第314話 結婚に対する様々な想い



――――風変わりなお見合いを眺めながら ヒューバート



 お見合い会場から少し離れた所で、鬼人族達が連れてきたメーアのことを撫でながらヒューバートはなんとも言えない気分になっていた。


 目の前で起きているこれは果たしてお見合いと呼んで良いものなのだろうか? 本当にこれで両者の仲が縮まるのだろうか?


 そんな疑問を抱きながらも口にするのは憚られて……自分にこういったお見合いは無理だろうなぁとそんなことを思う。


 今日ここにヒューバートが居るのはお見合いが目的ではない、内政官として婚姻状況の改善を願ってのことで……他にも鬼人族との友好関係がどうなるかとか、ジョー達がこういった場でどういう態度を見せるかなど、そういったことも自らの目で確認したかったからである。


(酒は飲んでも程々、酔って暴れることはなく、賭け事や女遊びにも興味が無し……いや、興味はあるのかもしれないがその欲を律することが出来ていて……それによって大きな不満を抱えることはない。

 規律正しく、清廉潔白……王城の騎士団でもこうはいかないでしょうに)


 普段は欲を抑えられていても女性を前にしたら抑えられないかもしれない、無理矢理抑え込んだとしても表情や仕草に出てきてしまうかもしれない。

 

 お見合いが始まる前まではそんなことまで考えていたヒューバートだったが、実際に始まってみればそんなことは一切無く、やり方が極めて風変わりではあるものの、真摯に女性達と向かい合っていて……それを受けてヒューバートは驚くやら感心するやら、なんとも言えない気分となってディアスを見やる。


 戦争中、一度も略奪をしなかったらしいディアスとその仲間達。


 占領後の統治も良好で、おかげで戦後の統治もこれ以上ない程上手く進んでいて……内政官としてそれはこの上なくありがたく、好ましいことではあるのだが、一体全体どうやったら、そんな稀に見る軍隊が出来上がるのやら……。


(……ディアス様は自分達の戦いについてこられなかった者は、いくらかの銀貨を持たせて故郷に返すか、占領地で暮らせるように手配したそうですが……それには素行不良の者も含まれていたとかですかね?

 そういった者にとって厳しい規律の軍隊から抜けられる上にそれなりの額の金銭が手に入るというのはありがたいことでしょうし……それを繰り返して二十年……。

 つまり最後まで戦友として残り続けた彼らはただの志願兵の生き残りではなく、選りすぐりの精鋭達……ディアス様という頑固かつ愚直な篩(ふる)いに掛けられた最上級の一摘み、ということになるのでしょうか。

 それが33人……先の反乱騒動での活躍もそうですが、ただの兵士として考えるべきではないのでしょうねぇ。

 ……そうなると、待遇をもう少しだけ改善すべきでしょうか)


 今のところ待遇面での不満は出ていないが、家庭を持つとなれば様々な物が入り用となるだろうし、妻のため子供のためということにもなっていくはず。


(とは言え収入が無いことにはどうしようも……。

 行商でそれなりに稼いでいるとはいえ、まだまだ出ていく金額の方が多いですし……行商の頻度を上げるべきでしょうかね。

 各地の建設作業も落ち着いてきて、ジョーさん達全員を動員しなければいけないという状況は脱しましたし……護衛や作業員として同行させることでエリーさん達の負担を可能な限り減らし、その分だけ頻度を上げて……。

 それと街道が出来上がったのですから、隣国商人の通行も許可すべきでしょうね、無償との約束をしているペイジンさん達を呼び水として、他の商人達も引き込めれば……通行税でかなりの収入になるはず……。

 通行税が取れないのだとしてもペイジンさん達の行き来があるだけで、宿泊や食事、護衛や隣領への案内など様々な収益が発生するはず……まずはそこからですかねぇ)


 メーアバダル領の財政が安定している最大の理由はモンスター……特にドラゴンの素材を定期的に売っているからだったりするのだが、いつ来るか分からないそれを当てにするのは内政官としてはあり得ないことだった。


