第301話 それぞれの考え



――――その後の広場で ヒューバート



「……本当によろしいのですか? ベンディア様……。

 いくら王都から距離があるとは言え新しい神殿となれば新道派が黙ってはいなさそうですが……」


 頭をかきながらディアスが立ち去って、なんとなしにセナイとアイハンもディアスの後を追いかけていって……そうして二人きりとなった広場で、ヒューバートがそう声を上げる。


 するとベンは後頭部で結んだ髪を軽く撫でながら軽薄にも見える笑みを浮かべながら言葉を返してくる。


「ベンで良い、ベンで……。

 そしてまぁ、連中に関してはなんとでもなるだろうよ、関所があれば無理に押し入ることも出来んだろうし、神殿の連中くらいは追い返せる戦力も手に入った。

 ……新道派は亜人差別を是としておるからな、どうあっても衝突が避けられないのなら、こちらも拠点を作り上げた上で腰を据えて取り組むべきだろう」


「……それはそうなのかもしれませんが……ベン様ともうお一人だけでは手が足りないようにも思えます。

 確かにベン様には長年を聖地巡礼に捧げたという経歴があり、それは大きな武器になるかもしれませんが……それだけで新道派が黙るとも思えません。

 せめてなんらかの成果があれば違ったのかもしれませんが……」


 20年以上を巡礼に捧げ、無事に帰還してきて……聖地に至らずともそれは立派な功績であり、神殿に在籍したままであれば大神官の位を得ていたはずで……。


 だが今のベンはただの神官であり、何処の神殿にも在籍していない存在であり……そんなベンが辺境に神殿を建てたとして、どれだけの影響力を得ることが出来るのだろうか。


 そう考えて不安そうな顔をするヒューバートにベンは、更に軽薄な……ゾッとするような笑みを向けて淡々とした言葉を返す。


「おいおい、儂は聖地巡礼に失敗しただなんてそんなこと、一度として言ってはおらんのだぞ?」


 瞬間ヒューバートは身を震わせ、その全身に鳥肌が立つ。


 今目の前のこの人は何と言った? 聖地巡礼に失敗していない……?


 聖地、かつて建国王と聖人ディアが神々に導かれて立ち入り、あらゆる知識と様々な武器を手に入れたとされる場所。


 それがどこにあるのか、どんな場所なのかは一切の記録が残されておらず……王国の長い歴史の中で、その聖地を探し訪れる旅……聖地巡礼に出た神官の数は千をゆうに超えるという。

 

 だが誰一人として聖地に至ることは出来ず、至っていたとしても帰還叶わず、聖地にあるという聖典の閲覧は、神殿、神官の悲願であり……それをベンは成したというのか?


 そんな事を考えてヒューバートは唖然とするが、ベンが聖地巡礼に成功したとも言っていないことに気付いて目を丸くし、なんといったら良いのか困り果てたような顔をする。


 そんなヒューバートの顔を見てベンは何も言わずににこりとだけ笑い、そのままいつものようにゆうゆうと歩き……自分のユルトの方へと去っていってしまう。


 聖地に至ったのか至ってないのか、真実はどちらなのかと問いかけるべきか、ベンが自分から言い出すのを待つべきか……悩みに悩んで、そうしてヒューバートは自分なりの答えを出す。


 少なくともベンは自分達の敵ではない、ディアスの伯父であり師であり、大神官の位を捨ててまで単身この地にやってきた程の人物であり……聖地に関して詳しく語らないのはそれ相応の意図あってのことだろう。


 であるならばただの文官である自分がどうこう言うのは無礼にもなるはずで……そう考えてヒューバートは胸中で疼く好奇心をどうにか押さえ込んで、そうして大きなため息を吐き出してから……知人に送る手紙を書くべく、自分のユルトへと戻っていくのだった。



――――???? ????



「ああ、そうか……やはりそうだったのか……やはり俺の判断は正しかったんだ。

 このまま……このままこの道を進んで正統を取り戻す……。

 あれが正統ってのも気に食わねぇが……しょうがない、世界のためだもんな」


 そう声を上げた男の手には黒い何かがある、それは鋭い光を放っていて……暗闇の中の男の顔をぼんやりと照らしている。


 ――にて男は未だ燻り続けている、動こうと思えば動けるが、今はその時ではないと自分で自分に語りかけながら。


 そうやって燻り続けながらも男はあれこれと思考を巡らせていて……そうして次なる一手をどう打つべきかと、頭を悩ませるのだった。



――――竈場へと向かいながら ディアス


 

 ベン伯父さん達との話を終えて、今のところ特に用事も無いからとイルク村を見て回ることにし……竈場へと向かうと、夕飯の準備のためにと忙しく動き回る婆さん達と婦人会と、それとアルナー達の姿が視界に入り込む。


