問題のない話だった、参考になるしダレル夫人の到着が待ち遠しいし……私が抱えていた不安のほとんどが取り除かれつつあった。


 だけども最後の最後で余計な不安が生まれてしまって、それが今までのものとは比べ物にならない程に大きくなってしまっていて……私はそんな思いでもって悲鳴に近い声を上げる。


「い、いやいや、駄目だろう、駄目だろうそれは、そんなこと許される訳がないだろう!?」


 するとヒューバートは至って冷静に……事も無げにあっさりと言葉を返してくる。


「いえ、王国法的には許されていますね、それが貴族というものですから。

 ……まぁ、あくまで最終手段、その使い方と判断を誤れば領民からの信頼を失い、払拭しようのない悪評を抱え込んでしまいますので、早々に使える手ではありませんが……それでもそういう選択肢があるということを忘れないでください。

 そう決断し過酷な罰を執行し、それを邪魔をする者があれば武力と権力をもって排除する……。

 横暴にも思えるその行為でもって治安を維持し領民を慰撫し安堵させる……その覚悟と責務こそが貴族の義務であり、領主の義務なのです。

 重く辛いこととは思いますが、それでも貴族である以上は、心のどこかで覚悟を決めておく必要があるでしょう」


 そんなヒューバートの言葉に私は何か返すべきだと口を開こうとする……が、以前エイマに言った、普段はふんぞり返っておいて、罰を下すといった心苦しい部分だけを人に押し付けるのは嫌だという、そんな自らの言葉を思い出してしまう。


 裁判の話から犯罪抑止の話をし始めたエイマ、その真意をようやく悟れたというか、なんというか……エルダンの授業でも似たような話があったが、まだまだその時は現実感が無かったというかなんというか……人が増えて色々な施設が出来上がって、色々なことが本格的に動き出して……ヒューバートにここまで言わせて、それでようやく私は貴族としての責任を自覚出来たようだ。


 そうして何も言わずに……しばしの間を置いてからコクリと頷いた私は、未だに躊躇が残るがそれでも皆を守るためだ、貴族としてやるだけのことをやってやろうと……拳を握りながらの覚悟をしっかりと、重く深く胸に刻みこむのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。

次回はこの続き、覚悟を決めたディアスのその後になります。


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