第283話 洞人族とゾルグ

 

 洞人族達の道作り、その作業を少し手伝ってみたのだが……いやはや、地面を掘るにしても石を運ぶにしても、とても大変で足腰にかなりの負担が来てしまう。


 数歩分の道を掘るだけでも腰や膝が悲鳴を上げ始めてしまい……この作業を結構な距離のある関所予定地まで続けるなんてのは尋常のことではないだろう。


 それなりに鍛えていて、こういった作業が苦手でもない私でそんな有様なのだから、洞人族達も相当に大変なのだろうと思った訳だが……目の前の洞人族達は呼吸を乱さず、顔色を変えず、まるで何でもないかのように、工具を振り回して、地面をザクザクと掘り進んでいく。


「ワッシャッシャ! 今日も仕事だ、ワッシャッシャ!」


「仕事がおわーれば酒がのめる! 仕事がおわれば酒がのめーる!」


「働きゃぁ働く程、酒がうんまくなるぞー!」


 地面に腰を下ろして体を休めながら、そんな声を上げながら働く洞人族達を眺めていた私は……休まず水も飲まず、働き続ける洞人族達に声をかける。


「皆! 初日だからってあまり張り切りすぎないようにな!

 疲れたらゆっくり休んでくれて良いし、水も必要なら井戸から汲んでくるから遠慮なく言ってくれよ?」


 すると洞人族達は地面を掘り進めながらこちらをちらりと見て……そのうちの一人だけがこちらに振り返り、工具をとすんと地面に突き立ててから言葉を返してくる。


「あーあー、問題ねぇ問題ねぇ、オレら洞人はこんくらいじゃぁ疲れねぇんだ。

 オレらは生まれつき、腕も足も腰もなんもかんも、肉の中の骨の形すらもこういった作業をしやすいようになってんだよ、だからこんな程度の仕事なんでもねぇんだ。

 人間族に分かりやすく言うと……そうだな、この程度の作業は洞人族にとって、人間族で言う所の『歩き』と一緒って思ってくれりゃぁ良い。

 お前らはちょっとやそっと歩いたくらいじゃ疲れねぇだろ? そりゃぁ長距離歩けば違うんだろうが……村からここらまでのちょっとした距離じゃぁ疲れねぇだろ?

 それと一緒だ、オレらを疲れさせようと思ったなら、この10倍100倍は仕事させねぇとなぁ。

 まぁ、そんな作りの体のせいで、早くは走れねぇし、体が重すぎて泳いだりもできねぇし……良い所ばっかじゃぁねぇんだがよ」


「はぁー……洞人族は本当にすごいんだなぁ。

 ……まぁ、それでも全く疲れないというのなら適度に休憩を取るようにしてくれよ?」


 洞人族の凄まじさというか、有能さというか、先程からずっと感心しきりだなぁと、そんな事を考えながら私がそう返すと、説明をしてくれた洞人族がニカッと笑って、他の二人も振り返って笑みを見せてきて、そうしてから作業を再開させていく。


 工具を振るって振るって、その時の気分そのままの掛け声を上げ続けて……そうやって西に向かってズンズンと掘り進んでいく。


 休むことなく緩むこと無くズンズンと……そんな光景をしばらく眺め、疲れが取れたなら立ち上がり……私も、もう少しだけ手伝うかなと、そう考えていると、西の方から軽快な蹄の音が響いてきて……中々立派な体躯の馬に跨った、いつもよりも少し違う、派手めの刺繍がされたマントのようなものを肩にかけたゾルグが姿を見せる。


「おう、西の関所な、あの位置なら特に問題ねぇよ」


 姿を見せるなりゾルグは、器用に手綱を操りながらそう声をかけてきて……私はそんなゾルグの元に駆け寄って言葉を返す。


「ああ、それなら良かったよ。

 あの位置は鬼人族との取り決めの範囲外だったからなぁ……問題無いなら何よりだ」


 私の言葉を受けてゾルグは頷いて……馬の背からひょいと飛び降り、馬の腹を撫でたり足を撫でたりとし始める。


 草原の西端……正式に獣人国との国境となった場所は、以前鬼人族と交わした領地を『半分こ』するという取り決めの範囲外にある。


 範囲外なのだから私達の好きにしたら良いと言う意見も、主にアルナーから出たりもしたのだが……それでも一応、鬼人族の許可をもらった方が良いと考え、今朝方犬人族に鬼人族の村までそのことを伝えに行ってもらっていたのだった。


