第317話 東と西の

――――まえがき


・登場キャラ紹介


・スーリオ

 獅子人族の男、隣領からの客でディアスの下で修行中、かつてディアスに対決を挑んだことがある


・リオードとクレヴェ

 獅子人族の男、獅子人族ながら覇気と膂力にかける二人、ディアスの下で修行中……だったが、最近はモントの下で軍略を学んでいる。


―――― 


 

 ヒューバートと領主の責務についてを話し合ってから、あれこれと頭を悩ませることになった私だったが、数時間もするとこれ以上一人で無駄に悩んでも仕方ないかという結論が出て……とりあえず皆に意見を聞いたり話し合ったりして、皆の知恵を借りながら考えていくことにした。


 これからやってくるダレル夫人という女性もそこら辺のことに詳しいそうだし、帝国ではどうなっているかを知っているモントに聞いてみても良さそうだし……様々な事件の中で様々な決断をしてきたはずのエルダンに聞いてみるのも良いかもしれない。


 もちろん責任の重さを忘れずこれからもしっかりと考えていくつもりだが、私なんかが一人であれこれ考えるよりも、もっと頭の良い人達の意見を聞いてそれを参考にして……その上で考えていく方が良いはずだ。


 そんな考えでもって開き直れた私は、新しく村にやってくる鬼人族の女性達のユルトが出来上がったとの報告を受けてその出来上がりの確認をしていって……その途中で倉庫の側で先程の私のように頭を悩ませているエリーとセキ達の姿が視界に入る。


 その側には売れ残った若いヤギの姿もあって……今日から村で飼うことになったオスが2頭メスが2頭のヤギの名付け辺りで悩んでいるのかな? と、そんな事を考えながら声をかける。


「どうしたんだ? 4頭も名付けをするとなるとやっぱり大変か?」


 するとエリーとセキ達はそんなことで悩んではいないとばかりに首を左右に振って、それからそれぞれが手にしていた大きな革袋を開き、その中身をこちらに見せてくる。


「ん? なんだこの袋……って、これ金貨と銀貨か!?

 な、何枚あるんだこれ!? いつのまにこんなに稼いだんだ!?」


 革袋にたっぷりと入ったその中身を見るなり私がそんな大声を上げると、エリーが頬に手を当てて小首を傾げながら言葉を返してくる。


「それがねぇ、思っていた以上に売れちゃったのよ、氷が、お隣で。

 最初はマーハティ公だけに売ろうかと思ってたんだけど、領主様とかお金持ちとかは自分達で使う分を自分達で作ってるみたいなのよねぇ。

 だから市場で売ることにして……でも最初は全然売れなくて、そしたらセキが氷で冷やした飲み物を売ったらどうかって言い出して……そういうことならって向こうの市場で材料を揃えた上で売ってみたのよ。

 果実水にハチミツを入れてローズウォーターで香り付けをして、それを氷でうんと冷やして馬車を露店みたいにして販売して……そしたら日に日に売上が伸びていって……。

 元々マーハティ公に売るつもりの物だったし、輸送とかに結構な手間もかかってるし……そういう訳で値段はかなりの高額設定したんだけど、それでもあっという間に売れちゃって、この結果という訳よ」


 そんなエリーの言葉に自分の名前を出してもらえたことが嬉しいのか、ニコニコ笑顔のセキが続く形で声を上げる。

 

「獣人国でもそうでしたけど、普通の庶民には氷の使い道なんて分かんねーと言いますか、冬以外に目にすること自体がねーですから、買って使うって発想がねーんですよ。

 だけども夏場に冷えた飲み物を飲む爽快感っていうか快感は貴族も庶民も関係ねーですから、一度飲みさえすればあっという間ですよ。

 俺達が馬車の前で一気飲みをして、美味い美味いって声を上げて、夏なのに冬みたいに体が冷えるなんてこと言ったら何人かが興味を持ってくれて……そこからはもう向こうの景気が良いってのもあって売れてくれましたね。

 ヤギでもまぁまぁ稼げましたけど、氷はその十倍以上の稼ぎになったんじゃねーですか?」


 そんなセキの声に続く形でサクやアオイもあれこれと語り始めて……セキ達が隣領で集めた情報によると、氷の需要はまだまだ……私達が思っていた以上にあるようだ。


 そんなに需要があって儲かるならエルダン達も作って売れば良いのにと思うが……向こうの夏は長く暑く、自分達で使う分で精一杯なんだそうだ。


 隣領にも寒い地域はある、西側の森の近くや北の山地など、冬になれば雪が降る地域はそれなりにある。

 

