第306話 酒場と旅路を行く女性
その日の昼過ぎ。
酒場が出来上がったとなって、ゴルディア主催による酒宴が行われることになり、酒を飲みたい面々……アルナーや洞人族が酒場に集合し、一致団結しての準備が行われ、夕方には準備が完了し、直後集まった面々が木造一階建ての酒場へと雪崩込んでいく。
そしてすぐに木のコップを叩きつけ合う音が聞こえてきて……直後、地鳴りかと思うような皆の歓声が響いてくる。
酒場の入り口をなんとなしに眺めていた私は、その歓声に怯みながらもフランシスとフランソワの頭突きに押される形で酒場の中へと足を進める。
「メァ~メァメァ」
「メァーン」
領主のお前が参加しなくてどうすると、二人はそんなことまで言ってきて、それから私を追い抜く形で酒場の奥へと駆け込んでいく。
二人が欠けていく酒場の中は、木のテーブルと木の椅子が所狭しと並び、ランプだけでなくいくつもの天窓があるおかげでとても明るく、その天窓からは爽やかな風が吹いてきている。
草原の風は季節ごとに一定の方向から吹いてきていて、複数の天窓はその風を取り込む形になっているらしく、風を取り入れる天窓と吐き出す天窓があり……風を取り入れる窓の真下には、風と一緒に入り込んできたゴミなんかを受け止める溝なんてものも作ってある。
そして奥には竈場のような調理場があり、酒の管理をする地下室への入り口があり……今後ゴルディアはそこで働きながらギルドの仕事をしていくことになるそうだ。
調理場の近くには横に長いカウンターがあり、そこにつく客のための椅子があり……カウンターの側には楽団や吟遊詩人、踊り子のための台があり……そんな台の上へとフランシスとフランソワが駆け上がる。
「メァッメァーンメァメァ~」
「メァ~メァメァ~メァメァ」
そして二人で交互にまるで歌声のような鳴き声を上げてー……それを受けて酒場の皆が大歓声を上げて盛り上がる。
席を埋め尽くす洞人族達、カウンター席にはアルナーとナルバントとサナトとオーミュン、カウンター奥にはゴルディアがいて……アイサとイーライも手伝いということで調理場を出入りしている。
更に何人かのエプロン姿のシェップ氏族の女性も調理場を出入りしていて、簡単な料理や配膳は彼女達が担当しているようだ。
そしてカウンター席のアルナーが私に向かってこっちに来いと、隣の席に座れと仕草で示してきて……素直にそれに従うと、酒を酌み交わしながらのサナトとナルバントの雑談が聞こえてくる。
「親父、今度村の側の小川に土手でも作ろうかと思うんだが、どう思う?」
「んん? おぉ……それは悪くない考えだのう、土手を作って流れを整えれば、小川の水量が安定して勢いが増して、荒野の向こうにまで伸びていくかもしれん。
そうなればセナイ嬢ちゃん達がやろうとしている、荒野の開拓にも良い影響を与えられるかもしれんからのう。
治水に関しては確かヒューバート坊が詳しかったはずだからのう、コツや注意点を聞いておくと良いのう。
ヒューバート坊でも分からないようなことがあればベン坊にも聞いてみると良いのう」
「……親父からするとベンさんも坊や扱いなのか……いやまぁ、年齢的にはそうなんだろうけどさ」
「むっはっは、若い若い、皆若くて元気で良い村だのう、そして良い村には良い酒が合うもんだのう」
そんな言葉を合図に二人はコップの中の酒を一気に飲み干し、それからまた別の話題で盛り上がっていく。
盛り上がる二人の様子をオーミュンは静かに、微笑みながら眺めて、そうしながらグイとコップを持ち上げて酒を飲み……フランシスとフランソワはそんな一家の様子を見てなのか、もっと飲めもっと騒げと歌を盛り上げていく。
すると酒場全体が盛り上がり……そこら中から様々な声が上がり、様々な会話が私の耳に飛び込んでくる。
「鉱山はどうだ?」
「しばらくはガス抜きだな」
「街道は良い仕上がりになったなぁ」
「石畳に不慣れな馬達が壊さないよう、蹄鉄の管理もしていかないとなぁ」
「関所はようやく完成度一割ってとこか?」
「長がこだわりすぎなんだよなぁ、完成図を見たがドラゴンの群れと戦うつもりなのか?」
「神殿は色んな彫り細工が出来るから楽しい仕事だよな」
「岩を割って削って彫って、これでもかと手をかけて荘厳に……洞人族の本領発揮だよなぁ」
「柱にメーア、壁にメーア、床にメーア、手すりもメーア、更にメーアの御神像……今なら目をつぶった状態でもメーアの彫り細工が作れちまうよ」