「あの辺りはもう草原じゃねぇっつうか……生えてる草の種類が違って、それがまた臭くて固くて食えたもんじゃねぇらしいんだよ。

 うちのメーアに確認してもらったから間違いねぇよ」


 そんなことを言いながらゾルグは馬の世話を終えて……馬具を外してやって、そこら辺で草でも食べてこいと、背中を軽く撫でてやる。


「うちのメーア……?

 アルナーの実家のメーアのことか?」


 ゾルグの口から『うちのメーア』なんて言葉が出ることはとても珍しく、見慣れないマントと言い、何か変わったことでもあったのだろうか? と、そんなことを考えながら問いかけると、ゾルグはどういう訳か照れくさそうな顔をして頬をかき、そうしてから言葉を返してくる。


「あー……まぁ、なんだ。

 俺もな、家庭を持つことになったんだよ。

 ちょっと前に大きな稼ぎを得られてな……それを結納品として相手の家に渡して、そんでまぁ……結婚式とかはまだなんだが、俺のユルトに来てもらってな……。

 この外套もその子に作ってもらったもので……そんでまぁ、メーアも結構な数増やしてな……そいつらと一緒に確認しにいったんだよ」


「おお! それは良かったじゃないか! おめでとう!!

 結婚式はいつになるんだ? 日取りが決まったら教えてくれ、祝いの品を用意させてもらうからな!」


「あー……まだそこら辺はなんとも言えねぇ感じかな。

 ま、細かいとこが決まったら知らせるよ、ありがとな……。

 で、関所に関しては族長も賛成してくれたし問題ないんだが……北の山の方に作るっていう鉱山の方はちょっと問題あるっつうか、族長が不安視してるみたいなんだよな。

 鉱山ってこう……毒水が沸くもんなんだろ? そこら辺はどうなんだ?」


「あー……その件に関しては私も不安だったんだが、話を聞いてみると問題ないらしい。

 洞人族はそういった毒も髭で浄化してしまうんだそうだ」


「……は? はぁ? 髭ぇ!?

 ディアスお前……それはいくらなんでもお前―――」

 

 私が嘘を言っているとでも思ったのかゾルグはそう言って……私はそう思うのも仕方ないことだと思いながら、ゾルグに洞人族がどんな種族であるかと説明し……私もその髭のお守りを常に身につけているんだとそう言って、ゾルグに見せてやる。


 するとゾルグは私のお守りをじぃっと見つめた後、道を掘り進んでいる洞人族を見やり……そのまましばらく硬直してから、言葉を吐き出してくる。


「ひ、髭で浄化……解毒……。

 と、とんでもねぇんだなぁ、洞人族ってのは……。

 とんでもなさすぎて嘘を言うなと、そう言いたい所だが……お前が本気で信じているのと、それと目の前であんな働きっぷりを見せられたら、信じるしかねぇよなぁ」


 と、そう言ってゾルグは額に浮かんでいた冷や汗を拭う。


 そんなゾルグの視線を感じたのか、それとも私達の会話を聞いていたのか、洞人族の一人が振り返って大きな声を上げてくる。


「おーう! オレらに任せりゃなんでも作るし、掘るし、組み立ててやるぜ!

 そのうちよ、オレらもそれぞれ族長のような立派な工房を構えるからよ! そしたら食器から機織り機、攻城兵器までなんでも作ってやるからよ! 期待しててくれや!!」


 その声を受けてゾルグは再び額に冷や汗を浮かばせて……こちらへと振り返り『あいつら、あんなこと言ってるけど放っておいて良いもんなのか?』と、そんなことを表情でもって語りかけてくるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回は……エリー帰還とか色々の予定です。

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