第284話 エリーの報告
「ああ、そういや、最近黒ギーが増えすぎてるようでなぁ、南の荒野なんかにも出没しているようだから、注意しておけよ」
洞人と鉱山の話が一段落して、どんどんと道を作り進んでいく洞人族の背中を見送って、少し経った頃のゾルグがそんなことを言ってくる。
「増えすぎて……?
いつの間にそんなことに……?」
私が首を傾げながらそう返すと、ゾルグは半目となって呆れの感情混じりの声を返してくる。
「いつの間にもなにも……そもそもの原因はお前だぞ、ディアス。
お前のおかげというか、お前のせいというか……お前がドラゴンをやってくる度に狩りまくったから、黒ギーの数が例年よりも減らなかったんだよ。
お前達も結構な数の黒ギーを狩っていたようだが、それでもドラゴンに比べればかわいいもんだからな」
「ドラゴンを……?
確かに去年何体か狩ったが……ドラゴンを狩ると黒ギーの数に影響があるのか?」
「そりゃぁな、ドラゴンにしてみりゃぁあれだけの肉の塊、良い餌だろうさ。
毎年必ずって訳じゃぁないが、それでも年の1回か2回かやってきて、そこら中の獣を食い散らかすのがドラゴンで……そうなったらもう、どれだけの黒ギーがやられることか」
「ふぅむ……?
そんな危険なドラゴンがこの草原にやってきたとして……そのドラゴンはそれからどうなるんだ?
誰かが倒さなければ黒ギーを食べ続け、いつかは黒ギーを滅ぼしてしまうのではないか?」
「そりゃぁ黒ギーだってただ食われる訳じゃぁなく、あの角でもって抵抗する訳で、それでやられちまうってこともあるだろうよ。
一頭二頭の頭突きなら大したことないかもしれないが、それが10、20、100とかになったなら、流石のドラゴンでもそれなりのダメージがあるだろよ。
あとはあれだ、王国の方で討伐隊とか出して対処してるんじゃないか? それか食えるだけ食って満腹になって巣に帰るってのもあるかもな。
俺達は基本的にドラゴンが来たら隠蔽魔法を使って隠れて、隠れながら村を移動させて、なるべくドラゴンには関わらないようにするからなぁ……。
それで草原が静かになったのを見計らって戻ってきて……ドラゴンはいつのまにかいなくなっていて……。
……やってきたドラゴンが最終的にどうなったか、なんてことまでは分からねぇかなぁ。
状況によっては戦うこともあるが……どう戦ったとしてもそれなりの被害が出ちまうもんだし、それは最後の手ってことになるな」
「ふぅむ……なるほど?
そんな理由で黒ギーが増えすぎて、荒野にまで行っている、と」
「ああ、南に行けば岩塩があると連中も知っているんだろうな。
その上、あそこにあった毒のナイフはお前が拾い上げてくれた訳で……黒ギーとしちゃぁありがたいばかりだろうな。
せっかく商売になりそうな岩塩鉱床が、連中の糞尿に汚されちゃぁたまったもんじゃないだろ?
だからまぁ、見回りをしたり柵を作ったり……塩を一切食うなってのも酷だから、質の悪そうな岩塩をそこらに投げてやって、鉱床以外に誘導するってのも悪くないかもな」
「ああ、それなら良いかもしれないな。
売れなさそうなのは黒ギーが寄り付いても良い場所に置いてやって、後は柵の設置もしておこうか。
黒ギーなら柵くらい壊してしまうかもしれないが……それでも他に塩があればわざわざそこにはやってこないだろうしなぁ」
「ま、そういうことだな」
なんて会話をしていると、十分に休憩出来たのだろう、ゾルグの馬が軽快な足取りで戻ってくる。
戻ってくるなり頭を下げて鼻筋を撫でてくれとゾルグに要求し……馬が満足するまで撫でてやったゾルグは、馬に跨がり鬼人族の村へと戻っていく。
それを見送ったなら私もイルク村へと戻り……工事を手伝うのは難しそうだから、村での仕事を何か手伝うかと、辺りを見回していると、村の中を行き来していた犬人族達が、ピンと耳を立てて遠くを見て、そちらから聞こえているらしい何かを聞き取り……そうしてから笑みを浮かべてからソワソワとし始め……そのうちの一人が私に気付いて声をかけてくる。
「エリーさん達が帰ってきました! 皆さん無事です! もう少ししたら村に到着します!」
「おお、そうか、無事なら何よりだ。
……それにしても皆、随分と嬉しそうだな?」