「洗濯場の仕事は面白そうだなぁ」
「なんか良い洗濯道具の案は無いもんかねぇ?」
「作ってみるしかねぇだろうよ、なんでもとりあえず作ってみれば先が見えるってもんだ」
「風車と連動する洗濯道具を作るしかねぇだろう!」
「がっはっは! 服があっという間にズタボロになるぞ!!」
酒を飲んで髭を濡らして、顔を真っ赤にしてそんなことを語り合って。
ただ酒を飲むだけでなく、会議の場というか打ち合わせの場というか……普段の会話とは少し違う雰囲気があり、酒が入っているからこそ弾む話もあるようだ。
中には設計図や仕事道具を手に酒を飲んでいるものもいて……そんな中アルナーは黙々と出される料理と酒を楽しんでいる。
「ふーむ、これが王国料理か、マヤ達の料理とはまた違うんだな」
「王国料理というか、酒場料理になるけどな、酒を楽しむための酒がうまくなる料理だ」
「……ふむ、出てくる料理をただ食べる立場というのも悪くないものだな」
カウンターの向こうのゴルディアとそんな会話をしながらアルナーはどんどん食べどんどん飲み……自分の知らない料理が自分で料理することなく出てくるというこの状況を存分に堪能しているようだ。
アルナーのように息抜きが出来て、洞人族達のように仕事が捗って……これから来るらしいジョー達も悪くない酒を楽しむのだろうし……うん、酒場もこうして見ると中々悪くないもんだなぁ。
そう考えて私は隅に置いてあった椅子を手に取り……フランシス達が踊り歌う台の前へと持っていってそこに置き、それからセナイ達が荒野から戻ってくるまでの間、そんな酒場の雰囲気とフランシス達の芸を存分に楽しむのだった。
――――マーハティ領へと続く街道を走る箱馬車の中で ある女性
琥珀のフレームの眼鏡をかけ、くすんで白髪が混じり始めた金髪は頭の上で丸くまとめ上げ、一切の装飾のない革コートとスカート、革ブーツを旅装とし、膝の上には大きめの旅行鞄を乗せて。
揺れる馬車の中、表情を変えず年の頃、五十程のその女性はただただ馬車が進む先……正面を見据えている。
同乗することになった中年の男性が雑談をしようと声をかけると女性は、にっこりと微笑み簡単な答えを返すが、その微笑みは心からのものではなく、社交辞令として作り上げたもので……女性のピンと伸びた背筋は男性が何を言おうとも、馬車がどんなに揺れようとも緩むことはなく、まるで鋼かと思うほどに硬く張り詰め続けている。
それは肉体的にも精神的にも負担のかかることのはずだが、女性は心の底に抱く誇りと使命感でもって耐え抜き……早く目的地につかないものかと、早くかの人物に会いたいと、そんなことばかりを内心で考える。
国王の信頼篤い、救国の英雄たる公爵様が自分の力を求めている。
自らは未熟な成り上がり者だからと、女性の持つスキル……社交マナーを学ぼうと破格の雇用条件を女性に提示してくれている。
かの地は王都に比べれば寂れており開発も進んでおらず、家屋敷すらなく幕屋で日々を過ごしているような場所だとかで、そこでの生活は厳しいものとなるそうだが……そんなことなどまるで問題ではなく、ただただ女性はかの公爵に会える日々のことを想い、正面を見つめ続ける。
鉄仮面、鉄壁、鉄心、従容自若。
王都でそんな風に呼ばれていた女性の心は、実のところ女性が生涯の伴侶と結婚した日以上に弾んでいたのだが……それでも女性はそんな様子をおくびにも出さず、内心にしまい続けていて……周囲の人間がそのことに気付くことは一切ない。
寂しがり屋の旦那を王都に置いてきてしまったことは少しだけ気がかりだが、公爵領からは伝書鳩を使っての郵便が可能らしいので、生活が落ち着いたなら手紙でも送って呼びつけるなり、活を入れるなりしたら問題は無いだろう。
(……必ずや公爵様を立派な紳士に、そして奥様とお嬢様を立派な淑女にしてみますとも)
あれこれと思考を巡らせた末にそんなことを考えた女性は、荷物を抱える手に周囲にバレない程度の力を込めて……そうすることで全身に少しだけ気の早いやる気をみなぎらせるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
女性の到着まではもう少しかかる感じです
次回はあの貴族達やら何やらと、酒場のあれこれになります。
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