第304話 ちょっとした騒がしさ



 荒野のことを皆に相談した結果、セナイとアイハンから一つの案が出た。


 それは乾燥に強い植物……名も無き雑草の類を少しずつ、セナイ達の魔力での補助をしながら荒野に植えていこうというものだ。


 それがどんなに小さく弱々しい草でも、一度生えさえすれば土が柔らかくなり、虫が来るようになり、それらが増えることで少しずつ植物が生えやすい環境になっていくとかで……井戸とか馬用の草とかは、焦っても良い結果にはならないので後回しにし、まずは荒野の環境を良くしていくべき……とのことだ。


 大地に魔力を込め、種を植えて、砕いた葉肥石とかと少しの水を撒いて、後のことは自然に任せる。


 その方法はすぐには結果の出ない気の長いものとなるようだが、人手が余っているとは言えない現状を思えばそう悪くない選択肢だろうとなり……話し合いの結果、その案を採用することになった。


 そんな風にセナイとアイハンの力を借りたとしても、岩塩鉱床やその周囲に草を生やすことは難しいんだそうで、岩塩鉱床を避ける形で南に向かって植えていくことになる。


 荒野の先に何があるかは分からないが……いつかは辿り着けると信じてこつこつ行っていって……結果が出るのはセナイとアイハン曰く、数ヶ月どころか数年後になるかもしれないとのことだ。


 食糧問題解決のための荒野開拓だった訳だが、そんなに時間がかかるとなると全然問題解決出来ないというか、意味があるんだろうか? なんてことを思ってしまう訳だが……手間も金銭もそんなにかからない訳だし、一度やっておけば時間が経てば経つ程効果が出るものでもあるようだし……次の一手を思いつくまではこの案を頑張っていこうと思う。


 そういう訳で翌日、早速荒野に向かうことになり……私とアルナー、セナイとアイハンとエイマとサーヒィという面々での出立となった。


 私達は馬に乗り、サーヒィは私達を先導する形で空を飛んでの案内役で……サーヒィを追いかける形で私達の先を進むセナイ達は、仕事というよりもちょっとしたお出かけ気分で、馬上で浴びる夏の爽やかな風を楽しんでいる。


 馬の体温というのはかなりのもので、その汗からくる湿気と共に上に……背に乗る私達の方へとむわっと上がってくるのだが、常に吹き続ける草原の風のおかげでそこまで気にはならない。


私もまたセナイ達のように風を楽しんで……ふと見上げると雲ひとつない青空が広がっていて、その光景は思わず目を奪われてしまう。


「うぅむ、こうして見ると草原の空は高くて広いなぁ。

 周りに建物もなくて木もなくて、視界に入るものがないからか、視界全部が空って感じだ」


 空を見上げながらそんなことを呟くと、しっかりと聞き取っていたらしいアルナーが、赤毛の愛馬……カーベランをこちらに寄せながら言葉を返してくる。


「それは馬に乗っているからだろうな、その分だけ視線が高くなって、余計なものが目に入らないんだ、馬に乗ったまま小高い丘のてっぺんに登ると、更に空が広がるぞ。

 生活に欠かせない存在で愛らしくて、そしてこういった世界を与えてくれて……だから私達は馬が好きなんだ」


 そう言ってアルナーは柔らかく微笑み……私は進路をベイヤースに任せ、アルナーと言葉を交わしていく。


 そうして荒野に到着したならセナイ達の仕事を手伝い、終わったならまたお出かけ気分で散歩をし、イルク村へと戻り……それからしばらくの間私達は、街道作りや関所作り、酒場や神殿作りがある程度落ち着くまでの間、そんな日々を繰り返すことになるのだった。



――――マーハティ領の東隣の二つの領で



 ある夏の日、一年近くかかった戦後復興に関する奉仕活動どうにか終えた二人の領主……エルアー伯爵とアールビー子爵は、ようやくそれぞれの領へと帰還することでき、それぞれの方法でそのことを大いに喜んでいた。


 エルアー伯爵は身内を自らの屋敷に集めて厳かに夜会を開き、アールビー子爵は身内だけでなく領民達を集め、宴を開いて飲んで食ってようやく自由になったと大いに騒ぎ……久々の貴族らしい活動、社交に勤しんで……。


 彼らはこの一年、貴族社会から……彼らが思うところの真っ当な暮らしから隔絶されていた。


 その理由は自分、あるいは先代が出兵を拒否したからで……その懲罰として彼らは家臣や兵士達と共に戦地での復興活動を強制されていたのだ。


 もちろん出兵拒否が大問題であることは彼らも分かっている、カスデクス公がそうしていたからと、深く考えずに真似をしたことがとんでもない愚行であることも理解をしている。


 だから彼らは王城に二人は深い反省を記した書状を送っていた、文官達にいくらかの賄賂も送っていた、自分達が有する兵力が極僅かであることを示す書類も送っていて……そうした工作が実を結んだのか、彼らはその程度の懲罰で許されるという幸運を手にしたのだった。


 その幸運を受け入れないのであれば首が飛ぶ、家が焼かれる、領地が奪われる……そうした事態から守ってくれるはずの派閥の主、カスデクス公が命を落としてしまったということもあり、彼らは素直に懲罰を受け入れた。


