第302話 予定表とか見回りとか


 翌日。


 すっかりと人数が増えて全員一緒での朝食は無理となって、各々の職場で、あるいはユルトで、それでも皆と一緒が良いと広場で……それぞれが選んだ場所での朝食を終えて、人数が増えたおかげというか何というか、片付けなどの雑務から解放されてしまって結構な暇な時間が出来てしまって……さて、どうしたものかと広場から周囲を見回す。


 よく働く犬人族達に、ジョー達に、洞人族達に。


 今まで私がやっていた雑務や力仕事はその面々がやってくれていて、今までもあれこれと手伝っていたのだけど、ジョー達がここでの暮らしや仕事に慣れるにつれてその量は減っていって……。


 その辺りのことを朝食時に皆に相談してみたのだけど、雑務よりもう少し領主らしい仕事をしても良いのではないか、なんてことを言われていてしまって……うぅん、本当にどうしたものだろうか。


 鍛錬や見回りをし続けても良いのだけど、領主らしいとは言えないし……ああ、そういえば白い草と増えすぎているらしい黒ギーのことがあったなと思い出す。


 ゾルグから黒ギーが増え過ぎているという話を聞いて以降、皆で積極的に狩りを行い、その肉を美味しく頂いていたのだが……メーア達だけでなく白ギー達までが大喜びで食べているのを見るに、黒ギーも好んで食べるはず……。


 まだまだ黒ギーはかなりの数がいるらしく、そいつらにメーアや家畜達の健康にも良いらしい白い草を食い荒らされるのも面白くないなと、群生地の見回りと黒ギー狩りをするかと決めて、準備をしようとしていると、なんとも珍しいことに紙束を持ったナルバントがこちらへとやってくる。


「坊、こいつを確認してくれんか」


 そう言ってナルバントは紙束を差し出してきて……それを受け取り目を通すと、街道、西側関所、北部鉱山、酒場、神殿それぞれの建設日程表なる図が描かれていて……今日から10日先までの、どこで誰が何人組で作業をするなどの数字が図の中に書き込まれている。


「一箇所を完成させてから次を完成させる……という方法ではないんだな。

 これだと人手が分散してしまうと、色々と大変なのではないか?」


 それを確認しながら私がそう言うと、ナルバントは「むっはっは!」と笑ってから言葉を返してくる。


「建築をしておるとどうしても粘土や土糊なんかが乾くのを待つ時間なんてものが生まれてしまってのう……他にもレンガが焼き上がるまで、木材の水分が抜けるまで、湧き出た水がはけるまでなど様々な理由で作業の手を止めることになるんじゃ。

 仕事もないのに雁首揃えてもしょうがないからのう、他にも仕事があるんなら暇な連中をそっちに回した方が効率的で……坊も今後、領主としてオラ共にあれこれと依頼したり命令したりすることがあるかもしれないからのう、こういう風にするもんじゃと頭に入れておくと良いのう」


「……なるほど。

 大人数で関所の工事をして……何かが乾くまで細かい作業用の数人だけ残して他で工事をして、そこの何かが乾くまでまた別の場所でという感じか。

 ……作業のことを知らない私がこんな予定表を作るのはまず無理だろうから、その時はナルバントに手伝ってもらうことにするよ」


「うむ、頭に入れた上でそう思ったのならそれで良い、何かあった際にはこのことをよく思い出した上で、相談でもなんでもしてくれたら良い。

 その時はオラも全力で応じるからのう」


「ああ、分かったよ」


 そう返しながら予定表を返すと、ナルバントはにっこりとした笑みを浮かべてくれて……それから私が向かおうとしていた私達のユルトの方へと視線を向けてから口を開く。


「ところで坊はこれから何をするつもりなんじゃ? ユルトに戻ろうとしていたってことは……昼寝か?」


「いやいやいや、昼寝にしてもまだ早すぎるよ。ただ装備を取りに行こうとしていただけで……ちょっと黒ギー狩りでもしてこようかと思ってな。

 例の白い草を黒ギー達に食い荒らされる訳にはいかないからな」


 私がそう返すとナルバントは、長いヒゲをゆっくりと撫で下ろし目を伏せて悩むような素振りを見せてから、言葉を返してくる。


「あの白い草を守ろうということ、それ自体は悪くないんじゃがのう、それを理由に狩りすぎないよう……黒ギーをいじめ過ぎないように気をつけるんじゃぞ?