 アルナー達……アルナーとスーリオ、リオードとクレヴェという珍しい組み合わせで何かをしているようで……どうやらスーリオ達はアルナーから料理というか、食事についての何かを学んでいるようだ。


 エルダンの母ネハの意向で親善と勉強のためにイルク村にやってきたスーリオ達は、私だけでなくモントやヒューバート、エイマからも様々なことを学んでいて……そしてアルナーからも主に狩りや家事についてを学んでいる。


 狩りはともかく家事まで学ぶ必要があるのだろうか? なんてことを思うが……まぁ、本人達が学びたいというのだから、好きにさせておくとしよう。


 私だけでなくモントから様々なことを学ぶことで目が覚めた思いがしたらしいリオードとクレヴェ。


 そんな二人の態度というか、佇まいというか、その姿はここに来たばかりの頃とは目に見えて違う、堂々かつ前のめり……好奇心に満ち溢れたものとなっていて、スーリオもそんな二人を見習ってか、様々なことを学ぼうという姿勢を見せている。


 そんなスーリオ達に対しアルナーは随分と熱心な様子で語っていて……私はその様子を遠目に見ながら立ち止まり、アルナー達の邪魔をしないように距離を取ったままどんなことを教えているのかと耳を傾ける。


「私達言葉ある者達……人間族や亜人族は所詮自然の一部でしかなく特別な存在などではない。

 自然に活かされ自然に守られ、生命の循環の一部であるからこそ日々を幸せに暮らすことが出来ていて……そのことを忘れると手痛いしっぺ返しを食らうことになる。

 王国の連中の中にはこんなことを言う者がいるらしい、略奪は悪いことだと。

 そう言いながら自分達は森や平原に住まう動物達を殺し奪い……つまりは略奪を繰り返しているという事実から目を逸らして、見ないふりをしているらしい。

 動物は好き勝手に殺すが、自分達は特別だから殺されてはいけない、略奪されるのは間違ってる。

 そんなものは傲慢だ、いつでも誰でも動物でも人でも、戦う力が無ければあっさりと奪われてしまうのが自然だ、そんな中にあって人だけが例外ということはないんだ」


 ……家事についての話かと思ったら、また随分と物騒な話をしているようだ。


 納得出来るような出来ないような……どうもアルナー個人の考えを話しているというよりも、鬼人族の価値観というか教えというか文化というか、そんなものを話し聞かせているようだ。


「この傲慢が過ぎると必要もなく動物を殺すようになり、森を破壊するようになり……結果、動物の肉や木の実などが手に入らなくなり、報いが自分達に返ってくることになる。

 弱いことは罪ではない、生まれたばかりの赤ん坊を罪人だという愚か者はいないだろう。

だが強くなければ奪われてしまう、かといって必要以上に奪えば自分に報いが返り……このことは狩りをする立場であるなら常に自分に問い続けなければならない。

 武功を求めるのも良いが、大事なのは男気だ、家族を守るための戦い、家族を飢えさせないための狩り……それ以上に尊いことはないだろう。

 では強いものが飢える家族のためにする略奪は罪なのか、それから家族を守れない弱さは罪なのか……この瞬間にも自分に問うと良い、朝目覚めた瞬間にも問うと良い、問い続けたからといって必ず答えが出るというものではないが、それでも問い続けてさえいれば、いざという時におかしな躊躇をせずに済むことだろう」


 と、そう言ってアルナーは足元に置いてあった編みカゴへと手を伸ばす。


 そしてカゴの中から一羽の鳥を、弓で射落としたらしい大きな鳥を取り出し、その首をスパンと短剣で切り落とす。


 それからその鳥を事前に掘っておいたらしい穴の方へと持っていき……そこで血抜きを始め、スーリオ達に笑顔を向けながら口を開く。


「私は奪った命をできるだけ美味しく料理したいと思っている、だからこういった作業もしっかりとやる。

 味付けにもこだわるし、火を入れる時間や添える野菜にもこだわるし……そうすることで余さず食べて自らの命として……これが私なり命への感謝と敬意だ。

 これからする料理の中で、お前達も自分に問いかけ考え、命とどう向き合うのか、答えを探してみると良い」


 するとスーリオ達は背筋をピンと伸ばして尻尾もピンと立てて、そうやって全身を緊張させて、


『はい!!』


 と、力のこもった声を張り上げるのだった。



――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


予定していたディアスさんの頑張りはまた次回に。

そういう訳で次回はこの続きとかになる予定です。


そしてお知らせです

コミックアース・スターさんにてコミカライズ最新36話が公開になりました!!


発売したばかりのコミカライズ7巻の続きとなる一話ですので、気になった方はぜひぜひチェックしてみてください!


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