その犬人族に私がそう返すと、犬人族は「はい!」と、そう言って大きく頷いて、それからその理由を説明してくれる。
「岩塩です! 岩塩の売上です! お仕事の報酬嬉しいです!」
「ああ、そう言えばそうだったなぁ、今回の行商はそれがメインだったか。
良い売上になっていると良いなぁ」
その説明にそう返した私は、なんとも嬉しそうにはしゃぐ犬人族達と共にイルク村の東端へと向かう。
それから少し待っていると、エリーと馬車と元気に跳ね回るセキ、サク、アオイと、護衛の犬人族達の姿も見えてきて……手を振りながらこちらへと近付いてくる。
「おかえり、皆が無事で何よりだよ」
それを迎えて私がそう声を上げると、エリー達はそれぞれに挨拶を返してくれて……挨拶が終えるとセキ、サク、アオイの三人は村の中へと駆け込んでいく。
そして自分達のユルトへと駆けていって……兄弟仲良く一緒に暮らしているユルトに何か買い物でもしてきたのか、荷物を運び始める。
そんな様子を苦笑しながら眺めていたエリーは、こほんと咳払いをしてから『取引記録』と題名の書かれた紙束を取り出し……それを読み上げていく。
持っていった岩塩は全て売れた、売上はこのくらいになった。
いくらか持っていったメーア布も売れた、相変わらず好評。
と、そんな風に読み上げ終えると、こちらに視線を向けて更に言葉を続けてくる。
「―――とまぁ、こんな感じに岩塩の売上は好調だったわよ。
隣領の商人だけでなく、他領からも来ていた商人にも売って……味、質ともに好評。
そこまでの生産力は無いけれど、定期的に出荷出来るとの宣伝もやっておいたわ。
ついでに岩塩鉱床を含むかなりの広さの大地を領地にしたこと、それを王城に報告したことも広めておいたから……これで遠からず各地の塩不足も解消するんじゃないかしら」
「そんな各地に影響するような量は売ってないはずだろう?」
私がそう返すとエリーは、にこりと微笑んでから言葉を返してくる。
「量自体はそこまでじゃないけど、質の良い岩塩がこれからどんどん、尽きることなく出てくるとなったら、それだけで市場に影響するものなのよ。
今までもいくらかの岩塩をギルドに売ったりはしてたけど、今回のはそれと違って大々的に、宣伝込みで売った訳で……そうなるともう反響というか影響が段違いになるわね。
塩を買い集めて、倉庫に溜め込んで高値で売りつけようとしていた商人達の目論見は破綻する訳で、溜め込んでいた塩を一刻も早く吐き出さないと、赤字になってしまう可能性まであるの。
そもそも今回塩の需要が高騰していたのは、何十年に一度っていうレベルの豊漁がきっかけな訳で、日々の生活に使う分の塩は国内の生産地で十分に賄えているのよ。
そんな状態で倉庫に溜め込んで、質が落ちた塩なんて一体誰が買うのやら……。
溜め込んだ塩を吐き出させるための嘘なんじゃって疑う人もいたけども、何しろ今回の岩塩確保の旗振りは公爵であるお父様な訳で……王城にまで報告の手紙が行ったとなればもう疑っている場合じゃないって訳ねぇ。
荒野の地図なんかもそろそろ王城に届くはずだし、王都付近からもその手の噂が上がり始めて、一気に広がるんじゃないかしら。
そうなったら豊漁の魚もどんどん塩漬けにされて、各地の食卓に上がるようになって……そのうち、ここにも届くことがあるかもよ?
塩ニシンに塩タラ……ここら辺ではあまり食べないものだから、皆も喜んでくれるんじゃないかしら?」
「ああ、塩ニシンか……戦地でも飽きる程食べたな。
塩タラはあまり食べられなかったが……スープや蒸し焼きが美味しいんだったか、楽しみだな」
エリーの説明を受けて私がそんな感じの、短い返事を返すとエリーは半目になってくるが……いや、うん、話が理解出来ていない訳ではないんだ。
大体は理解できたんだが……それよりも最近魚を食べていなかったなぁと、そちらの方が気になってしまっただけなんだ。
……と、そんな風に魚のことを考えていると私の腹がぐぅっと鳴いて……売上のことが気になるのか、周囲で私達の様子を見守っていた犬人族達は、魚とはそこまで……私が腹を鳴らす程に美味しいものなのかと驚き、今から楽しみだと、そんな話題で盛り上がり始めるのだった。
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