 あれが神々の贈り物で、神々が村の側だけでなく草原のそこら辺に生やしたものである以上は、黒ギーにだってそれに与る権利はあるだろうしのう……仮に黒ギーに食い荒らされて全滅してしまったとしても、神々がなんとかしてくれるに違いないからのう。

 ……黒ギーもまたこの草原の住民……黒ギーにしかできない役割もあるはず。

 北の山の狼達が食料豊富なこの辺りまで来ようとしないのは、もしかしたら黒ギーを恐れてのことかもしれん……黒ギーが減りすぎれば今度は狼達の対策に苦労するようになるかもしれんからのう」


 その言葉を受けて私は以前戦った黒い狼のことを思い出す。


 狼が変異したモンスター……そしてそれを追いかけてやってきたらしい狼達。


 あれ以来見かけることなく、誰かが襲われたなんて話を聞かずに済んでいるのか黒ギーにおかげ……かもしれない、か。


「ああ、分かったよ、ナルバントの言う通り気をつけよう。

 ただまぁ……今は草原暮らしになれたゾルグ達が増えすぎたという程の数になっているみたいだからな、ある程度まで減るまでは狩らせてもらうとするよ」


 頷きそう返すとナルバントは、


「坊は素直で良い子だのう」


 なんてことを言って笑いながら去っていって……妙に照れくさい気分となった私は頭を掻きながらユルトへと向かい、戦斧を手にし……鎧は一部だけ、腕や足の部分だけを身につける。


 それだけでも攻撃を跳ね返す力は十分で、黒ギー相手なら大げさなくらいだろう。

 胴や腰部分まで身につけるとなるとどうしても手間や時間がかかってしまうからなぁ。


 それから洗濯をしていたアルナーに狩りに行ってくる旨を伝えて……一応の護衛役件連絡役ということで2人の犬人族がついて来ることになって、まずはイルク村の周辺の白い草の群生地へと向かう。


 イルク村から歩いてすぐのその辺りにはフランシス一家にエゼルバルド一家に、新参のメーア達の姿があり……白い草と白いもこもこで緑色一色のはず草原を結構な割合で白色に染めていて……メーア達が美味しそうに草を食む中、厳しい顔つきで周囲を見回す護衛役の犬人族の姿もあり、なんとも静かでのどかな光景が広がっている。


 ここは問題無いようだと次の群生地……北の方へと足を向けると、今後は馬達が白い草を食んでいて……そこから少し離れた場所ではロバや白ギー達が白い草を食んでいる。


 馬は他の動物が食事した後の草を食べることを嫌うらしいのだが、ロバや白ギーは気にしないらしく、ある程度食べ終えて馬が移動したなら、そこへとやってきて食べ残しを食べて……また馬が移動したならそこへやってきて……と、そんなことを繰り返しているようだ。


 北部の群生地はイルク村から見て北西の方角に広がっていて……群生地の3割程が私達の領地側、残りの7割が鬼人族の領地側という感じになっている。

 

 そして馬達は犬人族達が毎日のように教え込んだ結果、そのことを理解してくれているようで……ある程度まで進み、そろそろ領地の境、打たれた杭が見えるなという所まで行くと、そこで足を止めて寝転んで食後の休憩を始める。


 するとロバも白ギーも馬達に従って……というか、馬達を怒らせたくないといった様子で足を止めて、寝転んだりただただぼーっとして口を動かし続けたりと、それぞれの方法での休憩をし始める。


 そんな平和な光景を少しの間眺めたなら今度は南へ。


 南側の群生地はイルク村から見て南西側に広がっていて……ただ位置が北側よりもイルク村寄りといった感じで6割程が私達の領地側に広がっている。


 北から南……それなりの時間をかけてそこに辿り着くと、10頭に満たない黒ギーの群れの姿があり……それを見た私は、こちらを睨む黒ギー達のことを見やりながらどうしたものかと頭を悩ませる。


 私達に敵意を向けているのは1頭だけ、それ以外は及び腰で……なんとなくだが、メスなのだろうということが分かる。


 お腹を大きくしていた時の白ギーによく似た体型、表情、雰囲気……恐らくあの黒ギー達はこれから生まれてくるだろう子供達のための食事をしているようだ。


 いや、よく見てみれば何頭かはそのお腹の下に小さな子供を隠すように立っていて……授乳のための食事でもあったようだ。


 仔牛の肉は特別美味しい、なんてことを聞いたこともあるけれど、ここで黒ギーを狩ってしまうのはナルバントの言う所の『いじめ過ぎ』になるだろうなぁと、そう考えた私は……ゆっくりと、視線は黒ギー達に向けたまま後ずさる形でその場を後にする。


 野生の獣の中には視線を外した途端襲いかかってくるのもいるからなぁ……視線はそのままゆっくり音を立てずに後ずさっていき……犬人族達もそんな私を真似してついてきてくれる。


そうして黒ギー達が見えなくなるまで後ずさったなら……何の成果もなくイルク村に帰るのもアレだからなぁと、迎賓館の方へと足を向けるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、見回りするディアスさんとなります。

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