第313話 鬼人族とのお見合い

――――まえがき


・お見合いに参加している面々


・ジョー

 ディアスの戦友、人間族、独身


・ロルカ

 ディアスの戦友、人間族、独身


・その他大勢(30名)

 ディアスの戦友、人間族、独身


――――





 乗馬の心得を見せてみろ。


 そう言われて私が想像していた光景は、優雅に馬に乗りゆったりと草原を散歩する光景だったのだが……目の前で行われている光景はそんな私の想像とは全く別のものとなっていた。


 まずジョー達が用意した馬が7頭の軍馬、鬼人族がその姿を見るなり大歓声を上げるような厳つい体躯の馬達で……それに順番に乗ることになったジョー達がやっているのは、全力で逃げる鬼人族の馬……同じ数の7頭を追いかけるというものだ。


 鬼人族の馬にはお見合いに前向きな女性達が、これまた順番で乗ることになっていて、結婚を望むジョー達は乗馬の腕前を見せるために、それを追いかけ捕まえなければならない……らしい。


 流石に乗馬の状態で女性を掴むだとか縄をかけるだとかしたら落馬の危険性があるのでそこまではしないが、追いかけ追いつき馬の尻を叩くか女性の肩を叩くかする必要があるそうで……そんな追いかけっこが始まったことにより、私達の目の前を何頭もの馬達が、凄まじいまでの地響きを上げながら駆け回っている。


「やれやれー! やっちまえー!」

「なんだよ、立派なのは馬だけかぁ!!」

「馬の動きに合わせて体を振れ、体をぉ!!」


 その光景を見やりながら、いつの間にか集まってきた鬼人族の男衆達はそんな声を上げていて……お見合いに参加した女性の何人かもなんとも楽しそうな表情で声援を上げていて……すっかりと宴のような状態になっている。


「……ジョーもロルカも下手ではないんだが、中々追いつけないなぁ」


 そんな中私がそう呟くと、隣に立つアルナーがその瞳を煌めかせながら言葉を返してくる。


「女のほうがどうしたって体が軽いからな、その分だけ馬も楽に速く駆けるんだ。

 うちの軍馬は抜群に良い馬だし、それでも追いつけるだけの力は持っているんだが……それをジョー達が上手く活かせていないのが問題だな」


「……結婚を決める場に馬で追いかけるとか、追いつくとか、そんなことが関係するものなのか?」


 私がそう返すとアルナーは、目を丸くして……それからため息まじりの言葉を返してくる。


「盗賊が馬に乗っていたとして、ああやって逃げられたらどう捕まえるんだ?

 逆に盗賊から家族を連れて逃げる必要があるかもしれないし……馬で速く駆けられるというのはそれだけ大事なことなんだ。

 狩りや行商に、馬の扱いさえ上手ければ食うに困ることもないだろうし……馬の扱いを見るということはつまり、その男の男気を見るということに等しいんだ。

 ディアスはまぁ……馬とか関係なしに暴れられるから良いかもしれないが、他の男達はそういう訳にもいかないからな」


「……そういうもの、なのかぁ。

 ……んん? 女性達が弓を手にし始めたが、何をするつもりなんだ?」


 そう言って私が馬上の鬼人族の女性を指差すと……アルナーが「ああ」と声を上げてから、目の前で起きていることを、そのまま説明してくれる。


「左手で弓を持って右手で矢を持って、首の後ろで矢を番えて……弓を持った左手を後方に向けてまっすぐに伸ばし、弦を張る。

 あとは伸ばした左手で狙いをつけて放てば……馬を前に進めながら後方に向けて矢を放てる訳だ」


「い、いやいやいやいや、この状況で矢を放ってどうするんだ!? ジョー達に当てる気か!?」


 アルナーの説明に驚き、大慌てでそう返すとアルナーは矢をよく見ろと、視線と指先を向けることで促してきて……その通りにすると、布で丸く包まれた矢じりが視界に入り込む。


