第305話 洗濯


 馬に乗ってアルナー達と出かけた日から数日が経って……草原の夏には珍しい三日も続いた雨が終わり、ようやく空が晴れ渡った日の朝食後。


「今日は皆で洗濯をするぞ!」


 とのアルナーの宣言を受けてその日は、建設で忙しい洞人族以外の皆で洗濯をすることになった。


 雨が降るとしっかりと洗濯が出来ず、太陽の下で服を干すことが出来ず、すると服の色がくすんだりカビが生えたりして……結果、服がひどい匂いを放つようになってしまう。


 一度そんな風になってしまうと、特殊な方法で洗濯をしないと匂いが取れないとかで……そんな状態となった服や、雨のせいで洗濯出来なかったものなんかをしっかり洗うためにアルナーは、私達の手を借りたかったんだそうだ。


 人数が一気に増えた結果、毎日の洗濯物は山盛りとなっていて、それらを洗うだけでも結構な重労働となっているとこに、特殊な洗濯やら雨の間に溜まったものの洗濯やらが重なると流石に手が足りないとかで……洗濯の大変さを戦地での日々で思い知っている私達は、否やもなく頷いて普段アルナー達が洗濯をしている小川近くの一帯へと足を向ける。


 するとそこにはいくつもの洗濯物の山が出来上がっていて、驚く程の数の洗濯桶と洗濯板が用意されていて……そして何故か竈と大きな鉄鍋までが用意されていた。


「……鍋? 石鹸でも作るのか? 石鹸って確か動物の脂を煮込んで作るんだよな……?」


 それを見て私がそう疑問を口にするとアルナーは、婦人会に所属している犬人族の婦人達とジョー達に指示を出してから、こちらへとやってきて答えを返してくる。


「これから洗濯をするというのに、今から石鹸を作ったのでは間に合わないだろう。

 あの鍋は洗濯用……煮洗いをするためのものだ」


「……煮洗い? 洗濯物を煮るのか?」


「ああ、変な色がついたり臭くなった洗濯物は煮洗いをすると白くなって匂いも取れて、まるで新品みたいな仕上がりになるんだ。

 動物の毛糸で編んだ布のような熱に弱いものは使えない方法だが、麻布とかメーア布とか熱に強いものには良い方法でな……石鹸や薬草、塩や塩に似た石なんかを粉々にして入れて煮込むと更に綺麗に仕上がってくれるな」


「……まるで料理みたいなんだなぁ、まぁでも、煮込むだけなら私にも出来そうだ。

 洗濯はどうにも苦手でなぁ……洗濯板で洗う時にこう、力を入れ過ぎるとすぐに洗濯物がボロボロになってしまうんだよ」


 私がそう言うとアルナーは「そうだろうな」とでも言いたげな表情で笑い……それから竈の用意をし、私に火付け杖を手渡してから、早速洗濯を始めた皆にあれこれ指示を出していく。


 洗濯板で洗えるものは洗濯板で……力が必要なので主にジョー達が担当。


 洗濯板では洗えない……というか、洗えるには洗えるのだけど傷つけてしまいそうなものは桶に沈めての踏み洗い、これはセナイとアイハンや犬人族達が担当。


 マヤ婆さん達はそれぞれのフォローに入ったり、穴が空いたりした洗濯物の修繕を行ったりして……そして私は火付け杖が使えるからと煮洗い担当。


 鍋を用意し、水を入れて煮立てて……洗濯物を入れたらアルナーに指示された通りの石鹸や薬草などを入れて……後はぐつぐつと煮込み、時折木の棒を突っ込みかき混ぜ……それ以外はただ待つだけ。


 煮込み終わったら棒で挟んで鍋から取り出し……水を張った桶に入れて汚れを揉みだしたら洗濯完了となる。


 夏の暑さの中やるのは中々大変だったが、アルナー達は毎日これをやってくれている訳で……竈場での料理のことも考えたらこのくらいはなんでもないだろうと、黙々と洗濯物を煮込んでいく。


 そうやって昼近くまで煮込んで汗だくとなり……太陽を眺めながらぼつりと、


「竈場のような洗濯のための場所を作っても良いのかもしれないなぁ」


 と、言葉を漏らすとたまたま近くを通っていたアルナーが物凄い勢いで私の目の前にやってきて、


「なるほど、その手があったか!! 竈場を作った時にどうして思いつかなかったんだ!」


 と、力強い声を上げる。


 川の近くに床を敷いて屋根を作って、水くみをしやすい場所や座れる場所なんかを作り、雨の日でも洗濯が出来るようにして……洗濯物を干せる場所もあれば晴れの日ほど乾かないにしても、便利になるはずで……そんなことをアルナーが笑顔で語っていると、これまた物凄い勢いで洞人族のオーミュンがこちらに駆けてくる。


「確かにそれは良いかもしれないわねぇ!

 鍛冶仕事にも布は必要だし、汗をかく仕事だしでアルナーさんには迷惑をかけてばっかりだったから、洗濯場……アタシ達で作っちゃうわよ」


 駆けてくるなりそう言ってくるオーミュンに私が他の仕事があるだろうと言いかけると、それよりも早くオーミュンは西の方を指さしながら言葉を続けてくる。


「西の関所に続く街道作りはもう少しで終わるし、酒場の方もほぼほぼ出来上がり……そうなると少しだけ手が余るから床と屋根くらいはどうとでもなるわよぉ。

 いっそ洗濯板や桶、煮洗い用の鍋も洗濯用に改良しても良いかもしれないわねぇ……。

 そこら辺の工夫は息子が得意だから、息子と話し合って考えておくわ」


 その言葉を受けてアルナーはいつにない大きな笑顔を浮かべて、オーミュンの手を取りあれこれと話し合い始める。


 ……まぁ、手が空いているなら洗濯は毎日のことだし、少しでも楽になるようにしてもらった方が良いのかもしれないな。


 しかし作りかけだった街道はまだしも、酒場まで完成間近とは……と、そんなことを考えているとオーミュンの息子、サナトが広場の方からやってきて声をかけてくる。


「酒場、完成したぞ。

 石造りにする予定の関所や神殿とくらべて、木造で済む分楽っていうか……そこまで凝った作りにする必要もないからな、簡単だったよ。

 宿も併設するとなると面倒だったんだが、そういうのは迎賓館があるから後回しで良いってことになってな、調理場と地下貯蔵庫に手間取ったくらいのもんだったな」


「おお、そうか、ありがとう……随分と早く出来上がったんだなぁ」


 私がそう返すとサナトは「洞人族だからな」とそう言って笑い……それからあれこれと語り合っているアルナー達へと視線をやる。


 そうしてアルナー達の会話へと耳を傾け……洗濯場を作ろうとしていることを理解すると何も言わずに頷いて、しゃがみ込み、地面に指で洗濯場の設計図らしきものを書き始める。


「川の側ってのが厄介だなぁ……地盤が緩いし、増水する可能性だってあるし、そもそも流れが変わることも……。

 いっそ小さくても良いから土手を作って流れを安定させるか……? 村の側くらいはそうしたほうが良いかもしれないな……」


 書きながらそんなことを呟いたサナトは、また何かを作ることを思いついてしまったのか、洗濯場とは比べ物にならない規模の図を書き始める。


 その様子を眺めた私は、せっかく酒場が完成して仕事が片付いたばかりなのになぁとそんなことを思いながらも、サナトの好きにさせてやるかと何も言わず、静かに見守るのだった。



―――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き……と、じわじわと迫るあれこれもやれたらなぁという感じです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る