 そこに石造りの池というかなんというか……大きなため池を作って水を流し込んで冬の間中、何度も何度も氷を作って保存して……それだけのことをしても夏までに結構な量が溶けてしまうし、一度使い始めたら止まらないしで、そもそも売るという発想が無かったんだとか。


 私達もそれなりに氷を使いはするが……爽やかな風が吹き続けるおかげもあって、そこまでの量ではない。

 

 自分達では使わない、だから売れる。


 最初から売るつもりで溜め込んだのと、自分達で使うつもりで溜め込んだのと、その差は大きなもので……その結果がこの金貨と銀貨という訳だ。


「……今年の氷は春になったばかりの頃、慌てて山の湖とかからかき集めたものだったよな。

 ……真冬の間なら、ここら辺でも簡単に氷が作れる訳だし……来年は今年以上の氷を用意出来る訳だよな。

 そうすると……来年はもっともっと稼げるってことになるのか? これ以上の金貨と銀貨が集まるということなのか?」


 セキ達の話を受けて私がそう言うと……エリーとセキ達や「いやいやいや」と言いながらその手と首を左右に振り、言葉を返してくる。


「お父様、たくさん作ったなら作った程、その品の価値は低くなるものなのよ」


「市場で売れてる様は他の商人も見てますから、来年は他の商人も売り出すんじゃねーですか?」


「既に氷が作れる土地の売買が始まっていて、ため池作りも盛んになってるようですね」


「もちろん来年も売りにいきますけど、ここまでの稼ぎは期待しないほうがいいです。

 港があれば船に詰め込んで、南のうんと暑い地域に売りに行く……なんて手もありそうですけどね

 あとは思ってた以上に、氷や冷却ツボの力で食べ物の鮮度を保てることが分かったんで、牧草が豊富なここで家畜育てまくって肉にして持ってって売るとか……どこかで魚でも捕まえて持ってって売るとかの方が良いかもしれませんね。

 今回大量のヤギを運んで思い知ったんですけど、家畜の運搬って面倒くさすぎますよ、ここで解体して肉にして、肉だけで運べるなら良い商機になるんじゃないですかね?

 骨とか内蔵とか余計なものがない分だけ軽くなる訳ですし、輸送がうんと楽になりますよ」


 エリー、セキ、サク、アオイの順番でそう言って……そしてエリー達の視線がアオイに突き刺さる。


 その発想は無かったという表情で、その商機は見逃せないという欲望を漲らせて……そしてアオイによくその発想に至ったと、そんな声をかけてエリー達の手がアオイの頭に襲いかかり、髪の毛がグシャグシャになるまで撫で回される。


 それから実際にやれるものなのか、試しに色々やってみるべきだとか、それ用の容器なり馬車なりを作るべきだとそんな話し合いが始まって、盛り上がっていっている所にモントがスーリオとリオード、クレヴェの三人を引き連れてこちらへとやってくる。


「おう、ディアス、なんか話があるんだって? ヒューバートのやつが使いを寄越したぞ。

 帝国法や帝国領主の在り方、だったか? んなもん俺だってそんなには詳しくねぇぞ」


 やってくるなりそう言ってくるモントに私が言葉を返そうとしていると、スーリオ達の視線がセキ達の方へと向けられて、セキ達の視線もスーリオ達の方へと向けられる。


 そして両者はお互いのことを興味深そうに見やって……一体全体なんでそんなことに? と、私が首を傾げていると、エリーがそっと小声で話しかけてくる。


(この子達がちゃんと相対するって今回が初めてなのかしら?

 すれ違ったり、チラッと顔を合わせたりは何度かしていたはずなんだけど……お互い、何か思うところがあるのかしらね?

 隣領での商いの時とか道中とかは特に変なこともなかったんだけど……)


 それを受けて私がそう言えばそうだったかな? と、そんな事を考えながら首を傾げていると、そんな状況が面倒くさくなったのか、モントがスーリオ、リオード、クレヴェの三人の尻を義足で蹴飛ばし、半ば無理矢理にセキ達との会話を促すのだった。


――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、獣人についてとか、交易についてになります。



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