 と、ヒューバートがそんなことを考えながらメーアの頭を撫で回していると、メーアから抗議の声が上がる。


「メァー! メァメァー!」


 もっと集中して撫でないか、それが嫌なら何か面白い話でもしてみせろ。


 イルク村のメーア達とはまた違った様子で……荒々しい声を上げるメーアに少し驚きながらヒューバートは、


「そうですねぇ、では物流における道と川の重要性についてお話しましょうか」


 と、考え事をしながらの上の空だったためか、そんなことを口にしてしまう。


 それからすぐにヒューバートは己の過ちに気付くが、ヒューバートが何かを言うよりも早くメーアが一声、


「メァァ!」


 と、返事を口にする。


 それは面白そうだから話してみろ! と、そんな意味が込められたもので……そうしてヒューバートはそのメーアに対し、物流に関する講義を行うことになるのだった。



――――それから数日後のイルク村で ディアス



 お見合いが終わって、結婚に前向きな女性が思っていたよりも多い11人もの女性が結婚しても良い……かもしれないと名乗りを上げてくれた。


 女性達が今一つ煮え切らない態度なのには理由があり、それはイルク村での暮らしがどんなものなのかをよく知らないから、というものだった。


 王国式の暮らしとはどんなものなのか……?

 物凄く不便な暮らしなのではないか? 理不尽な法を守らなければならないのではないか? 思いもよらないとんでもない文化があるのではないか?


 アルナーが幸せに暮らしているとは聞いてはいるものの、それでもそういった不安は尽きないようで……そういうことならばと今日は朝から11人の女性達がイルク村……というかメーアバダル領全体の見学に来てもらうことにした。


 まずは鬼人族の村から近いということで西側関所を見てもらい、そこから街道を見ながらイルク村へと移動し、それからイルク村の各施設を見てもらう……という流れだ。


 まだ出来かけではあるものの大規模な関所は、これがあれば安心出来ると喜んでもらえた、街道に関してはそこまでの反応は無かったが、行商人がよく来るようになると説明したらかなり喜んでもらえた。


 神殿に関しては、鬼人族にはない信仰を押し付けることにならないかと危惧していたのだけど、どんな教義なのかということとメーアを祀る予定だとの説明をしたらすんなりと受け入れてもらえた。


 そして女性陣が何よりも喜び、歓喜の声まで上げたのは完成間近の洗濯場と竈場だった。


「え、なにこれすごい楽出来るじゃないの!」

「アルナー! あんたこんな良い台所で楽をしてたのかい!」

「え、さっきのあそこで洗濯出来るの? 冬はメーア布で覆った上でこの石窯で暖まで取ってくれるの? 湯沸かしまで? 煮洗いまで出来るの?」

「え、あ、うん、あたしここに嫁ぐわ、えっと、相手は誰だっけ……ああ、そこのアンタだ、アンタのユルトはどこなの?」


 まず洗濯場を見てそれから竈場へと移動して、移動した途端に一気に言葉が溢れ出し、これでもかと盛り上がり、勢いのまま結婚しようとする者まで現れて……笑みを弾けさせながら細々とした説明をしていたアルナーを捕まえてあれこれと文句を言って……というかじゃれ合いのような言葉を投げかけたりもして。


 そうやって盛り上がっている女性達の下に、イルク村で飼っている家畜を紹介するためにとシェップ氏族とアイセター氏族達が、またも増えて40羽程の大所帯になったガチョウや、6頭の白ギー、2頭のロバまでを連れてくる。


 すると女性達は更に盛り上がり……そんな盛り上がりに気を良くしたシェップ氏族長のシェフが、自慢げに胸を反らせながら大きな声を張り上げる。


「ゴルディアさんにお願いして、売れ残ったヤギをうちのにしてもらうことにしたんですよ!

 だから今度ヤギも増えるんですよ!!」


 そこからはもう女性達は盛り上がるというか肉が食べ放題だとかチーズが食べ放題だとかそんなことを言い出しての興奮状態となってしまい、興奮のあまりにこちらの言葉は全く届かなくなってしまう。


 そんな女性達を見て結婚相手となるジョーを始めとした11人は……結婚話が上手くいきそうなことを喜ぶ反面、先日のお見合い会のこともあってか元気過ぎる程に元気な女性達に怯んでしまう思いもあるようで……なんとも言えない複雑そうな表情を浮かべたまま立ち尽くしてしまうのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました!


次回はこの続きとか、移動中の誰かさん達になるかもしれない感じです


そしてお知らせです


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