「矢の先を潰してメーア布で包んで……あれならば当たっても刺さりはしないし、痛みもなくポトリと落ちてそれで終わりだ。

 ジョー達があまりにもだらしないからアレでからかってやろうと、そういうつもりのようだ」


 そうアルナーが言うや否や、女性達が構える弓から矢が次々に放たれ……ジョー達はそれをあっさりと避けるなり、素手で叩き落とすなりして防ぐ。


 そしてそれがきっかけとなってしまったのだろう、ジョー達の目が鋭くなり姿勢が前のめりとなり……明らかな戦闘態勢に入ってしまう。


 矢を射掛けられて怒ったという訳ではなく、長年を戦場で過ごしていたせいで無意識的に体と心がそうなってしまったようで……そこからジョー達が連携するかのような動きを見せ始める。


 それもまた無意識のことなのだろう、長い間一緒に戦った仲間との言葉のいらない連携……言葉もなく合図もなく、ただなんとなく仲間がどうするつもりなのか、どうしようとしているのかが分かってしまい、考えるまでもなく体がそれに合わせて動いてしまう。


 狼のように連携して追いかけ、狙った方向に追い詰め、囲うようにして広がり……じわじわと、急に動きが変わったことに驚く女性達を追い詰めていく。


「あーあー、大人気ないですねぇ……何も本気にならなくても良いでしょうに」


 その様子に私とアルナーが唖然としていると、犬人族達と一緒に軍馬達を連れてきてくれたリヤンが声をかけてくる。


 既婚者の余裕というかなんというか……既に妻がいるリヤンは頭の後ろで腕を組みながら更に言葉を続けてくる。


「これから家族になろうって相手を怖がらせてどうするんだか、ディアス様……終わったらあいつらのこと叱ってやったほうが良いですよ」


 すると私が何かを言うよりも早くアルナーが「ふんっ」と鼻を鳴らしてから返事を口にする。


「鬼人族の女がそんなことで怖がる訳がないだろう?

 むしろあんな動きが出来るのかと、ああいう狩りが出来るのかと見直して惚れ直すところだ。

 実際……ほら、よく見てみろ、追いかけられている女達も嫌がるどころか、笑みを浮かべながら矢を射っているぞ」


 言われて女性達の顔を見てみると、アルナーの言う通り笑みを浮かべて、どこか幸せそうな表情をしていて……その顔はいつかに見たアルナーのそれによく似ていた。


 こんなに上手く狩りが出来るなら稼いでくれるはず、こんなに男気があるなら良い家長になるはず、こんなに立派な馬に乗っているなら……と、女性達の心の声が聞こえてくるかのようだ。


「これは……合格ということで良いのだろうか?」


 その様子を見やりながら感心するというか呆れるというか、なんとも言えない気分で私がそう言うと、アルナーといつのまにか側にやってきたモールや犬人族までが満足げな表情で頷き……そしてリヤンは私と同じような表情でその顔を左右に振る。


 そうしているうちにジョーが一人を捕まえて、ロルカが一人を捕まえて……数が減ったことにより包囲網が完成していき、他の面々も捕まえ始める。


「ま、これでお見合い終わったって訳じゃぁなくて、ひとまずの顔合わせが終わっただけに過ぎないよ。

 これから両親に挨拶したり、結納の話し合いをしたりして……それでようやくってとこかねぇ。

 これで捕まえたからそれで良しって訳でもなくて、最後までグズグスしていたのは減点だしねぇ……これからまた他の男達にも参加させて、そちらの男気も見極めさせてもらって、あとは女達が誰を選ぶかってところかね。

 結納は……まぁ、あのヤギでも良いし、何か他の品でも良いし、話し合いの結果次第ではあるが……友好の証ってことでオマケしてやっても良いんだよ?」


 追いかけっこが終了となったタイミングでモールがそんなことを言ってきて、それからカッカッカと笑い……そうして鬼人族の女性とのお見合い、いや、顔合わせはとりあえずは無事に終了となるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はここからの進展やら何やらになる予定です。



そしてお知らせです


ついに明後日8月18日発売となった、小説最新刊に登場するディアスの新装備ラフを近況ノートで公開!


口絵でも活躍するデザインですので、8巻を手に取って確認していただければと思います!

すでに各書店入荷しているところもあるようで、書店やネットショップなどでぜひぜひチェックしてみてくださいな!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る