第311話 神殿と女性達
――――まえがき
・イルク村のメーア達
・フランシス一家
フランシス、フランソワ、六つ子達
・エゼルバルド一家
エゼルバルド、五人の妻達
・新参のメーア達
全部で18人
――――
関所の確認を終えたならイルク村へと戻り……次に建設状況の確認をするのはイルク村の西側に建てられることになった神殿だ。
イルク村から西へ進み川を越えてもう少し進み、イルク村から見えないこともない程度に離れた場所で建築が始まっていて……何故そこに神殿を建てることになったかと言えば、メーア達がそう決めたからだ。
ベン伯父さんは神殿にメーアを神の使いとして祀ろうとしている、ならばメーアに意見を聞くのが一番だろうということになり、フランシス率いるイルク村のメーア達が選んだ場所がそこだったという訳だ。
神殿の建設予定地の近くには少しだけ小高くなった丘のようなものがあり、その丘の上が白い草の群生地となっていて……メーア達が言うには、そこの白い草は特別美味しく、それでいて他よりも多く早く生え揃ってくれるらしい。
犬人族に頼んで水や葉肥石の粉末を撒いておけば、それはもう物凄い勢いで生えてくるとかで……その群生地を守るため、なんて目的もあったようだ。
群生地の側に神殿を建てて、神殿という建築物がそこにあり、人の行き来があれば野生の動物は近付かないはずで……そうすることでその一帯をメーアだけの食堂のようなものにしてしまおうと、そういうことらしい。
ベイヤースの手綱を操り、そこへと近付いていくと大きな……関所に比べればかなり小さい、石造りの建物が見えてきて……そして丘の上に寝転がるメーア達の姿も見えてくる。
フランシス一家に、エゼルバルド一家に、新参のメーア達に、イルク村のメーアが勢ぞろいして寝転がり……穏やかな陽の光とそよ風の中、大きく膨らませた腹を投げ出してスピスピと鼻を鳴らしながら眠っている。
普段のメーア達は足を丁寧に畳んで座るようにして眠るものなのだが、その体勢だと大きく膨らんだ腹が邪魔になるからなのか、足も腹も投げ出しての横倒しのような状態となっていて……六つ子達に至ってはその腹を空に向けての仰向けとなっている。
挙句の果てにフランシスは、眠りながらもその口を白い草へと押し付けてモグモグと口を動かし、夢の中での食事を続けていて……何をやっているのだかなぁと呆れながら近づくと、その長い耳をピクリと動かしたフランシスとエゼルバルドが目を覚まして起き上がり、起き上がるなり周囲を鋭い目で見回し……それから気配の正体が私であると気付くと、安堵の表情でこちらへと駆け寄ってくる。
周囲には護衛の犬人族の姿もあり、そこまで警戒しなくても良いだろうにと思うが……それでも長であるフランシスと、そのライバルであるエゼルバルドとしては油断は出来ないようで……ベイヤースから降りて犬人族に手綱を預けた私は、そんな二人のことを存分に撫で回してやる。
二人が満足するまで撫で回したなら改めて神殿へと向かい……外観としてはほとんど完成状態にある神殿のことをしっかりと確認していく。
入口の前には太い二本の石柱があり、その上には凛々しいメーアの石像が置かれている。
ここがどんな神殿であるかを示すシンボルというか、なんというか……つい先程見たメーア達の光景からは考えられない程に凛々しく、力強い。
そして柱の間を貫くように石畳の道がまっすぐに続き……その先に四角い建物に三角の屋根を乗せたといった感じの、なんともシンプルな建物が堂々と構えている。
関所のように石を積み上げているのだけども、積み上げる前にしっかり削って整えているのか、石一つ一つの大きさや形はどれも同じものとなっていて、整然とした印象だ。
石の表面もよく磨かれていて綺麗なもので……もしかしたら何かの塗料を塗っているのかもしれない。
大きさとしてはイルク村で一番の大きさとなり、大体広場くらいの広さとなっていて……私が知る神殿と比べると、驚く程に小規模のものとなっている。
そんな神殿の中は未完成らしく入ることが出来ず、完成したなら祈りのための場があるだけの空間となるそうで……聖人ディアの教えを研究する場や、子供のための学び舎、写本をする場、炊き出しのための調理場などは、追々必要になってから作っていくそうだ。
「まぁ、今あれこれ増やしても人手が足りないからなぁ……増築するのは人手が増えてからになるんだろうなぁ。
……そう言えばベン伯父さんが呼んだという人は今どの辺りにいるんだろうな?」
中には入らず神殿の回りをぐるぐると歩きながらそんなことを言っているとフランシスとエゼルバルドが「メァメァ」「メァーン」と、まだ遠いんじゃないか、もう少しかかるんじゃないかと、そんなことを言ってくる。
それを受けて私が言葉を返そうとしていると、全く気配がなかったはずの背後から声が響いてくる。
「距離から考えてもう隣領に入ったころだろうな、マーハティ公によろしく頼むと手紙を送っておいたから、隣領に入りさえすれば問題なく迅速に、ここに来てくれるはずだ」
それはベン伯父さんの声で私とフランシスとエゼルバルドは、その声に驚きながら振り返り……いたずらが成功したとばかりにニヤリと笑うベン伯父さんを見て、一体何をやっているのやらと三人同時のため息を吐き出すのだった。
――――マーハティ領 東部の街バーンガルの市場で ある女性
