第303話 内政官の荒野以南に関する一考察



 迎賓館に向かうと尻尾をピンと立てて周囲をキョロキョロと見回して警備をしている犬人族達の姿が視界に入り込む。


 棚に並べていた芸術品などはイルク村の倉庫や私のユルトに戻していて、あるのは家具くらいのものなのだが、それでも良い品ばかりだからと警備が常駐している形になっている。


 東側……隣領から伸びている街道がもうすぐそこまで迫っていて、街道敷設のために働く隣領の人々がこの辺りまで来るようになっていて、エルダンが問題無いだろうと送り出してくれた者達がまさかそんな犯罪に手を出すとは思えなかったが、それでもしっかり警備をしているんだということを見せることは重要なんだそうだ。


 迎賓館はそこがどんな領なのかを示す顔で、そこをしっかりと警備することで犯罪を未然に防ごうとしている領なのだということをアピール出来るとかで……警備には結構な人員が割かれていて、二十人程で交代しながら昼夜を問うことなく続けられている。


 そしてその二十人全員が犬人族にとっての成人を迎えたばかりの若者達で……つまりはまぁ、新成人というか新人というか……領兵になったばかりの若者達に任される最初の仕事、ということになっているらしい。


 無駄のようにも思える仕事を責任感を持って行えるか、長時間となる大変な仕事を辛くともやりきることが出来るか、仲間としっかり連携し、絆を深め一体感を築き上げることが出来るかなどなどを試す、新人育成の場という訳だ。


 まぁ、責任感とか絆とかに関しては犬人族であれば全く問題なく、試す必要も無いことなのだが……今後そうではない犬人族が生まれてくるかもしれないし、それ以外の種族の新人が領兵になるってこともあるかもしれないし、今のうちからそのための準備をしておくのは悪くないことなのだろう。


 そんな風に警備が行われている迎賓館へと近づいていくと、警備の犬人族達がすぐに気付いてくれて、立てていた尻尾を激しく揺らすことで歓迎の意志を示してくれる。


 それでも迎賓館の側を離れることはなく、周囲への警戒も怠っておらず……うん、本当にしっかりと仕事をしてくれている。


「お疲れ様、問題はないか?」


 近付いて膝をついて、視線を合わせてからそう声をかけると、警備の犬人族達は元気な声を返してくる。


「問題なしです!」

「誰もきませんでした!」

「お仕事くださりありがとうございます!!」


「うん、問題が無いならよかった、仕事もこれから色々なことを任せていくだろうから、よろしく頼むよ」


 私がそう返すと最後に一番元気な声で返事をしてくれた犬人族が更に元気な声を張り上げてくる。


「はい! 今度子供も産まれるので頑張ります!」


「そうなのか、それはおめでとう、元気な子が生まれてくると良いな。

 ……ところで君達は成人したばかりと聞いていたんだが、もう結婚したのか?」


 驚き半分というかなんというか……予想もしていなかった言葉にそう返すと、若者は首を傾げながら言葉を返してくる。


「成人したら結婚するものですし、結婚したら子供ができるものですよ?」


「ふぅーむ……犬人族にとっての成人はそういうものなのか」


「はい! 群れが大変でご飯が無い時は子供作らないようにしますけど、今はそうじゃないので!

 働けば働くほど食べれるので皆結婚したがってますし、子供欲しがってます!」


「なるほどなぁ、ならこれからもそう出来るよう頑張らないとだなぁ」


 そう言って犬人族達に笑顔を見せながら……私は改めて犬人族達について考え込む。


 成長が早くてどんどん結婚して、どんどん子供を作って……そうするといつかは食料が足りなくなる。


 セナイとアイハンが畑を作っているし、森でもあれこれと手を尽くしてくれているし、ガチョウなんかも増えていて……それなりに食料を得られるようになってはいるが、ここから更にというのは中々難しい。


 畑を増やすのも家畜を増やすのも、この草原では限界があって……そこまで広くない森にもそこまでの期待は出来ない。


 そうなると後は一応領地となっている南の荒野なのだけど……あそこで食料というのもなぁ。


 荒野というとヒューバートは岩塩のために確保した一帯だけでなく、更に南の一帯も領地にしたいと考えているようで……更に南、荒野の南にあるだろう何かも領地に加えたいと考えているそうだ。


 全くの無人の土地であるならば、そこは荒野のように早いもの勝ちになるそうで……そのうち余裕が出来たなら、そこに至るための整備をしたいらしい。


 どのくらい続いているかも分からない荒野を越えるためには馬がいる、馬で移動するには水が必要で、草も必要で……そのためには井戸を掘る必要がある。


 井戸を掘って水を手に入れたならそれを使って荒野の土壌を改良して草が生えるようにして……馬が通れる環境に整備していく。


 だが荒野には岩塩鉱床がある、井戸を掘ったとして真水が出てくるかは分からない、荒野の南に何があるかも現状分かっていないし……荒野の南に敵対的な国があれば、そこまでの道程を整備をしてしまったことでこちらに侵略してくるかもしれないし……そもそもその整備にはとてつもない時間と手間がかかる。


 手間と時間がかかるのに得るものが無いどころか、何かを失ってしまうことになるかもしれず……それはとんでもない行為に思えるが、逆にかけた手間と時間以上の大きな何かを得られるかもしれない。


 荒野に草が生えればそこから畑を作れるかもしれず、荒野で食料を作れるようになるかもしれない。


 荒野が無理だとしてもその南にある何かで作れるかもしれないし……ヒューバートは荒野の南に、もしかしたら海があるのではないかと、そんなことを考えているらしい。


 海は食料の宝庫だ、魚はもちろん貝なども獲れるし、荒野の岩塩で塩漬けにしたなら食料庫はあっという間に満杯になるだろう


 ヒューバートが言うには港が作れるような海岸の形になっていれば船での交易で更に多くの食料が手に入るとかで……そうなったら今の倍どころか10倍20倍の人数でも養える、らしい。


 交易には相手が必要だが、ヒューバートが言うにはその点に関して心配をする必要は無いとかで……港さえあれば王様がなんとかしてくれるらしい。


『あくまで内政官である自分の意見ですが、陛下は十分な知識と先見性と決断力を備えた優秀なお方です。

 外交、軍事に関しては畑違いなためなんとも言えませんが、内政に関してはまず間違いなく……20年も戦争を継続させた手腕は伊達ではありません。

 陛下があの地図を見たなら必ずやその可能性に気付いていることでしょうし、港を作り始めたと聞けばすぐに必要な手配をしてくれるはずです』


 いつかに耳にしたそんなヒューバートの言葉を思い出しながら私は、私が黙り込んでいるのが不思議なのか全員で同じ方向に首を傾げた犬人族達の頭を撫でてやる。


 時間もかかる手間もかかる、必ず成功する保障はない……だけども、何か良い手はないものか、私なりに考えてみるのも悪くないのかもなぁと、そんなことを思い……あれこれと思考を巡らせるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回は少しだけ視点が変わりつつ、ディアス視点もやる予定です。

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