 貴族の義務たる出兵を拒否したことを思えば、その懲罰の内容は寛大過ぎる程寛大なものだったのだが……それでも彼らにとって何の得にもならない奉仕活動は苦痛でしかなく、更には活動をしていた地の主、サーシュス公が様々な嫌がらせをしてきたことにより、その日々は二人にとって地獄と言っても過言ではないものとなっていた。


 自領が戦火にさらされ、多くの家臣や家族親戚を失い、自らも剣を振るい続けることになり……そんなサーシュス公から見れば彼らは最低最悪の裏切り者で、むしろ嫌がらせ程度で済ませてくれたことに感謝すべきだったのだが、二人は感謝どころか恨みを抱くようになり……そうしてそれぞれの場で同時に同じような言葉を吐き出す。


「まったくサーシュスのボケ老人め、よくもこの儂にあんな真似をしてくれたものだ!」


「まったくサーシュス公は、よくもまぁこの私にあんなことを出来たものですよ!」


 与えられる食料は兵糧の余り物、服や靴も鹵獲品ばかり、道具もまた使い方も分からない帝国産の鹵獲品ばかりで……挙句の果てにそれらの対価として多額の請求を行ってきて。


 酒は飲めず女に会えず、誰かに救いを求めようにも他の貴族との連絡を絶たれ、どうにか時流を読もうにも入ってくる情報はサーシュス公が意図的に捻じ曲げたものばかり。

 

 刑期が終わっても尚苦しめてやろうと……二人が簡単には時流に乗れないように、社交界に戻れないように、でたらめな情報ばかりが入ってくるように仕向け……領地に残した家族や妻からの手紙さえ、内容が改変されている始末。


 そうした環境に長くいたせいか二人は新鮮な情報に飢えており……夜会や宴の中で様々な問いを家族や友人、客人に投げかけていく。


 そして偶然二人の耳に、同時にある情報が届けられ……またも二人は意図せず同時に同じような声を上げる。


「あのディアスが公爵になっただと!? あり得んだろう! 平民が公爵などと!!」


「あのディアスが公爵になっただって!? あり得ないでしょう! あれが公爵だなんて!!」


 正確に言えばディアスは平民からいきなり公爵になった訳ではなく、平民から草原伯という一代限りの特例爵位となっていて、そこから公爵に陞爵していたのだが……ディアスすら知らないその情報を知る由もない二人は勘違いをしたまま情報収集を続ける。


 すると王と王位後継者達と、八大公爵のほとんどがディアスの陞爵に賛成していたため、誰もそれを止めることが出来なかったとの情報が飛び込んでくる。


 ディアスを嫌うディアーネとマイザーは失脚、八大公爵のうちカスデクス改めマーハティ公とサーシュス公は賛成どころか推進派で……他の公爵達も程度の差はあれど大体が賛成の意を示していて……公爵未満の爵位の者達が嫉妬などを原動力として反対の声を上げても、まったく何の意味も成さない状況が出来上がってしまっていたらしく、話が持ち上がった時には既に決定が下されているような状態だったようで……。


「ふぅむ……貴族の世界を知らない新参が公爵か……。

であるならば毒気も腹黒さも無いのだろうし……マーハティ公と仲が良いのであれば、友好関係を結ぶのも悪くないかもしれんな」


 エルアー伯爵はそんな感想を漏らす。


「馬鹿な! 絶対に認められんぞそんなこと!! 貴族をなんだと思っている! 爵位をなんだと思っている! 我がアールビー家が子爵位を得るまでにどれだけの苦労をしたと思っているのだ!!」


 アールビー子爵はそんな感想を漏らす。


 ここに来て全く逆方向の結論を出すことになった二人は、それぞれの方針のための情報収集を開始する。


 エルアーもアールビーもほとんどの領地をカスデクス公に売ってしまった弱小貴族である。


 貴族としての体面をどうにか維持できる程度の力しか持っておらず……そんな有様で今まで生き残れたのは、カスデクス公の派閥にあり、カスデクス公が作り上げた西方商圏の一部としてその恩恵に与っていたからである。


「やはりメーアバダル領とマーハティ領の間で商売が行われていたか……ふむ、我が領の名産品をいくらか送ればその流れがこちらまで来てくれるかもしれんな。

 西方商圏の夢よ再び……といったところか」


「はっ……いくら形だけの爵位を得たからといって下賤な平民が公爵に……貴族の中の貴族になれるものかよ!

 すぐにボロを出すのが道理! そこを突いてディアスの本性を暴けば、このアールビーの名誉を高められるに違いない!!

 そうしたなら今度こそ西方商圏の中枢を担うことが出来るに違いない!!」


 片方は夜会の中で、片方は宴の中でそんな結論を導き出す。


 そうして二人はそれぞれに全く逆方向の動きを見せ始め……マーハティ領の東隣にある二つの領が、領主の帰還もあってか騒がしくなっていくのだった。




――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


二人の貴族の容姿などはそれぞれの登場時に

すぐに出番がある訳ではありません


次回は少し時間が経った後のディアスさん達の予定です。


そしてお知らせです。

小説版『領民0人スタートの辺境領主様』第8巻の発売日が8月18日に決定しました!

既に一部通販サイトなどで予約が始まっていますので、チェックしていただければと思います!


追々、キャラデザ公開なども近況ノートで行っていきますので、ご期待ください!

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