知人に誘われ確固たる決意をし、かの英雄公爵を立派な貴族にするためにとメーアバダル領へ旅立ったその女性……オリアナ・ダレルは、ついにメーアバダルの隣領であるマーハティ領へと足を踏み入れていた。
王都では見かけなかった獣人が多く、嗅いだことのない不思議な香り……食欲を刺激する香りがそこら中から漂ってくる、刺激的で不可思議なまるで異国かと思うような世界。
寄り合い馬車で到着したのが昨夜のこと、それから御者の薦める宿に一晩泊まり、朝早く役場に向かって宿で書いた手紙を職員に手渡し……それからまた宿に戻り、手紙の返事が来るまでの間をどう過ごすか悩んでいたところ、宿の主人からこんなことを言われていた。
『観光なら市場が一番ですよ、たくさんの品々があって見飽きねぇですし、賑やかですし、警備も厳重で女性一人でも安心して楽しめますから』
昨夜食べた夕食は美味しかった、驚く程に多くの香辛料が使われ、野菜も肉もたっぷりで……彼女にとって少し重い内容だったが、それでもするすると食べてしまえる程の味で。
そうした食材や香辛料の調理前の姿を見ることが出来るのなら、行く価値があるかもしれないと宿の主人に礼を言ったオリアナは、一人市場へと向かうことになり……いざ到着してみるとそこは、魔境とそう表現したくなるような空間となっていた。
警備兵が何人もいるから治安は良い、治安は良いのに騒がしくて飛び交う言葉は下品で、何列にも並ぶ露店の品々は混沌としていて。
一体どこを見たら良いのやら、歩いたら良いのやら……怯みながらもオリアナが背筋をピンと伸ばして歩いていると、そんなオリアナの上品さを受けて上客の匂いを嗅ぎつけたのだろう、露店の主達が店先の品を両手いっぱいに持ちながらあれこれと声をかけてくる。
『どうです! こいつは良い品ですよ!!』
『こちらは火山から溢れ出た宝石で、この辺りでしか手に入りませんよ!』
『この香辛料、採れたて! 美味しくて辛くて最高ですよ!!』
あまりもの勢いと声の大きさに、オリアナは顔をしかめそうになるが、それでもぐっとこらえて前だけを見て足を進めて……自分でも楽しめる静かな区画は無いものかと、どんどんと足を早めていく。
そうして歩きに歩いて……市場の隅まで来て、ようやく静かな一画を見つけてオリアナがホッと安堵のため息を吐き出していると、地面に敷いた布の上に腰を下ろし、何も言わずにただ背筋をピンと伸ばす女性……何故か白いローブのような神官の服を着ている女性の姿が視界に入り込む。
その女性の前には何冊かの本が並んでいて……本の前には『私が写本したものです』との文字が添えられた値札が置かれている。
その値段はいくら本だとは言え高額で、どうしてもその値段で売りたいのならこんな市場ではなく、神殿で貴族相手に売るべきもので……一体全体どうしてこんなところで? と、そんな疑問を抱いたオリアナは……神官服の女性のことを怪しく思いながらも、警備兵が近くにいることを確認してから、ゆっくりと口を開く。
「……あの、神官様がこのような場所で商いをなさっているのには何か理由があるのでしょうか?」
すると神官服の女性……四十か五十か、それくらいの白髪の女性が、顔中の皺を寄せながらにこりと微笑み、言葉を返してくる。
「旅費が必要なのです、ここからメーアバダル領までの。
さるお方にお声をかけていただき、かの地までの旅に出たのですが、予定外の道連れを得たことにより旅費が枯渇してしまいまして……それで急遽、こちらにお邪魔することになったのです。
……こちらの本は貴重なもので売るつもりは無かったのですが、内容は全て覚えていますし……今はとにかく旅費を得ないことには始まりませんので……」
その言葉を受けてオリアナは表情を崩さず適当な言葉を返しながら、頭の中であれこれと考えを巡らせる。
自分と同じ目的地、自分と同じように呼ばれた人物、メーアバダル領が安定し、安定したからこそ人材を求め始め、その結果の同じ時期での到着。
オリアナに手紙を寄越したヒューバートによると、マーハティ領に入りさえすれば、後はマーハティ領の領主の手の者がメーアバダル領までの案内をしてくれることになっているとか。
自分がそうであるならば、同じ立場のこの女性も同じように案内をしてもらえるはずなのだが……どういう訳かこの女性は旅費を求めている。
何か行き違いがあったのか、女性が何らかの勘違いしているのか、それともオリアナの考えが間違っているのか……と、そんなことを考えに考えてオリアナは、一つの結論を出し、ついでに少しの勇気を心の底から絞り出す。
そうしてオリアナは、
「実はわたくしもメーアバダル領への旅路の途中にあるのですが……」
と、そう声をかけ、女性に向けてそっと手を差し伸べるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回は女性達のその後や、鬼人族のあれこれになる予定です
そして宣伝です
8月18日発売の、8巻のカバー裏画像を近況ノートにて公開!
酔いどれエイマ!!
お酒を飲んでぐでんぐでんとなっております
次回には初登場となるキャララフ、恐らく4人分を公開しますので、ご期待いただければと思います!!
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